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最高のロマンチックしよう。


 翌日。彗星衝突まであと十時間。今日の夕方、いよいよ彗星が地球に衝突する。

 でも俺はまたいつもの朝を迎えた。カーテンを開けると青空には雲一つない、いつもの朝。……じゃなかった!


「篤史、ごめんな? 昨日は悪かった!」

「アツ~! 出てきてくれよ~! ボール痛かったよな? ごめんなさい!」

「吉田君、出てきなさい! どうしても君に謝りたいんだ!」


 異様な光景にギョッとした。

 家の前にいたのはクラスメイト、担任、学年主任、校長や教頭までいたのだ。

 びっくりして玄関から外に飛び出す。

 すると俺はクラスメイトや先生たちにあっという間に囲まれた。


「昨日はボールぶつけて悪かった! ごめんな? 大丈夫だったか?」

「痛かっただろ? 検査どうだった?」

「本当にごめんっ。パスしたつもりだったんだけど、もっと気を付ければ良かった……」


 昨日バスケしていたメンバーがわざわざ朝から俺の家に来たのだ。

 それだけじゃない、連帯責任といわんばかりにクラスメイトや先生たちまで。


「あれくらい、別に大丈夫だから……。それにわざとじゃないんだし」


 俺が大丈夫と伝えても必死に謝ってくる。


「いや、そんなわけにはいかねぇって」

「俺たちがアツに怪我させたんだ!」

「吉田君、許してほしい。我々教師の監督不行き届きだった」

「先生まで……」


 ここにいる全員が必死に謝っている。中には泣いている奴もいる。

 でも、この謝罪は悪いと思ったからじゃない。だって目が怯えている。

 俺が怖いのだ。俺が怒って人柱にならないと決めてしまうことが。それが恐くて仕方ないのだ。


「っ、もういいって言ってるだろ!」


 思わず大きな声をあげた。やるせない気持ちが込み上げて、きつく睨みつける。


「もう謝るなっ、しつこいんだよ!」

「篤史、ごめん……っ」

「ほんとにごめんっ、悪かったから!」


 必死な謝罪に怒りが高まっていく。

 怯えた顔で謝られてもイライラするだけだ。


「だから、っ」

「――――篤史くんっ! こっちだよ!」

「えっ、ええ! 小鳥さん!?」


 いきなり小鳥が目の前に現れたと思ったら、俺の手をむんずと掴み、取り囲んでいたクラスメイトの壁を突破して駆けだした。

 俺は驚きながらも引っ張られていく。

 そのまま二人でしばらく走り、昨日出会った駅前大通りまで来た。


「ハアハアッ、この辺で大丈夫かな?」


 小鳥が背後を気にしながらも立ち止まる。

 追っ手がいないことを確かめると、「よかった~っ」と大きな安堵のため息をついた。


「あの、小鳥さん? いったいどうしたの?」


 俺は息を整えながら、「これ」と掴まれている腕を持ち上げる。

 すると小鳥はハッとして腕を離した。


「ごめんなさいっ、驚いたよね? 篤史くんが困ってたから助けなきゃって思って……」

「俺が困ってたから……?」

「え、違ったの?」


 俺たちは目を丸めて見つめ合う。

 沈黙が落ちて、でもじわじわと小鳥の頬が赤くなっていく。


「ご、ごごめんなさいっ。私てっきり困ってるんだと思って! 本当にごめんなさい!」

「謝らないでっ、困ってたのは間違いないし」


 不思議だ。さっきまで猛烈な怒りを感じていたのに嘘のように引いている。

 気持ちが落ち着くと、次には笑いが込み上げてきた。


「プッ、アハハハハッ。そっか、俺が困ってたから助けてくれたんだっ。アハハハハッ」

「っ、う~~、笑わないでよぉ……」

「ごめんごめんっ。そっか、俺が困ってたから。ありがとうっ。嬉しい、嬉しいんだっ」


 嬉しくて笑ってしまう俺に、小鳥は意味がわからず首を傾げてしまう。

 ごめんな、笑っちゃって。でもこんなに腹から笑えてスッキリしてる。藤堂が訪ねて来てからずっと頭はぐちゃぐちゃだったのだ。

 でも小鳥は恥ずかしさに少し涙ぐんでしまっている。眼鏡を外し、ハンカチで目元を抑えた。小鳥にそのまま見つめられて、ドキリッ、胸が高鳴った。

 眼鏡で気付かなかったけど、思っていたより睫毛が長い。色素の薄い瞳は日溜りのように煌めいて、綺麗だなって。

 妙にドキドキして、緊張して、小鳥を見つめてしまう。

 小鳥は俺の視線に気付かないままで、熱い頬を冷まそうとパタパタと手で仰いでいる。


「……私なにしてるんだろ。恥ずかしい……。篤史くんを攫っちゃったみたいな……」


 小鳥は俺を攫ってくれたんだ。どうしよう、嬉しい……。

 でもふと、小鳥が心配そうに俺を見る。


「篤史くん、さっきの人たちなに?」

「っ……」


 現実に引き戻されたような緊張が走った。

 家の前の光景は明らかに異様だったのだ。……これ以上隠し通すことはできない。


