その決闘(デュエル)の後始末 Ⅳ
「ただいまー!」
「ラウ様、出掛ける時はひと声掛けて下さいっていつも言ってるじゃないですか!」
「そうですよ! 前例があるんですから、ちゃんと言って下さいよ。しかも、今回はアザリアさんまで! それで、ふたり揃ってどこに行ってたのですか?」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地に、肩から大きな頭陀袋を下げているラウラとアザリアが到着すると、カロルとアリーチェが頬を膨らましながら出迎える。
「ごめん、ごめんって。ちょっと緩衝地帯で【クラウスファミリア(クラウスの家族)】から頼まれ事があってね」
「そうそう」
「えぇ~アザリアは遊んでただけじゃない~」
「「遊んでた!?」」
ラウラの言葉に大きく頷くアザリアに、ラウラは懐疑的な視線を送ると、カロルとアリーチェの表情は一気に険しくなった。
「だ、だから、あれよ⋯⋯ウチは単独禁止でしょう。だからついて行ったのよ」
「A級にA級が?」
「リーダー自ら?」
カロルとアリーチェの表情はさらに険しくなる。
「それより⋯⋯ほら、賭けで儲かったんで、みんなで何か美味しい物でも食べよう! ね? ね?」
アザリアは、そう言って鉾先を変えようと、お金の入った袋を差し出した。ズシリと一見して重そうだと分かる袋に、険しかった表情は驚きへと変わっていく。
「賭けで儲かった⋯⋯? あ! そう言えば今日って、【クラウスファミリア】の勝負の日でしたね。それで⋯⋯どっちが勝ったのですか⋯⋯その感じ、もしかして【クラウスファミリア】ですか?」
「そうよ」
カロルの問い掛けにアザリアは、さも当たり前とばかりに答えた。カロルは目を見開き驚愕の表情を見せ、アリーチェも隣で驚きを隠せない。
「彼女達、B級をやっつけちゃったって事ですよね」
「そうだよ。よいしょっと⋯⋯」
ラウラも当たり前とばかりに、アリーチェに答えながら肩から下げていた大きな頭陀袋を下ろしていった。ガチャっと硬質な金属がぶつかる音が鳴り、カロルとアリーチェは顔を見合わせていく。
「ラウ様⋯⋯これってもしかして⋯⋯」
「全部⋯⋯」
カロルとアリーチェの表情が固まる。その姿にラウラは、いたずらっ子っぽく微笑むと頭陀袋を開いて見せた。
「フヒヒ⋯⋯じゃーん! 1200万ルドラでーす! 【クラウスファミリア】のおかげでボロ儲けよ」
「1200」
「万ルドラ⋯⋯」
見た事のない大金を前にして、カロルとアリーチェは完全に固まってしまう。
「いやぁ~こんなに儲かるなんてね~。このお金で、とりあえず【クラウスファミリア】をお祝いするでしょう。そんで、みんなで美味しい物を食べて⋯⋯次の潜行の資金に回すよ。これで、またすぐに潜れるでしょう?」
「⋯⋯ラウラ」
この言葉に一番驚いているのはアザリアだった。金の使い道をあれやこれやと話している時に、ラウラの口からそんな言葉は一切出ていない。ラウラなりの気遣いに、アザリアはやられたとばかり、思わず頬を緩めてしまう。
「て、事でさ、アザリアすぐに準備に入ろうよ。カロルとアリーチェも手伝ってね」
ニカっといつもの笑みを見せる真っ直ぐなラウラに、仕方ないなと少し照れながら、三人は笑みを返していった。
■□■□
決闘を終えてから数日が経っていた。
松葉杖の取れたイヴァンは、未だ決闘の後始末に奔走しており、ひとり忙しくしている。【レプティルアンビション】が貯め込んでいた物が殊の外多く、鑑定に時間が掛かっているらしい。
(みんなは休んでいて下さい。ミアさんもいるからこっちは大丈夫ですよ)
というイヴァンの言葉を鵜呑みにしたパーティーメンバーは、決闘の反動から、まったりとした日々を過ごしていた。ヴィヴィはテールを連れて外へ、サーラはいつものように調べ物をしにギルドへ足を運ぶ。
グリアムはカフェルをゆっくりと口に運び、まったりとした時間を謳歌していた。遠くで聞こえる街の喧騒を子守歌代わりに、ウトウトと午後の陽射しを浴びていると、玄関がけたたましく開きヴィヴィがテールを連れて帰宅する。
「ただいま!」
そして、しばらくするとサーラも玄関口に現れるという、いつものルーティン。
「ただいま戻りました⋯⋯って、師匠、またダラダラ過ごしているのですか?」
「いいじゃねえか。忙しかったんだ、のんびりさせろ」
「いいですけど⋯⋯しっかりお願いしますね」
「はいはい、分かった分かった」
何をしっかりお願いされたのか、まったく分かっていないのだが、グリアムは適当に相槌を打って見せた。
遠くから聞こえる鐘音から、いつもより少し早い帰宅だと分かる。
「今日は、いつもより早えな」
「師匠、何とぼけた事を言ってるんですか? 今日はラウラさんの来る日じゃないですか?」
「え?」
「え? じゃないですよ、もう」
何か怒られた。
まったく覚えのない約束なのだが、そんな話あったか?
