その打算と思惑 Ⅱ
「だれですかね?」
「ね? でも、こんな所に用がある人間なんて、【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】絡みしか思いあたらないわ」
「ですよね⋯⋯」
この間ミアさん達に追い返されたばかりだというのに、なんか、文句でもつけに来たのかな?
イヴァンの不安を余所に、門の前に立つ男と女の姿に、イヴァンもミアも、とりあえず合点がいった。
耳の長いふたり組。兎人のふたり組が、門の前で静かに佇んでいた。イヴァンはその女の姿に思わず表情を緩ますと、イヴァンとミアに気付いた兎人のふたりは、深々と頭を下げる。イヴァンはその姿に少し驚きながらも表情をさらに緩ますが、ミアの表情は硬いままだった。
「やぁ、体調良くなったんですね。良かった」
「その節は本当にありがとうございました。今日、無事に退院の運びとなりました」
「いやいや、僕は何もしてないので。こちらにいるギルドの方々のおかげですよ」
イヴァンはそう言って、ミアの方へ手を差し伸べる。硬い表情を見せているミアに、ふたりはまた深々と頭を下げて見せた。
「ありがとうございました。ギルドの皆様に助けて頂き、完治する事が出来ました」
兎人らしい長い耳とスラリと長い手足。大きな赤い瞳に小さな鼻と口を持つ、可憐という言葉がぴったりな、庇護欲をそそる顔立ちをしている。
女は顔を上げ、大きな瞳で真っ直ぐにイヴァン達を見つめ感謝を告げるが、ミアの表情は、いまだ硬いままだった。
【レプティルアンビション】と繋がりのある兎人。
それがミアの中での認識で、手放しで受け入れられる心持ちにはなれなかった。その横でイヴァンは、彼らと繋がりがあった事などすっかり忘れ、完治した姿に表情を緩ませている。そんなイヴァンの態度すらもどかしく感じ、ミアの心は警戒心を緩めようとしなかった。
「オレからも礼を言う。ありがとう。あんたらのおかげでマノンが助かった。いくら礼を言っても足りないくらいだ」
「僕はイヴァン・クラウス。あなたはマノンさんって言うんだ。で、君は?」
「オレはオッタだ。オッタ・アンケット」
「あなた、元【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】よね? どういう風の吹き回しかしら?」
ミアの口調は穏やかながら、言葉の端々から棘が感じられる。だがそれは、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】を守りたいと思う一心からだった。オッタとマノンはそんな棘のある物言いにも、イヤな顔ひとつ見せず受け入れ、オッタは大きく頷いて見せる。
「そうだ。そのパーティーにいた」
「あなたが、【レプティルアンビション】の助っ人⋯⋯何だか思っていた感じと違いますね」
「でも、確かに仲間だったのよ」
困惑するイヴァンの手綱を引き締める為か、ミアの言葉は冷ややかだった。
「あのう⋯⋯き、聞いて下さい。オッタがあのパーティーに入ったのは私のせいなのです」
マノンの懇願にさらなる警戒心を見せるミア。
イヴァンは、ここまでミアが、警戒を見せると思っていなかった。そんなミアに困惑を深めながらも、マノンの必死な姿に耳を傾けようとミアをなだめていく。
「まあまあ、ミアさん。聞くだけ聞いてみましょう」
ミアは仕方ないと言いたげに軽く頷くと、イヴァンはマノンに経緯を話すよう促した。
「ありがとうございます。事の始まりは、私が流行り病にかかってしまったという事です。集落の薬はまったく効かず、症状は進行していきます。伝染を恐れた長が、私を集落から追い出しました。その時、オッタが一緒に集落を出てくれて、街で治療出来るように頑張ってくれたのです」
「それであなたは【レプティルアンビション】に入ったの? お金を稼ぐ為に?」
それでもまだ懐疑的なミアの言葉は、オッタに向く。懐疑的な言葉に、オッタは複雑な表情を見せた。
「いや⋯⋯違う。金を稼ぐ為に入ったんじゃない。金を稼ぐには、ダンジョンに潜るのが手っ取り早いと聞いて、ギルドで手続していたんだ。その時に、男に声を掛けられた。病気を治す為に、薬を買う金が必要だと男に経緯を話すと、そいつは薬じゃなくて治療師に診て貰わないとダメだって言われたんだ。ただ治療師に診て貰うのは、金が凄くかかるって言われて、途方にくれていると、そいつがひと仕事したらマノンを治療師に診せてやるって言うんだよ。んで、言われるがままに受けた仕事が、この間のアレだった。だが、あんなボンクラ共じゃ勝負に勝てる訳もなく、約束はうやむやだ。どうしたものかと悩んでいたら、あんた達がマノンを治療師に診せてくれたんだ」
「それじゃあ、この間の決闘はイヤイヤだったのですか?」
イヴァンの問い掛けに、オッタは軽く首を横に振った。
「イヤイヤって訳でもない。あの時は、それしか道がなかったからな。ただ、アイツらの仲間になる気はサラサラなかったよ。初対面から印象は最悪だったしな。仕方なしに、さ」
オッタはそう言って、肩をすくめる。ミアはオッタの言葉を顎に手を置き、静かに聞き入っていた。ミアが最初に感じていた違和感を思い出す。
プライドの高い兎人が、なぜ【レプティルアンビション】に加入したのか?
