その本拠地(ホーム)探訪 Ⅰ
それはルカスにとっては何気ないひと言だが、重かった空気が少し動き始め、グリアムもその言葉に顔を上げていく。
「ルカス、おまえが、『良いやつ』だと言う根拠は何だ?」
「ん? だって、決闘の時、こいつ、汚ねえ事一切してこなかったんだぜ。それどころか、後ろのオレに罠を教えたんだぞ。汚ねえヤツなら、そのまま罠に嵌めるだろ?」
「まぁ、そうか⋯⋯だよな」
煮え切らない返事をするグリアムだが、ルカスの言葉を聞いていたオッタとマノンを見つめ直す。
そういや、ミアは【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】に、兎人が加入したって話、当初は納得していなかったな。
「オッタさんは、マノンさんの為に【レプティルアンビション】に加入しただけですよ。【レプティルアンビション】のメンバーと一緒くたに考えてはいけない気がします」
イヴァンのひと押しに、グリアムの中でミアが持っていた疑念との辻褄があってくる。
「ま、好きにすればいいさ。反対はしねえよ」
「師匠は、どうも煮え切らないですね」
「しょうがないんだよ。人付き合いの経験が乏しいから、こういう時に人を信じられないんだって。もう少し様子を見てあげないとだよ」
「おい、ヴィヴィ、聞こえてんぞ」
「だって、聞こえるように言ったんだもん」
グリアムは、ニヤニヤと笑みを向けるヴィヴィから視線を逸らす。その光景を笑顔のラウラが、楽し気に見つめていた。
「アハ、これは【ノーヴァアザリア】で良くやる事なんだけど、一度、兎の彼と一緒に潜って、ちゃんと手伝って貰えるか様子を見るのはどうかな? 15階まで難なく下りられる力があるんでしょう? やってみて、パーティーと相性が良いってなったら、先の事を考えればいいんじゃない?」
「おぉ~ラウラ、いい事言う」
「でしょでしょ。ヴィヴィちゃん、もっと褒めていいんだよ~」
現実的なラウラの提案を否定する者などおらず、みんながその意見に納得を見せる。ただ、ルカスだけは、姉の意見が面白くないのか何の反応も見せないが、反対しないだろう事は分かっていた。
「この家、さらに狭くなっちゃうね」
「はぁ? ヴィヴィ、おまえ何を言ってんだ?」
「え? だってオッタとマノンもここに住むんでしょ?」
「⋯⋯おまえなぁ⋯⋯いいか、ここは元々オレひとりで住んでたんだ。そこにふたり増えて、今でもぎゅうぎゅうなんだよ。分かるか? これ以上増やせる訳ねえだろう」
もううんざりだとばかりにグリアムは、ヴィヴィに顔をしかめて見せる。だが、ヴィヴィはそんなグリアムなど意に介さず涼しい顔で受け流していった。
「ああ~はいはい、分かってる分かってる。うんうん、分かってる」
「おまえ、それ分かったうえで、オレの話を無視する気だろ」
「バレた?」
「バレたじゃねえ! 無理なもんは無理だかんな」
「プフッ⋯⋯グリアムさん、必死だね。でも、ヴィヴィちゃんには、だれも敵わないって」
必死なグリアムを淡々と受け流すヴィヴィの姿に、ラウラはまた吹き出してしまう。ここまで来ると、いじられるグリアムの姿をただただ見たいだけかも知れないと、ラウラ自身思ってしまう。
「ちょっといいですか。それに関連する事なのですが⋯⋯引っ越ししません? というか、もうその方向で話を進めていまして⋯⋯事後報告で申し訳ないのですが⋯⋯」
イヴァンがみんなを見渡しながら、少し硬い表情を見せた。話を勝手に進めた事に負い目を感じているのか、言葉は尻すぼみになってしまう。
イヴァンの言葉にだれもが頭の中に『?』を踊らせ、その言葉の意味を理解出来ないでいた。
「引っ越し? リーダー、どういう事ですか? というか、どこにです?」
サーラの言葉に一同大きく頷いて見せる。何故かイヴァンはバツが悪そうに頭を掻きながら、口を開いた。
「それが、元【レプティルアンビション】の本拠地なんだ。元はしっかりといい物だったんだけど、使い方が荒かったうえに、汚くて⋯⋯それで、手に入れたお金を全部、本拠地を綺麗にするのに充てちゃったんだよね。勝手なことしてゴメン!」
「⋯⋯おぉ~」