あ! そういやあ、あったかも⋯⋯。
数日前にヴィヴィが早駆けを受け取ってたのを、グリアムは思い出した。
「こんちはー! 来たよー!」
「ラウラだ!」
そんな事を思っていると、早速玄関から元気な声が届く。その声にいち早く反応するヴィヴィが、弾かれたように玄関へと向かった。
『こっちこっち』とヴィヴィに手を引かれ、居間へと笑顔で現れたラウラに、グリアムは軽く手を上げ、サーラは勢い良く頭を下げた。
「ラウラさん、こんにちは」
「よお。この間はありがとな。で、今日はどうした?」
「ムフゥ~。この間儲かったって言ったじゃない? だからさ【クラウスファミリア(クラウスの家族)】をお祝いしようかと思ってさ。どうせだったら、ちゃんと欲しい物を聞いてから、お祝いしたいじゃない」
「いや、いいよ。あんたの好きなように使えよ。手伝って貰っただけだ、オレ達は十分だ、なあ」
グリアムはヴィヴィとサーラに賛同を促すと、ふたりも大きく頷いた。
「グリアムの言う通りだよ」
「ですです」
「まぁまぁ、そう言わずにさ、好きなように使っていいから、お祝いさせてよ。額が額だからさ、お祝いしたところで、これがたんまり残るのよ」
「ちなみにいくら儲けた?」
「1200万ルドラ」
「1200!」
「万ルドラ⋯⋯」
「マジか!?」
ヴィヴィとサーラはどっかのだれか達と同じ様な反応を見せ、グリアムもその額の多さに驚きを隠せない。それはラウラがそれ相応の額を、【クラウスファミリア】に賭けたという事で、逆にそこまで信頼されていたという事でもある。
「アザリアも結構儲かったんだよ。だから、大丈夫。おかげで、すぐにまた潜行出来そうなんだ。【クラウスファミリア】のおかげだよ。で、何か欲しい物とかないかな? ごちそうでもいいよ!」
「何か⋯⋯でも、どうなんだ? まだこの間の借りを返していないのにって感じがな⋯⋯」
「ですよね。ラウラさんに何もお返し出来ていないです」
「イヴァンが戻って来てから考えるのは?」
ヴィヴィの提案に遠慮し合うグリアムとサーラは、うやむやに頷く事しか出来ない。気持ちは有り難く頂戴したいのだが、借りを返していないという思いは強く心に残ったままだった。
ダン! ダン!
と、力強く玄関を叩く音に、居間に居合わせる者達の迷いは一旦消える。あきらかにイヴァンでの訪れではないのが分かり、少しばかり警戒すら見せた。
待てとグリアムが合図を出し、ゆっくりと玄関に向かう。扉の隙間から顔を覗かせると、そこに見知った顔があった。
「ルカスじゃねえか。どうした?」
「よお」
軽やかな挨拶するルカスに、グリアムは扉を開く。居間へと招かれたルカスの目にラウラが映ると、一気に不機嫌な表情を見せた。
「なんで、おまえがいるんだよ!」
「あんたこそ何しに来たの?!」
「まぁまぁ、会って早々だってのに⋯⋯まったく。少し落ち着けって」
仲良いのか悪いのか、グリアムはとりあえず、ふたりをなだめながら、ルカスを椅子に座らせた。