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朝食も一苦労

さて、なんやかんやとありつつも無事(?)に解決(?)できたのでカイトはヤミコに手を引かれ見慣れた街の景色へと戻っていた。色々とあってヒヤッとしたりゾワッとしたりしていたわけだが実はまだ朝食を食べていなかった。アンドリューの家で朝食だけ最後にご馳走になってそれで退散しようと思っていたカイトだったがヤミコは曲がるはずの角を曲がらずに進み続けてしまう。


「アンドリューの家はあっちだぞ?」


「2人にはもうお礼を言って出てきたの。何かお礼をしたかったけどお金もあんまりないし本当にお礼を言うだけになっちゃった」


「え、じゃあ朝飯は?」


「今から食べに行くの」

ヤミコはそう言ってどこで手に入れたのか料理の割引券を見せる。用意周到なのかそれともカイトと朝食を取るというここまでの一連の流れがヤミコの計画通りなのか。どちらにせよヤミコにとって都合の良いこの展開からは慣れた隠しきれないヤンデレ臭がする。


2人は朝食を取るために少しおしゃれなレストランのテラス席に座った。この鉄とガラクタと錆だらけの外周区にしては風変わりなところで日本の街中にもありそうなフレンチ感のあるレストランだった。


カイトは周囲をキョロキョロと見回したあとに正面に座るヤミコを見る。ヤミコは不気味なほどにニコニコ笑っている。


「あのーいつまで手を握っておられるのでしょうか?」


「握ってていいんでしょ?」


「いや確かにそう言ったけど歩いている時はともかく座ってる時は離さないか?」


丸いテーブルの上にはヤミコに両手で握られたカイトの両手が置かれている。傍から見れば料理を待っているときでさえ手を離さない朝から熱いラブラブカップル。しかし当のカイト本人からすれば離さないというより離せない。押さえつけられた手が抜けないのだ。現状は逃げられないように鎖で繋がれているのと大差ない。これが噂に聞く『もう助からないゾ♡』と呼ばれる状況なのかもしれない。


女の子から手を握られてこれほど恐怖を感じることは後にも先にも経験することはないだろう。

あってほしくもないが。恐怖を感じつつもカイトは今後のことについてヤミコに話す。


「ヤミコ今後のことだが、まずは衣食住をどうにかしようと思う」


「うん♡」


「宿に何日も泊まるのは無理だからできれば自分の家、最悪でも賃貸が必要だな」


「うん♡」


「それに世話になった分アンドリューたちにも何かしっかりとしたお礼がしたい」


「うん♡」


「・・・だから優先順位を宿、賃貸、お礼にしたいんだが」


「うん♡」


「話聞いてる?」


「うん♡」


あ、ダメだ。コイツ完全に心地いい(ヘブンリー)状態だ。カイトは察した。緩んだ表情、ガッチリ握られた手、曖昧な返事。今のヤミコはカイトの手を長時間握っていることと一緒に食事をしに来たこと、何より今日は手を握り放題だし何なら腕を組んでもいい、さらには一緒に寝られるという特典までついている。今のヤミコの頭の中は間違いなく満開のお花畑。幸せが内側に抑えられず外側に漏れ出しているのだ。その証拠に気のせいかヤミコの周りからいつものドス黒いオーラとは違う明るいほわほわしたオーラが出ているような気がする。今にも周辺に花が咲きそうだ。


カイトは握られた手を今一度抜こうと試みる。心地いい(ヘブン)状態のヤミコは上の空なのでもう1度やってみればもしかしたらうまくいくのではないかと思ったのだ。少しずつ少しずつ手に力をゆっくりと手を引く。するとほんの少しだけだが手を引くことができた。良い調子だ。ヤミコは相変わらず上の空なようで気が付いていない。普段ならとっくに気づかれていてもおかしくない。だが今のヤミコは脳内お花畑、これはかつてないほどの油断している状態だ。


