悪魔の指名
「コレ。僕、コレがいい。」
じわじわと騒がしさの広がる放課後。帰宅部だけれど家に帰りたくなかった私はグラウンド外の日陰にある誰も来ないようなベンチに腰掛けていた。
未だ沈みそうにない太陽の光がさす校庭をぼうと眺めていた私の前に現れ、冒頭のセリフを言ったのは彼、吾妻屋津梅斎。この高校ではかなり有名な男で、ここの生徒はもちろんのこと、近辺の住人にさえ周知されている男子生徒だった。
「ぼ、坊っちゃん、しかし、」
「お前、名前は?」
喉がひくりと引き攣った。何故か。理由は至極簡単。怖いからだ。彼が有名なのは良い方にではない。完全に悪名という意味で人気者なのである。この辺の悪ガキ共を集め腐って悪いことをやっているという噂もあるし、そもそも彼の家が極道一家らしいという話だってある。それらが本当かどうかはこの際どうでもよい。火のないところに煙はたたないのだから。
整った顔立ちではあるが、能面と評される程の無表情。そして彼の特徴と言える銀色の髪。自己紹介は「初めまして。非日常こと吾妻屋です。」だろうか。属性盛りすぎて訳分からんことになっている。
そんな何をするのかわからないような恐ろしい人間を前にして平々凡々を擬人化したような人間である私が平静を装えるかって話だ。無理無理。全然無理。
「ひ。」
「日?それ名前?」
な訳。違いますという意味を込めて秒速10回転を記録したであろう速度で首を振った。そんな私の様子を見てビビっていることが伝わったのだろう。お付きの人らしきゴツめの、おじさん?は慌てて吾妻屋さんに伝えてくれた。
「坊っちゃん、この方おそらく貴方を怖がってますよ。やっぱりやめておきましょう。堅気の、それもこんな女の子を。」
「ふうん。」
小首を傾げ、私の様子を伺う吾妻屋さん。私はというとそんな彼と目を合わせるなんて芸当ができるはずもなく、彼の足元をじっと凝視していた。おお、ただのローファーだと思ったらこれブランドもんだ。
「なあ、お前、名前。聞いてるんだけど。」
「ひゅごっ。」
おっ、おっ、おっ、驚いた。どこのブランドだろうと見ていたら、急にしゃがんだ彼が眼前に現れてくれやがりました。驚きすぎて新幹線のトイレの水が流れた時の音を奏でてしまった。
おそらく彼なりに優しく小動物にでも語りかけているつもりなのだろう。小綺麗なローファーに折り目をつけてしゃがみ、かたく結んだ私の手をあたたかく握ってくれている。いついちゃもんをつけブランド靴を弁償させられ、指の骨を粉末にさせられるかと思うと、チビってしまいそうだが。
「私の、名前は、小門椿、ですけど?」
ア゛っ!語尾が上がって喧嘩売ったように聞こえたか?必死に名前を絞りに絞り出したのだ。これくらい許して欲しい。
果汁を搾り取られたレモンの気分を味わっていると、吾妻屋さんは私の手首を握ってぐっと引き上げた。完全にレモンだった私はその勢いのまま吾妻屋さんの前に立たされ、陽の下に出される。先ほどまで影にいたために目がくらむが、そんなことはお構いなし。吾妻屋さんは楽しげにぎゅうと私の手首を握った。痛くはないが、確実に逃げられない強さ。斜め前にいるお付きのおじさんがやけに哀れそうにこちらを見てくるのが印象的だった。
「僕、双子の妹が欲しくってね。」
「へ、へえ。頑張ってください。」
「仲間に手伝ってもらって探してたんだけど、いなくて。」
「でしょうね。」
「そんなところにお前がいたからさ。」
「哀れ、私。」
「運命感じたから、お前僕の双子の妹になるんだよ。」
悪魔は美しい笑顔で私に向かって指を指す。恐怖が絶好調と化した私は仕方がないのでその場で嘔吐した。ローファーは汚れたので弁償します。
「靴、お金、」
「……お兄ちゃんは妹の粗相を許せるけど、他人の俺は女だからと容赦するような性格ではないよ。」
「お兄ちゃんごめんなさい。」
「うん。良いよ。」
こんにちは。この度、別に生き別れとかではない双子の兄ができました!
ふと思い立った設定でした。双子の妹を欲しがる元極道一家の一人息子の話。もし話を広げられそうだったら、そのうち数話で連載しても良いかもしれません。