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ななじゅうに
翌日の足の痛みで走らなくなった自分に気づかされる
机でフリーズした自分の顔が暗いパソコンの画面に映る
日常に流されて、脳が形骸化している
僕の頭は道に落ちた石を認知していない
花を摘んでは蜜を吸っていた子ども頃には、それらが見えていた
知識もなく、視野も狭いはずなのに、不思議な充足感があった
自我の不十分さが、かえって世界との親和性を高めていたのか
それとも過去を美化する記憶修正の一環だろうか
そして、良いも悪いも人生を重ねると脳内で勝手な未来が流れる
過去や未来にどうしても思考が引っ張られる
それでも、いまをひしひしと噛みしめたい
音楽を消して、ゆっくりと公園の歩道を歩いてみる
踏んだ地面の触感をひさしぶりに感じたような気がした




