にじゅう
友人と別れて、誰もいない坂道を登る
鼓膜を揺らすのは風を切る音だけ
世界に私だけしかいないような居心地の悪さだった
ふと立ち止まって背後を振り返る
夕焼けはカーテンのように靡き、
暖色のグラデーションを呈していた
しばらくそれを眺めていると、
地平線から大きな影が昇ってくるのがわかった
はじめは雲に隠れて、それがはっきりとは見えなかった
彼が頭を出した時、「ああ、くじらだな。」と思った
巨大な体躯は橙色に染められ輝く
私は長い間、彼の遊泳を観ていた
一瞬、彼と目が合った時、
「もう行くんだな。」と感じた
大空で弧を描きながら悠々と泳ぎ、
少しずつ夕陽に吸い込まれるように消えていった
きっと太陽へ向かって宇宙を旅するのだ
海辺に打ち上げられたくじらの死体は爆発すると聞いた事がある
あんなに綺麗なくじらでも腐敗臭を振り撒きながら爆ぜるのだろうか
地球と太陽の距離は私の理解よりも遥かに遠い
過酷な航路で、きっと彼の命は擦り減ってしまう
彼から放たれた匂いが地球まで届いた時、
世界はガスマスクの世界になるような気がした
皆でシュコーシュコー音を立てながら
布マスクの生活の方が楽だったって
いつかはそう振り返ることになるだろう
・・・
私は疲れているんだろう
今日のご飯は肉じゃがだ
気を取り直して、早く家に帰ろう
右足に力を込めて、また坂道を登り始めた