イヴァンは手を合わせ、頭を下げる。事情は分かったような分からないような、何だかフワっとした感じになってしまい、頷いていいのかどうか、一同分からなくなっていた。だが、ラウラはひとり、静かに感嘆の声を上げ、笑みを見せている。腐ってもB級の本拠地となれば、それなりの規模を誇るであろうことが、ラウラには容易に想像出来た。
「見たい! 【クラウスファミリア】の新しい本拠地でしょう、みんなで行こうよ。百聞は一見に如かずだって! ほら、兎の君達も行こうよ」
「え? いいのですか?」
委縮しているマノンはオッタのふたりはラウラに背を押され、困惑しながらも腰を上げると、一同もそれに続いた。
先頭を行くイヴァンに導かれ、【レプティルアンビション】の本拠地だった場所を目指す。
ニコニコと何故か一番嬉しそうなラウラと困惑気味のグリアムが、最後尾を並んで歩いていると、ラウラがそっとグリアムに声を掛けた。
「ねえねえ、グリアムさん。あの時は、どんな本拠地だったの? やっぱ、すんごい大きかった?」
グリアムはラウラの言葉にドキっとしながら前を覗き、他のメンバーに聞かれてない事を確認すると、仕方ないとばかりに小声で答え始めた。
「昔は本拠地を持つって考えがなかった。いきつけの飲み屋に集合して、ああだこうだ話し始めるんだが、ちゃんと話し合うのは最初だけ。そのうちに、べろんべろんになって、大騒ぎのどんちゃん騒ぎで終いだ」
「そうなんだ。でも、それはそれで楽しそうだね」
グリアムは、昔の楽しかった思い出を懐かしむように柔和な表情を見せた。ラウラもそれに釣られて、柔らかな笑みを返す。それに、グリアムが初めて、昔の事を話してくれたのがラウラはとても嬉しかった。
少しは信用して貰えたのかな⋯⋯。
「シシシシ⋯⋯」
「何だ? 急に笑って?」
「何でもないって! 新しい本拠地楽しみだね」
そう言ってラウラは、照れ隠しなのかバシっとグリアムの肩を叩いた。
■□■□
建物の当初の姿を知らないヴィヴィやサーラの目が爛々と輝きを見せる。綺麗に刈り揃えられた芝生の奥に、外壁が空色に塗り直された建物を見上げ、興奮を隠せないでいた。その芝生にテールを解き放つと、庭を駆け回る⋯⋯が、すぐに飽きてしまったのか、伏せてしまう。だが、芝生のことは気に入ったようで、大あくびをして気持ち良さそうに寝転んでいた。
「イヴァン! ここ? ここなの? すごい! すごいよ」
「【レプティルアンビション】には、もったいない建物ですね」
「あら! みんなお揃いで。ちょうど良かった、中の作業も今さっき終わったのよ」
外のざわめきに気付いたミアが、玄関から顔を出すと、一同を建物の中へと誘う。
新築とまではいかないものの、隅々まで掃除、修繕された建物の中を見て、一番驚いているのは、オッタとマノンだった。
「⋯⋯こいつはすげぇ」
「こんなに綺麗になるんですね」
オッタは扉や壁に手を触れ、生まれ変わった本拠地に感嘆の声を上げ、言葉を失ってしまう。
「そんなに綺麗になったの?」
オッタとマノンのあまりの驚きように、ヴィヴィは思わず声を掛けた。
「ああ。床はゴミだらけで、掃除してなかったのが分かるくらい埃が溜まってたんだ。いるだけで、病気になりそうだったよ」
「臭いも酷かったんですよ。あれは何の臭いだったんでしょうか?」
オッタとマノンは、以前の状態を思い出して、心の底からイヤな顔をして見せる。
「ねえねえ、ここってどれくらい広いの?」
ヴィヴィとサーラの肩越しにラウラは、ぬっと顔を出すとミアが説明を始める。
「三階建ての大小合わせて14部屋、うちシャワーが付いている部屋は10。物置、大きめの台所と、大きな湯浴み場がふたつ。部屋とは別に共有空間として使える居間と大食堂。B級の本拠地だったと考えても、かなり大きい建物ですね」
「凄っ⋯⋯ウチらB級の時、6部屋しかなくて、居間なんてなかったよ」
「本拠地として使われる前は、宿屋だったようです」
「そっか、なるほどね。元宿屋か⋯⋯いいねぇ~」
元宿屋と聞いて、一同がこの作りに納得がいった。グリアムも部屋の中を覗き込み、ミアの言葉が腑に落ちる。大きさは違えど、部屋の造りはどこも似たように作られていた。
「サーラ! 上、見に行こう! 上!」
「行きましょう!」
興奮気味のヴィヴィとサーラは、階段を駆け上がって行ってしまう。
「グリアムさん、どうでしょう?」
イヴァンが恐る恐るグリアムに意見を伺うと、グリアムは軽く肩をすくめ答えた。