オッタの言葉はその疑問を晴らすのに十分だった。
世間知らずの兎人の弱みに付け込み、言葉巧みに仲間に引き入れる。マノンの症状の悪化具合から見て、【レプティルアンビション】が、本当に治療師に診せる気があったのか、甚だ疑問が残るが。
【レプティルアンビション】なら、利用するだけ利用して切り捨ててもおかしくなかった。
彼らからすれば渡りに舟でしょうね。きっと足の速い人間を探していたはず。そこに現れた世間知らずの兎人⋯⋯か。
ミアの中で点と点が繋がっていき、表情から硬さも取れて行く。
「それで、あのう、お礼をしたいのですが、なにぶん持ち合わせがなくて、ギルドで話を聞いたら【クラウスファミリア】さんに加入する形で治療して頂いたと⋯⋯」
言い淀むマノンの姿に、イヴァンはその経緯を思い出し、頭を掻いた。
「あ! そうだったね。治ったからメンバーから外すよ」
「いえ⋯⋯その⋯⋯もし良かったら、このままお手伝いさせて頂けないでしょうか? ダンジョンに行く事は出来ないですけど、雑用とか何でもしますので! 是非お手伝いさせて下さい。お願いします!」
「オレも手伝わせてくれ、頼む。何でもいい、手伝える事があれば、何でもする。助けて貰ったら礼を尽くすのが、兎人としての矜恃だ。頼む」
「いや⋯⋯でも、そんなつもりで助けた訳じゃないし⋯⋯」
「頼む」
そう言ってマノンとオッタはまた深々と頭を下げる。考えもしていなかった申出に困惑を隠せないイヴァンが、ミアに視線を向けると、自分ではどうすべきか分からないとばかりに、ミアは大仰に肩をすくめて見せた。
マノンとオッタ、ふたりの真剣な眼差しにイヴァンは頷くしかない。
「ありがとうございます。ただ、僕の一存では決められないので、一緒に本拠地まで来て貰っていいですか?」
マノンとオッタは笑顔で大きく頷いて見せた。
「ミアさん、ここのことはお願いしても、いいですか?」
「ええ、もちろん」
イヴァンは現場をミアに預け、ふたりの兎人を連れて本拠地であるグリアム宅へと向かった。
■□■□
「え? ルカスくん??」
「兎さん?? しかもふたり??」
「あんた! ちと勝負しようぜ」
驚き合うイヴァンとサーラ。目を爛々と輝かすルカス。
何だかもう何も考えたくないと、手狭になった居間で眉間に手を当て、思考を放棄したグリアム。その光景を面白がるラウラと、いまいち状況を理解出来ていないヴィヴィと、相変わらず我関せずと床に伏せているテール。
困惑渦巻く居間からは、混乱しかなかった。
「つか、こいつ元【レプティルアンビション】だろ? 大丈夫なのか?」
「それが実は⋯⋯」
渋い表情を見せるグリアムに、イヴァンはマノンをギルドに運んだ話と、オッタから聞いた話をみんなに聞かせる。みんながそれなりの納得を見せるなか、グリアムの表情は変わらず渋いままだった。
「おまえらが決める事だ。好きにすればいい」
口ではそう言うグリアムだが、その口調から疑心は見て取れる。ミア以上の警戒を見せるのは実際に対峙した人間として仕方の無い事なのは、イヴァンにも理解が出来た。だが、どうせならスッキリした形で、オッタとマノンには手伝って貰いたい。しかし、何をどう言えば、グリアムが納得するのか、良い言葉がまったく浮かばなかった。
オッタとマノンの話に嘘はなさそうだが、全てを無条件に信じきれないのもまた事実。オッタとマノンは言い訳するでもなく、ただ黙って、事の成り行きを見守っている。
「⋯⋯こいつ、良いやつだぜ」
ルカスが頭の後ろで手を組みながら、飄々と言ってのけると、停滞していた空気が動き始めた。