カイトは引き続きヤミコに気が付かれないようにゆっくりと手を引いていく。今のところ怖いくらい順調だ。


そしてあと少し。あと少しで完全に抜け切ろうとしたその時だった。


「お待たせしました。こちらキノコの」


ウェイターだ。ウェイターが料理を運んできたのだ。カイトの頭の中は真っ白になった。そしてその真っ白な頭の中にテレビのテロップが表示されるときのようなアニメーションの付いたこんな言葉が浮かんだ。


(お前えええええええ‼)


その表情は目と口が開いた驚いたようなものだったが頭の中は「何してくれてんだ」というものでいっぱいだった。


「以上でよろしかったでしょうか?」


カイトは半泣きになりながら睨み付ける。このウェイターのせいで何もかも水の泡だ。ホルスターの銃を引き抜いて突き付けて「失せろこんちくしょー!」と叫んでやりたいと思ったほどにこの好機を逃した恨みは深い。勝手にから揚げにレモンをかけられた時と同じくらい恨めしい。


「ご、ごゆっくりどうぞ~」


ウェイターはカイトのただならぬ雰囲気と形相にウェイターは逃げ出すようにその場を去る。


(から揚げにレモンをかけたことの罪深さを知れバカもんが‼)


気が付けば話が若干ずれている。から揚げレモン問題についてはさておきヤミコを見る。まだワンチャンスあるかもしれない。そんな期待を込めて見たヤミコの表情は変わらずニッコニコ。しかし上の空ではないようでこちらに微笑みかけている。手を抜こうとしたのはバレていないらしい。


「あーん」

ヤミコはそう言いながら料理の突き刺さったフォークを差し出してくる。


「いや自分で食べられるよ」


「いいから。あーん」


「周りの目もあるし恥ずかしいから辞めて」


「おくちを裂かれたくなかったら。あーん」

ヤミコの周囲から一瞬いつものどす黒いオーラが出たような気がして背筋に寒気が走る。

すぐに口を開けた。口裂け男になる気はない。「あーん」が原因で口が裂けるなど笑い話にもならない。


「あ、あーん」


「おいしい?」


「う、うん」

料理は確かにおいしい。しかしそれ以上に恐怖が勝っているため味は何となくわかるものの正直なところ今自分が何を食べているのかがわからない。今なら味付けされた消しゴムを食べても10秒くらいは気が付かないかもしれない。目の前のヤミコは幸せそうに笑っている。


本人からすればこの時間がとても楽しいのだろう。まあ、当然だ。自分の性格が歪むほど、殺したくなるほど好きな人とこうして食事をして、恋人のように一緒に過ごしている時間は誰であっても嬉しいはずだ。


「なんだよ。ジッとこっち見て」

ヤミコは先ほどから料理を食べているカイトをニコニコ笑顔で見つめている。


「食べさせてほしいなーと思って」


「えぇ・・・」


「やっぱり口を裂k」


「ほーら、あーん!」

カイトはヤミコに料理を食べさせてあげる。危うく物騒なことになるところだった。まったく、ヤンデレというのは油断も隙もない。一体いつどこで体の部位を失うかわかったものではない。すでに1度死んでこの世界に来ているというのにこれ以上死んでたまるか。


「先が思いやられるなぁ」


現状のヤミコの対処も大変だがそれよりも先のことを考えなければ。まずは住む場所だ。このアーケイドの外周区の宿はすぐにいっぱいになると聞く。今日の夜を屋内で越せるかどうかも心配だがもっと心配なのはその先のことだ。この先の生活は絶対に宿では過ごせない。アーケイドの宿代が日本のホテル代と同じ感覚ならば格安で2000モンド、普通のホテルで5000モンド前後、高級なら1万モンド前後くらいのはずだ。ここにさらに食事代や必需品の費用を加えることを考えるとこの先の生活が不安になる。


しかもヤミコに振り回されることを考えると頭が締め付けられるような頭痛がする。


「ごちそうさまでした」

ヤミコのせいか、考え事のし過ぎのせいか、なんだか食べた気がしない朝食だった。

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