その遭遇は予期できない Ⅱ
「あ? そいつはどういう事だ。聞き間違いじゃなかったら、D級と荷物持ちが罠に嵌って、生き延びた。そう聞こえたぜ」
シンは狼人らしく、鋭い睨みを利かす。
どうして、この人はこんなに睨むのかな??
何故睨まれているのか分からないイヴァンは、その睨みに困惑するだけだった。後ろに控えるパーティーも、突き刺す視線を向けている。狼狽を見せていたアザリアでさえ、荷物持ちとD級潜行者へ、疑惑の眼差しを向けていた。
その視線が意味するところ。
罠に嵌り、助かった例など数例しか存在しない。その数例を司るのは先程から名の上がっているパーティー【バーヴァルタンブルロイド(おしゃべりの円卓)】、そして、最深層34階の記録を持つ、もはや古のパーティー【グラットンドッグ(大食い犬)】。この伝説的なふたつのパーティーしか存在しない。そしてその数例が、罠解明の根源となっていた。
罠に嵌り、生き残る。
それは偉業とも言える事例を指し、それを成し得たと言っているシェルパとD級に、懐疑的になるのは必然だった。アザリア達【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】にとって、耳を疑うのに十分なイヴァンの言葉となる。
面倒臭くなるから黙っていろよな、馬鹿イヴァンがぁ!
グリアムの心の叫びなど届くはずも無く、鋭い視線に晒されながら必死に言い訳を模索した。
「⋯⋯ハハ⋯⋯ハハ⋯⋯ハ⋯⋯。何言っているんだろうね、この坊主は。そんな事あるわけないのにな」
アザリアは冷静沈着。グリアムの拙い言い逃れに、まったく聞く耳を持っていなかった。
「でも、シェルパとD級が、16階を生き延びた⋯⋯なんで16階にいたの?」
「いやぁ何でだろう? 何でかな? 気が付いたら16階に辿り着いていてさ、ヤバイヤバイって、急いで15階に上がったんだよ。いや、ホント、びっくりだね」
A級達の視線が痛い。
浮ついた言い訳なんざ、微塵も信用していないのがありありと分かる。でも、今の所、嘘は言っていない。
しかし、本気で疲れた。早くいなくなってくんねえかな。
「【ディグニティハニー】を持っている。という事は、少なくともあの蜂と対峙して、切り抜けた。いろいろとあなた達は謎過ぎるわ」
「え、いや、たまたまさ。あんまし数が多く無かったかなぁ。一匹しかいなかったか? きっとだれかが狩り切れなかったのかねぇ。しかも、レアまでゲット出来て、いやぁ、ラッキー、ラッキー」
「君達、二個持っているのでしょう。一匹なはずないよね? 何で嘘つくの」
アザリアの淡々した冷静な言葉は、グリアムの焦りを呼ぶのに十分過ぎた。
「え? いやいや、嘘じゃないさ。もう一個はその近くに落ちていたんだ。レア二個はホント、ラッキーだったよ。なぁ、もういいか? さすがに疲れているんだ、休んでいいかい?」
「だよね。ゴメン、疲れているところに押しかけて。ゆっくり休んで」
「ああ。そうさせて貰うよ」
「またね、グリアム、イヴァン⋯⋯それと布団の中の人も」
アゼリアは硬い表情を残し、踵を返す。バタンと建付けの悪い音と共に、手練れのパーティーは扉の外へ消えて行った。
後ろのやつらも最後まで警戒を怠らなかったな。イヤな形でロックオンされた気分だ。面倒な事にならなきゃいいが⋯⋯。今更ながら、変な汗が噴き出してきやがったぜ。
「グリアムさん、彼女達は何者?」
「【ノーヴァアザリア】。A級のパーティーだ。中央都市セラタで、もっとも力のあるパーティー、構成員50は下らん」
「え! 凄いですね。何か余計な事言っちゃったかな、途中から雰囲気がおかしくなってましたよね」
「まぁ、仕方ない。おまえはまだ、いろいろ知らなさ過ぎる。雰囲気の変化に気が付いただけでも良しだ」
「ねえねえ、私も大人しくしていたよ。隠れてなくちゃいけなかったのでしょう? 何か隠れていたのは、バレていたみたいだけど」
ヴィヴィもアザリア達がいなくなったことを確認すると、ひょこっと布団から顔だけ出して見せた。
「おまえの場合は、姿が見られなければそれでいい。しかし、本当に疲れた。オレは休むぞ」
グリアムがボロボロのソファーに体を投げ出すと、ギシと軋む音と共に体が沈んで行く。
目を閉じると、疲れがドッと押し寄せ、意識は遠のいて行った。
□■
グリアム達の上階では、【ノーヴァアザリア】のメンバーがアザリアに不満をぶつけていた。下層に現れたA級のイレギュラー、そんな事すら忘れてしまうほど、罠から生き延びたと言っている、シェルパとD級に懐疑と困惑の目を向けていた。
「あいつら、あからさまに怪しいぞ。いいのかアザリア、やつらを放っておいて?」
シンは鋭い眼差しのまま、眉間に皺を寄せて行く。簡単に引き下がったリーダーに不満を隠さないでいた。
「んーでもさ、悪い人間では無かったよ。何か悪さを企んでいるとか、そんな感じでは無かったよね。でもさ、何かを隠している」
「それが気になるじゃん。ねえアザリア、本当に放って置くの?」
盗賊のラウラは、椅子に体を預けながら、シンと同じ不満をぶつけた。
「ラウラまでそんなこと言うの~。別に人に害しているわけじゃなしさ、私達が何かするのは、お門違いでしょう。まぁ、気にはなるけどね。あのコンビ⋯⋯いや、トリオか。とりあえず気には留めて置くよ。こちらから何か仕掛けるかは、彼らの動向を見て判断しようか」
「手遅れになる可能性は?」
青髪のハウルーズは、エルフらしく静かに言い放つ。彼女もまた、グリアム達に疑惑の念が晴れずにいた。
キリの無い会話にアゼリアは頬を膨らませ、立ち上がると、どうにも出来ない思いを繰り返す。
「手遅れって何よ。まったく、ハウルーズまで言うか! この話はお終い、彼らからしばらくの間は目を離さない。これでいいでしょう、以上!」
ハウルーズは無言のまま俯き、納得はしていないが了承はした意を示した。その様子を黙って窺っていたドワーフが自慢の髭を撫でながら口を開く。
「話は終わったか? なぁアザリア、ここまで来ているんだ、26階まで行こうや」
「え? ゴア、それは無理だよ。緊急だったし、潜る準備なんてしていないよ」
「早くA級に上がりてえぞ」
「分かっているって。ゴアの実力ならすぐにA級上がれるから、ちゃんと準備してから潜ろうよ。準備無しでの最深層は、危険なのは分かるでしょう」
「ちぇー、仕方ないのう」
マイペースなドワーフのおかげで、話は終わった。
あの【忌み子】のシェルパは何かを隠している。一体何を隠しているの?
疑惑が晴れたわけでも無く、モヤモヤとした心持ちが、部屋の空気を重くしていった。