そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く Ⅱ
「15階で、ウロチョロしてるんじゃねえのか?」
グリアムの言葉に、ミアはゆっくりと首を横に振る。グリアムも安易な答えに逃げた自覚はあった。
「15階はおろか、目撃情報は、一週間程前にあった9階が最後。下へ向かう回廊へと歩くパーティーの姿が目撃されていて、それ以降の足取りはパタリと無くなりました」
「下層のどこかに留まっている⋯⋯って、事はねえよな。意味ねえもんな」
15階で目撃情報なしって事は、9~14階で消えたって事か?
元B級のあいつらが⋯⋯下層で下手を打った? あるか? そんな事⋯⋯。
「留まっている事は、ないでしょうね。降級の焦りから、ろくな装備も持たず潜行したって噂もありますし、留まる理由も思いつきません」
「焦っているなら、尚の事、昇級目的で下に向かうか⋯⋯」
「元とはいえ、B級ですよ。下層で全滅ってありえます? 仮に何かのイレギュラーで⋯⋯と、考えても、上層、下層で何の痕跡も見つからないって、ちょっと考え辛くないですか?」
「たしかに。気持ち悪いっちゃ、気持ち悪いが、クズが何人消えたって構わんだろ」
グリアムは、ミアと同様にスッキリとしない心持ちの自分に、自身で言い聞かせた。その言葉の端々から、無理にでもスッキリしたい心持ちが透けて見える。
「何かスッキリしないんですよ。罠に嵌ったんじゃないかって言う人もいるけど、グリアムさんも、それってあると思います?」
「駆け出しじゃねえんだ、みんなで仲良く罠に嵌るようなマヌケが、さすがにB級にはなれんだろ」
「そうですよね」
「ま、潜る時に少し気にしておこう。何かあったら報告する」
「お願いします」
ミアのスッキリしない感じは分かる。だが、あいつらがダンジョンで消えたとしたら、今後ギャアギャアと難癖つけられる事は無くなったって事だ。
ダンジョンから帰れなかった人間など、ごまんといる。今回はそれがあのクズ共ってだけの話だ。
グリアムはそう割り切り、ミアと別れると【クラウスファミリア】のあとを急いで追って行った。
■□■□
女神アテーナの横顔を持つ者達が、ダンジョンの入り口の一角を陣取っている。大きな荷物を抱える者も多く、その姿は、大掛かりな潜行の始まりをイヤでも喧伝していた。
談笑し、リラックスする者もいれば、荷物の最終確認に余念の無い者もおり、弛緩と緊張が混在している。そんな中、隅の方で、同じように弛緩と緊張を見せているパーティー、【クラウスファミリア】の面々も、出発に向けて準備に余念が無かった。
少し強張った表情を見せているのは、イヴァンとサーラ。弛緩しているヴィヴィとルカス。そして、いつもと変わらないオッタと、いつもより大きな背負子を背負い、フードを深々と被っているグリアムの姿があった。
「いたー! 今日はよろしくね!」
「ラウラ! 任せて!」
「さすがヴィヴィちゃん、余裕だね」
ニッと笑い合うふたりに緊張感はなく、これから最深層に行くというラウラからも、気負いはまったく感じられなかった。
「【クラウスファミリア】の皆さん、今回はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。こんな貴重な機会に参加させて頂き、とても光栄です」
アザリアとイヴァン、リーダー同士が頭を下げ合っていると、カロルとアリーチェも小走りで駆け寄って来た。
「あんた達、ラウ様の足を引っ張らないでよね!」
「そうそう。ラウラさん達にとって大事な潜行なんだからね!」
「イタッ!」
「イテッ!」
「あんた達はもう! 止めなよ、恥ずかしい。ゴメンね~、気にしなくていいから」
上から目線のカロルとアリーチェの脳天に、ラウラの拳骨が上から落とされ、ふたりは揃って涙目で自分の頭を押さえた。その姿にヴィヴィは指差しながら、ニヤニヤと口端を上げるが、サーラは緊張からか、強張った表情を見せたままだった。
「はい⋯⋯足を引っ張らないように、頑張りまっす!」
「サーラちゃん! 大丈夫だって。そんなに緊張しなくても、余裕余裕」
ラウラは、ガシっとサーラの肩に手を回すと、緊張を解こうと顔を寄せ微笑む。
「な⋯⋯ラウ様⋯⋯そんな馴れ馴れしい姿⋯⋯」
「あんな事、私された事ない⋯⋯」
「あんたらふたりは、ホント余裕だね。ほら、もう少しで出発だよ。準備はいいの?」
絶句するカロルとアリーチェに向けられたラウラの言葉だが、側にいる【クラウスファミリア】も、ラウラの言葉に集中力をひとつ上げる。弛緩した空気は一掃され、【クラウスファミリア】の表情が引き締まった。
