その本拠地《ホーム》探訪 Ⅲ
「グリアムさんが、案内人をOKしてくれたよ! 私を崇めなさい」
「ほ、本当に!? すごい! ラウラすごい! 天才! 素敵!」
パチパチと胸の前で小さく手を打ちながら、興奮と嬉しさにアザリアはひとり高揚を見せる。そんなアザリアに胸を張って見せるラウラと、興奮を隠せないアザリアに冷たい視線が向けられていた。
「ふふ~ん」
「何じゃ? そりゃぁ?」
胸を張るラウラの横で、ドワーフのゴアは、テーブルに太い腕で頬杖をついたまま、ラウラとアザリアの茶番に呆れ顔を見せていた。
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地内に設けられている会議室。
そこに、【ノーヴァアザリア】のエースパーティーとなるメンバーと、そこに近い優秀な構成員が十数名集められていた。
大きな白い暖炉を背に座るアザリアを上座に、この人数では持て余すほど長いテーブルセットにメンバー達は、腰を下ろす。
アザリアのすぐ側にラウラが座り、向かい合うように座る狼人のシン・ビシウスが、アザリアとラウラのやり取りに、鬱陶しいとばかりに冷たい視線を向けていた。シンは、ボサボサに伸びた銀毛を掻きむしり、灰色の瞳をさらに険しくする。
「チッ! いつまでじゃれてんだ。ラウラ、てめぇは、また勝手しやがったのか」
「その案内人って、本当に優秀なのかしら?」
エルフであるハウルーズも、シンの隣で静かに疑問を呈した。伏し目がちに座るハウルーズの表情を、アクアマリンのごとく、キラキラと美しい輝きを見せる青髪が隠す。顔は前を向いたまま、切れ長の目の奥にある碧瞳だけが、アザリアの方へと向き納得していない事を静かに伝えていた。
「優秀。それは保証する。間違いなく、現存の案内人で一番優秀な方よ。そして、ウチに足りないものを補ってくれる」
アザリアは真顔で言い切った。そこにあるのは強い自信のみ。
どこか否定的だったシンとハウルーズも、アザリアの自信に呑まれてしまう。
「みんな、会った事あるじゃん。イレギュラーのバジ(リスク)退治の時さ、緩衝地帯で。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】と一緒にいた案内人さんだよ」
「そいつは分かってるさ。おまえがふたりを張って、特に目立つ所なんて無かったんだろ? なのに、そいつが優秀ってどういう了見だ?」
命を賭ける現場で、信用しきれない人間が混じる事への忌避感をシンは隠さない。ラウラの説明を理解出来ても、心から首を縦に振る事は出来ないでいる。隣に座るハウルーズも同じように、身動き一つせず、じっと言葉に聞き入っていた。
「いや⋯⋯まぁ⋯⋯そうなんだけどさ⋯⋯」
どこまで言っていいものか、ラウラの中で葛藤が生まれる。
あれもこれも言いたい。だが、グリアムの過去に関しては、絶対に秘密なのは分かっている。余計な事を口走ってはいけないと、ラウラの口は重くなってしまう。言い淀むラウラの姿に、アザリアは助け舟を出すべく口を開いていった。
「初めてふたりに会った時の事覚えているでしょう? 明言はしてないけどさ、グリアムさんとイヴァンくんは、罠に飛ばされたのに帰還したんだよ。あの時は、信じられなかったけど、今なら信じられる。あの時、グリアムさんが、駆け出しのイヴァンくんを生還に導いたのは間違いないよ」
「明言していないのに、アザリアは、どうしてそう言い切れるの?」
ハウルーズもまたシン同様、懐疑的だった。ハウルーズの場合、優秀だとしても、最深層までの案内となると話は別。最深層まで導く事が出来る案内人の存在自体に、深い疑心を持っていた。
「何度も接して、信用に足る人物⋯⋯人達だと分かった。【クラウスファミリア】の案内人じゃなかったら、頭を下げてでも、私達の仲間になって欲しい人よ」
