その決闘(デュエル)の後始末 Ⅴ
互いにそっぽを向いてしまうラウラとルカス姉弟に、グリアムを筆頭にヴィヴィとサーラも溜め息をつくしかなかった。どうしたものかと頭を抱えながらも、グリアムは話題を変えようと口を開く。
「ルカス、この間は助かったよ。んで、今日はどうした?」
グリアムが口火を切ると、そっぽを向いていたルカスは、ようやく前を向いた。
「うん? だって、ほら、おっさんとの勝負に負けたら、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】を手伝うって話だったじゃん⋯⋯」
ルカスは少しばかり照れくさそうに、言い放つとまたそっぽを向いてしまう。
手伝う?
首を傾げるグリアムの隣で、黙ってやり取りを見守っていたサーラだが、ハッ! と、何かに気が付いた。
「ああ? 何言ってんだ? あれはこの間の決闘で⋯⋯ンが&⋯⋯%%ぐ%&&%&$⋯⋯サーラ! 何すんだよ!」
困惑を隠さず口にしようとしたグリアムの口を、サーラは慌てて塞いだ。
「シッ! 師匠黙って。ルカスさん、約束ですもんね。是非ともお手伝いをお願いします」
サーラはグリアムの口を押さえながら、ルカスに飛び切りの笑顔を作る。そして、ルカスの隣に座るラウラも、ルカスの言葉の真意に気が付いた。
「あんたねぇ、もっと素直になって、パーティーに入りた⋯⋯ンガ#$&%$%⋯⋯ンゴ⋯⋯&#$⋯⋯ちょ、ちょっとヴィヴィちゃん!」
「ラウラもシッー! ねえ、ルカス。手伝ってくれるのなら、パーティーに入りなよ。そっちの方がいろいろ便利だからさ」
「⋯⋯ああ、そっか⋯⋯便利かぁ。んじゃあ、仕方ない、入るかな⋯⋯」
「え! え? 何で?」
「師匠! ちょっと黙って!」
何で怒られたの? ルカスがパーティーに入る? 何で??
驚愕と困惑のあまり、思考停止になるグリアム。
照れ隠しのように視線を逸らし続けるルカスを、ラウラは呆れ顔で見つめ、素で驚いているグリアムを、サーラはキッと睨んで見せた。
グリアムはひとり、事の成り行きを理解出来ず混乱している。あまりにも唐突なルカスの加入話に、頭が追い付いていなかった。
「まったく、素直じゃないんだよ、こいつは」
姉らしくルカスを咎めるラウラだが、ヴィヴィもサーラも、してやったりとばかり、ニヤリと口角を上げあった。
「うっせえな。とりあえず、よろしくな。あ、それと級はNのままで。昇級する気はサラサラねえから」
「あんた何偉そうに言ってんの!? ちゃんとパーティーの仕事をしろ!」
「「まぁ、まぁ、まぁ⋯⋯」」
再び幕を開けそうな姉弟喧嘩の雰囲気に、ヴィヴィとサーラは必死になだめにかかる。何だかひとり置いてきぼりのグリアムは、その光景を思考が停止したまま眺めているだけだった。
「どんな形であれ、ルカスさんの加入は大歓迎です」
「フフ⋯⋯私の方が先輩だからね」
この場にいないイヴァンの事など全く無視して、ふたりはルカスを逃すまいと、既成事実を作り上げる。グリアムは『なぜ?』という思いから抜け出せず、眉間から皺が消える事は無かった。
「まぁ、何かこうなりそうな感じはしてたけどね」
「そうなのか?」
肩をすくめるラウラに、グリアムの『なぜ?』は、さらに深まっていく。
「こいつ、パーティーで仕事をしたのが、この間が初めてだったんだよ。いつもひとりで潜るだけだからさ、グリアムさんから、ダンジョンの知識や、相手との駆け引きを教えて貰った衝撃が大きかったんだよ。しかもB級を食べたっていう結果もしっかり出たでしょう。んで、周りの連中からチヤホヤされて、いい気になったんだよ、こいつ」
「うるせえな、バカねき。黙ってろ」
「あんだって! あんた、たまに話しかけて来たと思ったら『【クラウスファミリア】ってどうなんだ?』とか、『リーダーってどんなやつだ?』とか、そんな事ばっか聞いてたクセに!」
「落ち着けふたりとも」
「「フン!」」
グリアムに諌められ、ふたり揃ってとりあえず口をつぐんだ。
この間の決闘が、初めてのパーティーだったとは⋯⋯その成功体験が大きかったのか?
