森
「ねえ、リュゲルまだ着かないの?」
「もうちょっとのはずさ」
今日は町から近い樹海へとやってきていた。
「帰り道分からなくなっちゃうよ」
僕が泣き言を言うとリュゲルが嫌な顔をする。
「めそめそするなよ、お前だって黒いもやもやが見たいって言ってついてきたんだから」
彼が言うには昨日の帰り道で知り合いの木こりが急いで樹海の方から走ってきて、どうしたのかと聞いたら森の奥で黒いもやもやしたのが漂っていた、と言ったそうだ。
そこで興味が湧いた彼が今日の朝僕たちを誘って一緒に行くことになったのである。
「それにしても遠いな、ここ結構奥地だぜ」
「ここまで来て何も無かったら許さないわよ」
マイアが憎々しげに言う。
リュゲルは「怖い怖い」と流しながら、歩を進めた。
それからしばらく歩いていた。
すると、視界に黒い雲のようなものが見えた。
僕があっと声をあげると黒いもやもやがまるで意志を持ったように自分目掛けて襲いかかってきた。
そこで二人も突然自分たちの方向に突進してきた存在に気づいた。
しかし、時すでに遅くそれは自分の中に吸い込まれていき、当たった衝撃で大きくふき飛ばされる。
あっという間の出来事だった。
空中へと舞い上がった体は後方にある木の幹にぶつかり、僕は意識が薄れるのを感じた。
――――――――――――――――――――
「…ねえ…しっかりして!ロイ!」
はっ、となって体を勢いよく起こす。
未だ朦朧とする意識を覚醒させると心配そうにこちらを見る二人の姿があった。
「よかったー、心配したんだから」
「すまん、咄嗟のことで反応できなかった」
僕は二人に声をかけようとしたが、背中に痛みを感じて「うっ」と呻き声を上げる。
「今手当てするわ、少し待って」
そう言うと彼女は僕の背中に手をかざしてこの世の神秘『神聖術』の詠唱を行う。
「天におわす我らが導き手よ、あなた様の慈悲を加護をこの者に与えたまえ【ヒール】」
すると彼女の手から漏れ出る不思議な淡い緑の光が背中に触れ、ゆっくりと傷口が塞がれてゆく。
「ありがとう、流石はこの町100年に一人の天才だね」
僕がそう自嘲気味に言うと彼女は実に嫌そうに「止めてよ」と言った。
「ロイ、本当にすまなかった。俺がこんなこと言わなきゃお前が怪我を負うことも無かっただろうに。」
「いや、大丈夫だよ。それにマイアに治してもらったしね」
「そうか、いつもありがとうな。それよりも黒いもやもやがお前の中に入っていったけど、体は大丈夫か?」
「全然。ぴんぴんしてるよ!」
腕を曲げて力持ちのアピールをすると彼はブフッと吹き出し、「そうかそうか」と満足げに笑った。
そして立ち上がると「よし、こんな辛気臭いところからは早くおさらばするか!明日は運命の選定の儀があるからな」と言った。
「早く寝たからといって良い権能が貰えるとは限らないわ」
「なんでお前はいつもそんな否定的なんだよ!」
「現実的なだけよ、どこかの熱血おバカと違って」
なんだとー、と言いながら普段通りに口論する二人。
そんな彼らの姿を見て僕は、ずっとこの何物にも変え難い日常が続けばいいのにと思った。
「ほら、早くしないと先に行っちゃうよ!」
二人に向かって言う。僕は、待てよー、と言いながら付いてくる二人を尻目に来た道を戻って行った。
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