アザリアはハウルーズを真っ直ぐ見つめ、意志の籠った言葉を静かに、そして力強く口にするとラウラも思いを口にする。
「あのね、この件は私が頭を下げてお願いしたの。アザリアと私は、グリアムさんの優秀さを肌で感じているのよ。いつも案内人をお願いする、ジョシュやスタンも優秀だけど、なんて言えばいいのかな⋯⋯根本的な質から違うのよ」
「あと、一緒に潜れるチャンスなんて、きっと滅多に無い。私はそれを逃したくないし、今回、潜れるのは【クラウスファミリア】のおかげだよ。それも忘れないでね」
シンとハウルーズも、アザリアとラウラに、ここまで言わせる人間に出会った事が無い。A級の彼女達が口を揃えて優秀と言い切る人物像に、少しばかり興味が湧いて来てしまい、頑なだった表情は微妙なものになってきていた。
「もうええじゃろ。優秀なんだ、手伝って貰えば良かろう。案内人がひとり加わった所で、ワシらのやる事は、な~んも変わらん。じゃろ?」
「だよね」
ラウラがいつも通りの笑顔を浮かべると、その同意にゴアは大きく頷く。
「ヌシらがしなくちゃならんのは、ワシをA級に上げる事じゃろ。しっかり頼むぞ」
「ま、確かにそれもあるね」
苦笑いで頷くアザリアに、シンとハウルーズも、仕方ないとばかりに肩をすくめながら、ようやく納得の姿を見せた。
「シシシ、これで準備に入れるね」
「だね⋯⋯。みんな! いい? ⋯⋯今回の潜行では、30階を目指します!」
(え? いきなり?)
(29階じゃないの?)
後方に座っているB級以下の構成員達のざわめきが届く。ラウラを筆頭に主要メンバー達は顔色ひとつ変えず、アザリアの言葉に聞き入っていた。
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のこれまでの最高到達階は28階。前回29階への潜行失敗で、焦りでも生まれたのかと、ざわめきが止まらない。
16階以降の深層、特に20階以降は、1階層下るだけで、難易度は一気に上がる。ざわめいているだれもが、その挑戦を無謀と捉えていた。
「静かにして⋯⋯しーずーかーにー! 分かったから。今回は助っ人に入って貰うので、ちょっと頑張ろうよ、ね。緩衝地帯までは、【クラウスファミリア】に引っ張って貰います」
「「ええっー!!」」
ガタっと、カロルとアリーチェが、驚きのあまり揃って腰を上げる。
「あ、そうか。カロルとアリーチェはもう【クラウスファミリア】と一緒に潜ってるもんね。なので、君達には16階以降、深層から頑張って貰うよ。今回は【クラウスファミリア】が引っ張ってくれる分、薬や補給は多く持っていける。いつもより余裕を持って潜行出来るんで、30階まで頑張ろうって思ったの。みんなの力が必要なんで、宜しくね」
アザリアの言葉に、動揺していた者達も、大きく頷いて見せた。
「よし! じゃあ、具体的な話に入ろうか。まずは下準備だね⋯⋯」
そうして【ノーヴァアザリア】は、次回の潜行に向けて、本格的な話し合いに入っていった。
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テールが芝生の上を一周、二周と駆けまわる。緑に白く輝く体毛がキラキラと映えた。だが、すぐに飽きてしまう。庭の真ん中で、伏せたまま動かなくなると、ヴィヴィは肩を落とし駆け寄った。
「まったくもう⋯⋯テール、せっかく広い庭があるんだから、もっとこう、この環境を堪能しよう。運動不足になっちゃうよ」
ジッとヴィヴィの顔を見つめていたテールだが、大あくびをして見せると、そのまま寝てしまう。
「もう!」
不貞腐れるヴィヴィの事など気にも留めず、テールは芝生の上で気持ち良さそうに眠り続けた。
「ヴィヴィー! ご飯できたよ!」
「今行くー!」
イヴァンの呼び声に元気よく答えると、新しい【クラウスファミリア】の本拠地へと駆け出す。テールは駆け出すヴィヴィを一瞥だけして、またすぐに寝息を立ててしまった。