N級に留まる事自体は些末な事で、問題にはならん。ルカスの加入は、このパーティーにとって、かなり有益な話だ。喉から手が出るほど欲しかったメンバーの加入。しかも、優秀な人材となれば、イヴァンも断る理由はないか。
グリアムの中でようやく合点がいき、険しかった表情もほぐれていった。
「おっさんも文句ないだろ?」
「あんた口の聞き方!」
「いい、いい、ラウラ、構わん。文句も何も、オレは何もないよ。こいつらが、首を縦に振ってるんだ、何の文句もないさ」
グリアムの言葉にルカスは少し表情を険しくする。
「おっさんが仕切ってるんだろ?」
「? 何言ってる? オレはただの荷物持ちだぞ。パーティーの決め事に、口は出さんよ。あまりにもって時は、そらぁ言うけどな。おまえの加入は、このパーティーにとってプラスにしかならんよ」
「そっか! だよな。オレが入るんだもんな」
ルカスは誇らしげに胸を張って見せると、ヴィヴィとサーラはそのやり取りに眉をひそめた。
「サーラ⋯⋯ルカスのあの反応⋯⋯もしかして⋯⋯」
ヴィヴィとサーラが頷き合うと、サーラはビシっとルカスを指差した。
「ルカスさん! 私が一番弟子ですよ!」
「んな!? 何だ、おまえいきなり。弟子にした覚えなんてねえぞ」
「師匠! 覚えておいて下さい!」
「アハハハハハハハハハー! グリアムさん怒られてばっか!」
「ラウラ、笑い事じゃねえ」
居間にラウラの大きな笑い声が響き渡りながら、【クラウスファミリア】は新しいメンバーを迎え入れる事となった。
■□■□
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地と並ぶのではないかと思わせるほど、その本拠地は大きく、威圧感すら感じられる。
門番は門柱に背を預けながら、気だるそうに立っていた。その門番が、門をくぐる潜行者達に冷ややかな視線を送る。その視線に、門をくぐる潜行者達は、招かれざる雰囲気を感じ取り、気まずさを感じ取っていた。
門から続く短い小路は、荒れ放題。踏まれた草が、辛うじて道を作っている。鬱蒼とした森を抜けると小さな城と見紛う【ライアークルーク(賢い噓つき)】の本拠地が忽然と現れた。重い灰色のレンガ造り。良く言えば重厚な雰囲気を醸し出していると言えるが、その大きさも相まって、不穏を感じる人間の方がきっと多いだろう。
「デカ⋯⋯」
「ボリス、キョロキョロしてんじゃねえ。舐められんぞ」
都会に出て来たばかりの田舎者よろしく、広大な敷地をキョロキョロとしているボリスにエルンストは釘を刺す。
時折、すれ違う者達は、薄汚い潜行者達に下卑た視線を送り、迷い込んだ異物を冷めた視線で見つめた。そこから来る居心地の悪さは、エルンスト達、元【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の者達を委縮させる。睨み返す事すら出来ず、そんな冷めた視線から逃げる様に足元だけを見つめ、巨大な玄関へと足早に進んで行った。
「よお! 大変だったな」
玄関を入り、真っ直ぐ進むと、リーダーであるリオン・カークスの執務室がすぐにある。リオンの側に立つイヤルの冷めた視線に、小さくなっている【レプティルアンビション】のメンバー達を尻目にエルンストだけは、堂々とその部屋に立っていた。最後のプライドがエルンストに俯く事を許さないでいた。
リオンの開口一番にメンバー達も、ようやく顔を上げる。大きな机に、細かな装飾を施された大きな執務椅子。そこに座るリオンの真後ろには、大きな窓があり、逆光となる陽光がリオンの表情を隠してしまう。【レプティルアンビション】に対する労いとも取れる言葉を、リオンの口は軽やかに伝えた。