その表情にグリアムは、背負子を背負い直して合同パーティーの表情を確認する。
「準備はいいか? 行くぞ」
グリアムの静かな声に【クラウスファミリア】が動き出すと、その後ろに【ノーヴァアザリア】の長い隊列が続く。静かに、だが、熱を持つ長い隊列が、大きな洞口へと飲み込まれて行った。
■□■□
オッタのWナイフが、スライムの核を貫くと、ルカスの長剣がゴブリンの首を刎ねた。そんな余韻に浸る事もなく、さも当たり前とばかりに、ふたりの切り拓いた道に続く。
上層は難なく過ぎる。
近づくモンスターは瞬殺、歩みの妨げにすらならない。
オッタとルカスが、ほとんどのモンスターを片づけてしまい、イヴァンやサーラの出番など無いに等しかった。
イヴァンもサーラも、決して動きが遅い部類ではない。むしろ早い部類に入るだろう。それでも、兎人の持つ天性のスピードと、博戯走で培ったルカスのスピードには及ばない。
スピード特化のパーティーだな。
グリアムは一歩引いたところで、瞬殺を見せるふたりの戦いぶりを眺めていた。
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の後ろに続く20名を超える強者のパーティーにすれ違う者達は、揃って目を見張ると、大掛かりな潜行に挑んでいるのだとすぐに理解した。
大掛かりな潜行=最深層への挑戦。
そして、記録更新を賭けた挑戦と理解し、傍観者達の眼差しは応援と嫉妬が入り混じる。そんな視線にも、女神アテーナの横顔を持つ者達が、動じる事は無い。ただ前を向き、目的の為に歩みを進めていた。
「グリアム、ヒマ」
テールと並び歩くヴィヴィが、前を歩くグリアムに声を掛けた。グリアムが振り返ると、頭の後ろで手を組み、緊張感の無い姿を見せるヴィヴィに、グリアムは嘆息する。
「おまえなぁ⋯⋯まぁ、分かるけど⋯⋯ルカスとオッタが増えたから、上層、下層でおまえの出番は多分ねえぞ」
「ええー」
“まったく”と、首を振りながらグリアムは歩みを緩め、ヴィヴィの隣に並ぶ。
「いいか、おまえが今するべきは、メンバーの動きを見極める事だ。この先、おまえのハンドボウガンや、魔法が絶対必要になってくる。その時に、メンバーの動きを理解しているのと、していないのでは、雲泥の差だ。下に行けば行くほど、連携は肝になって来る。だから今、こういう機会を使って、しっかりみんなの動きを把握して、もし気になる点があったら、おまえが教えてやるんだ」
「みんなの動き⋯⋯」
「そうだ。ルカスがどんなタイミングで飛び込み、どう動いているのか。それに続くイヴァンやサーラは? そんで、おまえはその合間を縫って、ハンドボウガンでみんなの動きを援護して、どのタイミングで、魔法をぶっ放して状況をひっくり返すのか⋯⋯。しっかりみんなを観察して、おまえ自身がどう動くべきか、考えなくとも動けるようになるくらい頭の中へ叩き込むんだ」
「分かった。良く見る」
「それでいい」
ヴィヴィが胸の前で両拳を握り、やる気を見せると、グリアムは大きく頷いて見せた。
「なぁ、ラウラ、ヌシは【クラウスファミリア】と仲いいんじゃろ? なんで潜行者が、案内人に教えを乞うんじゃ?」
グリアムとヴィヴィのやり取りを遠目に眺めていたゴアが、大きな戦鎚を背負い直しながら、ラウラに顔を向ける。通常ではありえない光景に、ゴアが首を傾げるのは、いたって普通の反応だった。
「あ! 珍しいか、そうだよね。何か見慣れちゃって。いつもの【クラウスファミリア】って、感じだけどね」
「ふぅ~ん」
「気のない返事~。ま、あんな優秀な案内人さんは、グリアムさんしかいないからね。私もいろいろ教えて貰いたいなぁ~」
「A級のおまえさんが、何を教えて貰うというんじゃ」
「いろいろ! ⋯⋯ほら、15階だよ」
合同パーティーは、順調に15階緩衝地帯へと辿り着いた。何事もなく無事に辿り着き、【クラウスファミリア】の面々は、緊張から解放される。
「ルカスくんとオッタが全部やっつけちゃうから、僕らはする事がなかったね」
「ふたりとも早過ぎですよ」
イヴァンが肩をすくめながらも微笑むと、サーラからも出発時の緊張はいつの間にか消えていた。
「オレの方が飛び込むの早かったな」
「そうか? まぁ、それでいいさ」
どうしても速さ勝負をしたいルカスに、オッタは戸惑いながら返事を返す。満足気に頷いているルカスに、みんな呆れながらも、ひと仕事終えた体は緩んでいった。