その本拠地(ホーム)探訪 Ⅱ
「いいんじゃねえのか? 前に使ってたヤツの痕跡はもうねえんだろ、気にせず使えばいい」
「よかったぁ~」
グリアムの言葉にイヴァンは胸を撫で下ろし、抱いて不安は消えていった。
「オレん家も、ようやく元通りの広さを取り戻せるしな」
「え? グリアムさん一番広い部屋使っていいですから、グリアムさんもここに引っ越しましょうよ」
「は? なんで、メンバーでもないのに、一緒に住まなくちゃならねえんだよ。やなこった、ようやく静かになるんだぞ」
「また案内人をお願いするんですから、いいじゃないですかぁ」
「イヤだね」
「そんな事言わずに⋯⋯」
「はいはい! ストップ、ストップ!」
答えの出ないグリアムとイヴァンの問答に、ラウラがふたりの間に割って入った。
「イヴァンくん、別にさ、グリアムさんが今の部屋を引き払う事ないんだよ。なので、グリアムさんが引っ越しする必要もなし」
「ほれ見ろ」
「でも⋯⋯」
「まぁまぁ、まだ話の続きがあるから。私も家は本拠地じゃないよ。ただ本拠地に自分の部屋があるって感じ。だから、グリアムさん⋯⋯もしかしたらサーラちゃんも、ここに部屋はあるけど、家は別にあるっていう感じにしとけばいいんだよ。こういうのは、割と普通の話よ」
ラウラの言葉に、グリアムは渋々とながらも頷いて見せる。
「ま、そんな感じなら、構わんか。自分の家があるなら、ここに部屋があろうがなかろうが、どっちだって構わねえよ」
「そうですか⋯⋯」
みんなで引き続き住めると思っていたイヴァンは、肩を落としてしまう。そんな寂しげな表情を見せるイヴァンの耳元に、ラウラはそっと口を寄せた。
(大丈夫。その内、家に帰るの面倒になって、グリアムさん、ここに住み着くから)
(え?)
(だって、私がそうだもん。帰るの面倒で、ずっと本拠地に居座ってるもん)
驚くイヴァンに、ラウラはグリアムから見えない様にウインクして見せる。
「で、おまえらはオレの部屋から、いつ出て行くんだ? しかし⋯⋯何もねえな、家具を揃えるところから始めなきゃならんのか⋯⋯」
ガランとしている部屋を覗き込みながら、グリアムは嘆息する。早々に元の生活が帰って来るかと思ったが、そう簡単にはいかなそうだと、ガランと何もない部屋を見て感じてしまった。
「そうなんですよね。とりあえずベッドがあれば、何とかなるかなとは思っているのですが、改修と掃除で、ほぼほぼお金を使い切っちゃったんですよ。コツコツ揃えるしかないですかね⋯⋯」
「あああああっー!!」
「うわっ! な、何だよ、ラウラ。びっくりすんだろ」
「ウヘヘヘ、いい事思いついちゃった」
「⋯⋯ええ? いい事?」
不敵に笑みを浮かべるラウラの表情からは、とても『いい事』だとは思えない。その笑みから感じる邪悪なオーラから、グリアムとイヴァンは畏怖を感じ、顔を見合わせた。
「発表します! 家具は私が買いまーす!! これですぐに引っ越せるでしょう」
「「はぁっ?!」」
ラウラは天井を指差しながら胸を張るが、グリアムとイヴァンの畏怖は驚愕と混乱へと変化していく。ひとり満足気な笑みを浮かべるラウラの向かいで、グリアムとイヴァンは、慌てて否定を繰り返した。
「ラウラ、そいつはダメだ」
「そうです、ダメです。お世話になってばかりなのに、これ以上お世話になるのは、本当にダメですよ」
「そういう事だ。その気持ちだけ貰っておくよ」
グリアムとイヴァンの必死の言葉を、ラウラはどこかうわの空で聞いていた。ラウラの素振りは、何かを考えている様にも見え、ふたりの言葉が耳に届いている様には見えない。
「⋯⋯ラウラ⋯⋯さん??」
「あああああっー!!」
「うわぁっ!! びっくりした!! だから、急にでけえ声出すな!!」
グリアムとイヴァンの事など意に介さず集中を見せるラウラの姿に、グリアムとイヴァンは、半ば諦めにも似た表情を見せていた。
「ど、どうされたのですか?」
