6話 事情と希望
アミーリアのトラック大事件、その日の晩の事である。
コトネも体調が落ちつき、そろそろ夕飯にしよう、という話になった。
「今日は、疲れちゃったから冷凍でいいよね」
そう言うとコトネは、食物が保存してあるという冷蔵庫の、一番冷たいところから袋を取り出した。電子レンジという高熱を発する機械に、袋から取り出した凍った肉を入れて数分。あっという間に夕飯の完成だ。
唐揚げという鶏肉は非常に美味しかった。本人は手抜きと言っていたが、食生活が違いすぎて、今だに困惑している私にとっては充分刺激的だった。チヒロ曰く、日本はこの世界で一番食に貪欲な国だそうだ。私は、これからの食事がより一層楽しみになった。
そして夕飯の片付けが終わり、落ち着いた頃。私は、二人に声を掛けた。
「コトネ、チヒロ。聞いて欲しい事があるの」
流石に、これからお世話になる二人に事情を話さない訳にはいかないだろう。私は、5年前の母の失踪から、国の様子がおかしくなった事、この世界に来るまでの事を掻い摘んで話した。
二人は、表情を歪めた。
「そう、だったんだ……」
「なにそれ!!」
バン、とチヒロは机を叩いた。
「尚更、ごめんね。そんなに大事な事を聞かないで、外に行こうなんて言っちゃって……」
「それは、もういいですわよ」
「でも、酷いよ!!ミア姉のお母さんと仲が悪かったとはいえ、父親でさえ実の娘にそんな扱いをするなんて……!!しかも、その、ミランダってやつ!!人間じゃないよ!!」
「ち、千尋。落ち着いて……」
チヒロは普段の元気さが嘘のように激怒していた。コトネも泣きそうな顔をしていたが、チヒロがあまりにも興奮していたので、逆に冷静になったようだった。
「私の五年間は、母を探すための人生でしたわ。誰にも相手にしてもらえなかったから、自分で探すしかなかった。その為に、魔法もたくさん勉強しましたの。さっきの浮遊魔法もそう。私はずっと、母が生きていると信じていた」
「ご、五年前ってまだ十一歳か十二歳でしょ?そんなに小さい頃から、行動を……?」
「……お母様が居なくなってから気付いたんですの。ずっと守られていたんだって。だから、今度は私がお母様を助けるんだって、そう思いましたわ」
父の事を嫌っていた母は、家の者達にも良く思われてなかった。レイン家が最も重要視するのは、貴族としての面子だ。その面子を維持する為に家柄の釣り合う母、エミリーを無理矢理連れてきた。
これは前公爵のお祖父様が決めた事で、拒否権など無かった。二人の関係は年々悪くなっていき、お母様の態度は、長年レイン家で働いている使用人の目に余るものだったようだ。
頑固者だった母も母だが、自由を愛する人だったから、根本的な考え方が合わなかったのだろう。教育は受けていたはずだが、貴族に向いている性格ではなかったのだ。しかし、私はそんな母が大好きだった。大らかで、優しい母が。
母が居なくなってからは心が不安定になり、私は癇癪を起こすようになった。そして、その様子を見た家の使用人が呟いた。
『やはり母がアレなら娘も……愚かな親子』
母が居る時は、そういった声が聞こえないように立ち回ってくれていたんだ、と気付き、私はショックだった。ずっと、私を守っていてくれたんだ。そんなお母様が、何も言わないで私の目の前から姿を消すのは信じられなかった。
だから私は、癇癪を起こし続けた。愚かな娘を演じれば、貴族の面子が大事な父は、私を落ち着かせる為に重い腰を上げるだろうと思っていたからだ。
「それでも、最初の一年しか父は協力してくれなかったわ」
その後は、私が無理を言って護衛を用意させたり、国外の仕事について行ったりして母を捜索したがーー
「結局、見付けられなかった」
最終的には、貴族の面子以前に私の頭がおかしくなったという話になっていった。死んだ母を捜し続ける愚かな娘、それが私だ。
「未成年の貴族は、基本的に護衛を付けないと外には出られなかったの。でも私は魔法のおかげで一人でも大丈夫だと思ってましたわ。だけどこっそり館を抜け出すと、決まってミランダに邪魔をされた」
「早朝でも、深夜でも。まるで結界でも張ってあるかのように……ッ!」
私は、悔しさに拳を震わせた。
「誰からも見放され、お母様もいない。もう、他国に人質として送られるくらいなら、いっその事ーー」
「死のうと、思っていましたわ」
「「……!」」
二人は、肩をビクッと震わせた。
「でも、ある晩眠りについて、起きたらこの世界にいた」
それを聞いたコトネが、恐る恐る聞いてくる。
「ま、前触れとかは、無かったの?」
「いえ、特に……強いていえば、もしもあの晩転移しなかったら、私は本当に自殺していたかもしれないわね」
「そ、そんな……」
その時だった。
「ダメ!!」
チヒロが、大きな声を出した。
「じ、自殺なんて、しちゃダメ……!」
「チヒロ……?」
「だ、誰も、幸せになれない……イヤ……やめ、やめて!!」
『自殺』という言葉に反応したようだった。急に大粒の涙を流し始め、かなり動揺している様子だ。
「ち、千尋……」
「安心して、チヒロ。もうそんな事をする気はないですわ」
「ほ、ほん……本当……?」
チヒロが、体を震わせている。涙が止まる様子は無い。一体どうしたのだろう、と気にはなったが、私はなるべく優しい声色を意識して語りかけた。
「ええ。確かにこの世界に来た時は不安だったけど、実はホッとしてましたの。ここは、もうあの地獄じゃないんだって。二人が優しかったからよ。だから、大丈夫」
「で、でも、結局ミア姉のお母さんは……」
それを聞いた後、少し間を開けてふぅ、と息を吐いた。
そして、ずっと考えていた事を言葉にした。
「いや、おそらく、お母様は生きているわ。それもーー」
「ーーこの世界でね」
私が、新たに見つけた希望だった。
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