「…………人柱って、知ってる?」

「えっ?」


 小鳥が息を飲んだ。みるみる青褪めていく。

 この世界で人柱を知らない人間はいない。


「あ、篤史くん、あの」

「小鳥さん、よかったら今日一日遊びに行こうよっ」


 遮ってお願いした。もっと一緒にいたいと思ったのだ。

 でも困惑してしまった小鳥にハッとする。まだ出会って二日目なのにこれは突然すぎだ。


「あ、急にごめんっ。困らせたよね……」

「……ううん、違うの。謝らないで。ちょっと驚いちゃっただけだから」


 小鳥はそう言うと、さっき離した俺の手をもう一度ぎゅっと握り直した。そして。


「い、いいよっ、遊びにいこ! 私も、その、篤史くんに……会えたらいいなって思ったからっ。だから家の近くまで来ちゃって……」


 それは衝撃の告白だった。

 俺が人柱だって知らないのに、小鳥は俺を気にしてくれていたのだから。


「……ほんとに?」

「……ほんとだよ。行こ?」


 俺もこくりと頷く。

 なんだか手を離す気にはなれなくて、手を繋いだまま歩きだした。

 この時、彗星衝突まで後八時間を切っていた。






 俺と小鳥は公園で散歩をしたり、食べ歩きをしたり、とにかく普通のデートをした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、夕暮れ時になっていた。

 今、高台のベンチに座っている。

 デート終盤のしんみりした時間。平凡なデートが終わった後は、「またね」と別れて明日からも平穏な日々が続くものだ。でも今。


「…………彗星、見えちゃってるね」


 小鳥が夕暮れの空を見上げた。

 俺も一緒に空を見上げる。


「デカイ……。あれが彗星なんだ」


 夕暮れの空に巨大な石の塊が見えていた。そう、直系五十キロの彗星だ。

 彗星衝突まで三十分を切っている。地球に迫りくる彗星、人類を滅ぼす天体ショーだ。


「……篤史くん、大丈夫?」


 小鳥が心配そうに聞いてきた。

 そんな小鳥に俺は小さく笑って頷く。


「意外と大丈夫。彗星がすぐそこまで来てるのに変な気分だ」


 もう少しパニックになるかと思ったけど意外と落ち着いている。

 落ち着いているから気付いていた。俺の周囲一帯には内閣人柱観察保護局の局員が配置されていることに。

 俺の基本的人権は守られている。だから俺は自分の意志で人柱にならなければならない。世界中が俺に死にますようにと願っている。

 そう、それはきっと隣にいる小鳥も。


「篤史くん、一緒に死のっか」

「…………え?」

「地球の皆でさ、一緒に死ぬの。篤史くんと私も、ここで死ぬの」

「こ、小鳥さんっ? なに言ってんの!?」


 驚いた。めちゃくちゃ驚いた。

 死ぬ決意なんてしてなかったけど、きっと死ぬんだろうなと今まで漠然と思っていた。

 だってそうだろ? 俺一人と人類約八十億人。どう考えても俺一人が死んだ方がお得だ。


「本気だよっ。本気で言ってる。一緒に死の?」

「小鳥さん、自分がなに言ってるか、っ……、あれ? なんでだろ、平気だったのにっ……」


 ぶわりっ、涙が溢れてきた。

 人柱だと聞かされた時も泣かなかったのに、なぜか今、涙が溢れてきた。

 そんな俺に小鳥が優しく微笑む。


「篤史くんだけ死ぬなんておかしいよっ。おかしいっ」

「小鳥さん……」

「いいんだよ、一人で背負わなくて。だいたいみんな勝手だよ。ふつうの十六歳に人類の命運を背負わせるなんておかしいよね?」


 小鳥が怒ってる。世界に怒ってる。

 仕方ないと思ってた俺のために、俺が言えなかった文句を言って、プンプン怒って……。



「…………小鳥さんが死ぬのは、嫌だな」



 ぽつりと言葉が漏れた。

 漠然とそう思った。泉のように感情が込み上げてきた。

 一緒に死ねるのは嬉しい。でも小鳥が死ぬのは嫌だ。


「俺は人類のためじゃない、小鳥さんのために人柱になるよ」


 小鳥をまっすぐ見つめて言った。

 でも小鳥の瞳がみるみる潤みだす。


「篤史くん……? だ、だめ、なに言ってるの? 篤史くんだけ死ぬなんて嫌だよっ!」

「ごめん、もう決めたんだ。俺は人柱になる」


 そう言ってベンチから立ち上がった。

 泣いている小鳥を振り返り、最後の言葉を。


「小鳥さん、今日はありがとう。楽しかった。最後の日を一緒にいられて幸せだったよ」

「篤史くんっ、いや、そんなのダメだよっ」

「ありがとう。その、大好きだっ……!」


 こんな時に告白なんてベタすぎて恥ずかしい。でも聞いてほしかった。最後に泣かせてしまったけど聞いてほしかったんだ。

 俺は最後に笑いかける。そして腕時計のボタンを押して、宇宙へ――――。









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