7話 協力
「こ、この世界って……」
この日本、という国とは限らないのだが。
「そう。私が眠っている間、指輪が輝いたって言っていたでしょう?」
「う、うん。色が赤から青になって、すごい神秘的だった。ね、千尋」
「……そう、だね」
恐らく、それは指輪がこの世界に反応して発動した魔法だ。事前に術式が組み込まれていたのだろう。
「それで私が起きたら、急に日本語もペラペラだった。この世界に飛ばされた事もそうだけど、都合が良すぎませんこと?まるで、この時が来るのを分かっていたかのように」
「た、たしかに……異世界転生とかって、ご都合主義が多いから、そういうモノかと思ってたよ……」
「なんて?」
コトネがボソボソ呟いていたが、意味は分からなかった。
「い、いや、なんでもないの」
「とにかく、この指輪はお母様に貰った物ですの。しかもお揃いの指輪。ずっと肌身離さず持ってなさいと言われてた。その時が来れば分かるからって」
「じ、じゃあ……」
ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえた。
「きっと、今がその時ですわ。私は、お母様を絶対に見付ける。そして、真実を教えてもらいますの!」
私は立ち上がり、力強く宣言した。久しぶりに、生きる意味を見つけたのだ。
今度こそ、諦めない……!
「じ、じゃあ、ミア姉、死なない?」
チヒロが心配そうに尋ねてくる。
「もちろんですわ!だから、私がこの世界に慣れるまで、チヒロ、手伝ってくださる?あなたの力が必要なの。まだ出会ったばかりで、信じられないかもしれないけど……」
「い、いや、確かにそうだけど、ミア姉の事は信じるよ。魔法を見せてもらったし、面白いし……」
やっと涙の勢いが止まり、落ち着いてくれたようだった。目は真っ赤だけど、良かったーー
「ーーって、私って、面白い?」
「えっ!?ま、まあ……」
「ふーん。初めて言われましたわ……」
まあ違う世界の住人だから、当たり前か。頭がおかしいと言われる事が多かったので、面白いは新鮮だ。
「……分かったよ。ミア姉に協力する。お母さんを探すのも、手伝うよ。だから、変な事考えないでね?」
「もう、大丈夫と言っておりますのに。でも、ありがとう。私の為に、怒ったり、悲しんでくれて。あくまで時間のある時でいいから、よろしくお願いいたしますわ」
「いや、ちょうど退屈してたんだ。ボク達に出来る事があれば、何でも言ってね?」
「こちらこそ、魔法もそうだけど、色々力になれる事があると思いますわ。是非頼ってくださいまし!」
「うん。でも浮遊魔法は勘弁してね、ミア姉」
「ちょっと!」
ようやくいつもの笑顔を見せてくれたチヒロに、少しだけ安心した。
「ボク、先にお風呂に入ってくる。ちょっと落ち着いてくるよ。気を遣わせちゃて、ごめんなさい。お姉、ミア姉と話してて」
「……うん。分かった」
そう言うとチヒロは、パタパタとお風呂場の方へ向かっていった。そして、コトネと二人きりになったのであった。
「その、ミア。ごめんね、千尋が……びっくりしたでしょ?」
「いいのよ。確かに驚いたけど、何か事情があるのではなくて?」
「自殺」というワードを聞いた瞬間に、チヒロは豹変した。あの様子だと、何かのトラウマがあるのかもしれない。
……ずっと気にはなっていたのだが、もしかしたら二人の両親らしき人物の姿が見えないのはーー
「……そうだね。ある。でも、今は……いつか、話すよ」
「……そう」
ーー推測の域を出ないから、分からないけれど。
二人がいつか話してくれるその時を、待つ事にした。
「ごめんなさい。コトネ。あなた達も大変なのに、自分の人生があるのに、巻き込んでしまって……でも、コトネ達しか頼れる人はいないの……」
先ほどまで希望に溢れていたが、私の目標には二人の協力が必要不可欠だ。人間なのだから、二人にも大変な事、生活など色々あるだろう。
その上で、いきなり現れた異世界人が協力してくれ、なんて虫が良すぎる。それは私も分かっていた。だけど、さっきのチヒロの様子をみて、実際に深刻な問題を抱えているところを見てしまうと、自分は何て自分勝手なんだろう、と途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのであった。
「……わ、私ね、本を読むのが好きなの」
「え?」
コトネが、私の目を真っ直ぐ見つめて語りかけてきた。
「それも、きっとミアのいた世界みたいな場所が舞台の、本が好き。私はずっと思ってた。小説の中の、お姫様みたいな、ミアみたいな子と、と、友達になりたいなって」
「コトネ……」
ちょっと照れくさそうだったが、真剣な瞳だ。
「だ、だから、逆に言わせて。私に、協力させてほしい」
「なんで、そこまで……」
コトネは、いつものふわりとした笑顔でこう言った。
「私が、オタクだから、かな?ふふっ」
「オ、オタク?」
「なんでも、ないよ!」
「それに千尋も……ミアがいる事で、良い影響になると思うんだ。あの子も、そろそろ乗り越えないと……だ、だから、お互い様。私も、何かあったら、ミアを頼るから、よろしくね……?」
それを聞いて、私は思った。普段はオドオドしているが、私達三人の中で一番心が強いのは、きっとコトネだ。
「……ええ、ありがとう。分かったわ。コトネも協力、よろしくお願いいたしますわ」
「う、うんっ!ねえ、ミア……」
本当に頼もしい限りだ。私の話を聞いてくれた人も、受け入れてくれた人も初めてでーー
「な、なんですの?」
コトネは私の手を握り、困ったような顔で、私に言い聞かせるような声で言葉を紡いだ。
「……今まで、辛かったね」
「……ぇ?」
ーーポロポロと、目から雫が一つ、二つ。
いつからだろう。気が付けば、私は涙を流していた。
「あ……あ、れ?」
同情なんて、してほしくないのに。大変なのは、私だけじゃないのに。お母様が見付けられるかもって、なるべく希望を持って明るく話そうと思ってた。だけど私は、誰かに分かってほしかったのだろう。
「……ミア」
ーー辛かったね、しんどかったよねって言ってほしかったのだろう。
「もう、一人じゃないよ」
その言葉を聞いて、私のダムは決壊した。涙が、どうしても止まらない。コトネは、私の涙をハンカチで拭きながら、頭を撫でてくれている。
「辛かっ、た……!!」
私は五年間、ずっと言えなかった言葉を吐き出した。
「辛かった!!だ、誰も、お母様の事なんて、私の事なんて知らないって……」
「うん」
「もう居場所はないんだって、死ぬしかないって、お、思ってましたの」
「……うん」
「だけど、この世界に来て、今まで無駄じゃなかったんだって……!!出会った二人も、信じられないくらい優しくて……」
「うん、頑張ったね」
「うわああぁああぁああ…..!!」
私はまるで赤子のように、五年分の想いを胸に抱いて泣いた。
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