「あのね⋯⋯ちょっと言いにくいんだけど、お願いがあるんだ。もし受けて貰えるなら、家具を買うなんて安いものなんだけど⋯⋯」
ラウラから勢いは消え、急にしおらしい姿を見せると、少し言い辛そうに俯いてしまった。グリアムとイヴァンは、また顔を見合わせ、今度はそのテンションの落差に困惑を深めた。
「散々、願いを聞いて貰ってんだ。出来る事なら何でもするさ」
「僕もです。きっと、ヴィヴィやサーラもそこは同じだと思いますよ」
グリアムとイヴァンの頷きをラウラは上目遣いで覗くと、ラウラらしくない、少しもじもじとした仕草で口を開く。
「あのね⋯⋯近いうちに【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】で、最深層へアタックするんだけど、緩衝地帯までの護衛を【クラウスファミリア(クラウスの家族)】にお願い出来ないかな?」
「そんな事なら喜んでお受けします! 15階までなら、僕達でもお手伝い出来ると思いますので、よろしくお願いします!」
「オッタとの連携を見るのに、ちょうどいいじゃねえか。しかしこんなんで借りを返した事になるのか?」
「⋯⋯それともうひとつあるんだけど⋯⋯」
ラウラはまた言い辛そうに俯いてしまう。
「何だ? 出来る事なら何でも手伝うぞ」
そう言うグリアムにラウラには珍しく真剣な表情で、グリアムを真っ直ぐに見つめた。
「グリアムさんに、30階まで案内人をお願い出来ませんか?」
この言葉にひとり驚いているイヴァンを余所に、グリアムは一瞬の逡巡を見せるも、すぐに頷いて見せた。
「⋯⋯分かった」
その頷きに不安を見せていたラウラの表情は、一気に破顔する。断られても仕方がない、むしろ断られるだろうと、無理からぬラウラの願いだった。
「え? 本当に?」
「ああ。おまえは命の恩人だ。やれる事ならやるって言ったろう」
「ありがとう!!」
「但し! 危ないと思ったら、目的階が目の前でも帰る」
「うんうん」
「それとこいつは頼みなんだが、こいつを深層まで手伝わせて欲しい。案内人の補佐で構わん、頼めるか?」
グリアムが呆気に取られているイヴァンを指差すと、ラウラは間髪容れずに親指を立てて見せた。
「問題無いよ。B級に上げる為?」
「いや、おこぼれで昇級しても意味はない。単純に経験を積ませたいんだ、悪いな。【ノーヴァアザリア】の邪魔はせんよ」
「一応確認は取るけど、きっと大丈夫⋯⋯あぁ~良かったぁ。久々にドキドキしちった」
「あまり買い被らないでくれよ」
「シシシシ。そうだ、イヴァンくん、今からみんなで家具買いに行こう! この間の決闘でたんまり儲けたからね、任せてよ!」
「⋯⋯はぃ⋯⋯」
「よし、ちょっとみんな呼んで来るね! おーい! ヴィヴィちゃーん! サーラちゃーん!」
バタバタとラウラは階段を駆け上がって行ってしまう。その足取り軽く、なんだか嬉しさに満ち溢れている様に見えた。
「ど、どうなっちゃうのでしょうか? 【ノーヴァアザリア】の方と一緒に深層なんて⋯⋯僕で大丈夫ですかね?!」
「荷物を持ってくっついて行くだけだ、大丈夫だろ。30階までとなると、20階と25階の休憩所で、行き帰りを補助する補助人が重要になって来る。おまえは案内人の補佐として、荷物を持って20階までしっかり補助するんだ、いいな」
「分かりました」
「それと、せっかくだ。リーダーとしての心得を、アザリアから学べ。こんな機会は滅多にねえぞ」
「はい」
やる事がはっきりとしたイヴァンからは、オドオドした表情は消え、しっかりした表情で大きく頷いて見せると、ラウラがヴィヴィとサーラを引き連れ戻って来た。
「イヴァンくーん! みんな揃ったよ! 行こう! ⋯⋯ほらほらぁ~グリアムさんもだって」
「オレも??」
「いいから、いいから、行くよ」
半ば強引にラウラがグリアムの腕を引くと、一同は笑顔でそれに続いて行った。