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お邪魔します

ザンッ‼


地面に転がる鉄塊に大剣が突き立てられた。大剣を突き立てたのはヤミコだった。その足元にはローダンプと呼ばれる機械生命体(メタリカント)が無残な姿であちこちに転がっている。ローダンプは牛のように大きな体を持つ機械生命体(メタリカント)だ。力強く、装甲もアイゼンヴォルフより厚くコアを狙いづらい。しかしローダンプの背中にはシリンダーと呼ばれる部品が存在する。コアを破壊できなくてもシリンダーを破壊するか取り外すことができれば、約5分ほどで活動を停止させることができる。


カイトたちが受けた依頼はローダンプのシリンダーの回収だ。故に壊すことはできず、どうにかして取り外す必要があった。


アンドリュー曰く「EMP発動後、機能が停止しているうちにシリンダーだけ奪ってとんずら」が1番成功率が高いとのことだった。しかし同時に「ローダンプが動き始めたら死ぬほど追いかけられる」らしい。ハイリスクハイリターンな戦法のようだ。


しかしカイトたちが取った行動はそんなハイリスクな方法ではなかった。


「いや驚いたな。急にバカデカい剣を出したと思ったらローダンプを全部真っ二つにしちまうなんて」


「この方が確実で簡単よ」


「まあ確かにそうみたいだが・・・」


アンドリューが困惑するのはわかる。手ぶら同然だった少女がどこから取り出したのかいきなり大剣を振り回し、鉄塊をいともたやすく切り裂きその場にいた機械生命体(メタリカント)を全滅させたのだ。

そして機械生命体(メタリカント)を倒した本人は疲れを見せるわけでも、力を自慢するわけでもなく、それが当然であるかのようにけろっとしている。


何も知らないアンドリューからすれば夢でも見ているような現実離れした光景だろう。


「目的のものは手に入ったし戻ろう。もう夕方だ」


3人はアーケイドへと戻り以来の達成を依頼主に報告した。


「結構な額になるんだな」

カイトは集まった報酬を見て呟く。報酬は紙幣で封筒の中に入れて渡された。まるでバイトの給料が支払われるときのようだ。この世界は硬貨しかないのかと思っていたがどうやらこちらの世界でも硬貨とお札を使い分けるらしい。硬貨ばかりだとかさばって邪魔で仕方ないのでこうしてコンパクトにまとまるのはありがたい話だ。


「まあな。冒険者なんていうのは仕事もロクに決まってないごろつきみたいなもんだが、それでも依頼される仕事はちゃんとした仕事だ。それ相応の報酬が支払われる」


「意外としっかりしてるんだな。あ、はいこれ」

カイトはそう言ってアンドリューに1枚の封筒を渡した。


「これは?」


「今回の報酬の半分。アンタの分け前だ」


「分け前って。俺は何もしてないぞ?アイゼンヴォルフ1体倒しただけで他はお前らが全部やっちまった。俺は見てただけだ。分け前なんて必要ない」


アンドリューは封筒をカイトに返そうとする。しかしカイトはそれを受取ろうとはしない。


「それは違う。アンタはアイゼンヴォルフを1体は倒して依頼を手伝ってくれた。それに俺たちにいろいろ教えてくれた。だからその授業料も込みだ」


アンドリューがいなければカイトとヤミコは未だにあの酒場で張り紙まみれの壁を見つめていたかもしれない。優しく声をかけてくれたカイトたちにとっていわゆる恩人なのだ。そんな恩人に一切の礼をしないほどカイトもヤミコも薄情な性格ではない。ゆえに礼はしっかりと返したい。 


「わかった。だが3割だ。それ以上は絶対に受け取らない。仕事の分だけ報酬を受け取る。それが俺のハンターとしてのプライドだ」


「わかった。3割渡す」

カイトは封筒からお札を抜いて改めてアンドリューに渡した。アンドリューは今度は封筒を受け取ってそれを自分の懐に入れた。


「ところでお前ら今日寝泊まりする宿はあるのか?」

アンドリューの言葉を聞いてカイトとヤミコは顔を合わせる。そして向かい合った二人の顔色はみるみると青ざめていく。そう、彼らは宿の予約などしていない。何故なら彼らは仕事を見つけることに一生懸命だったからだ。宿のことなど頭の中になかった。


「ま、まあ今から探せば」

カイトは震える声で言う。


「アーケイドの宿はすぐにいっぱいになる。ハンターの出入りが多い都市だからな。お前らみたいに外からもたくさんのハンターが来る」


「じゃあ今から探しても」


「もう遅いだろうな」

ヤミコの言葉にアンドリューがつなげる。


「なんてこったい」

カイトは思わずつぶやく。宿なしで今日の夜をどうやって過ごせと言うのだろうか。当然のことだが路上で寝たくはない。このアーケイドは路上で寝て無事に一晩過ごせるような治安の良い都市には見えない。むしろ朝起きた時には何もかも失っているような気しかしない。それに最強でヤンデレでヤバい奴とはいえヤミコを、女の子をそんな危険なところで寝かせるわけにはいかないとカイトは思う。


「俺ん家来るか?」


「いや、そこまで世話になるわけには」


「構わねえよ。それにうちのカミさん毎回スープを多めに作っちまうんだ。量が多いから俺1人じゃ若干きつくてな。お前らが来ればいい感じの量になる。あと一応寝る場所もある」


カイトたちは少し考えたが宿なし状態なのは事実。このままでは路上で眠ることになってしまう。それだけは避けたい。結論を出すまでさほど時間はかからなかった。


「「お邪魔します」」

カイトとヤミコは声をそろえて言う。選択肢はあったようでなかったのだ。




3人がアンドリューの家に向かう途中、アンドリューが口を開いた。


「そういえば大事なことを言い忘れてたんだけどよ。機械生命体(メタリカント)を狩りに行くとき

骸頭(スカルヘッド)とクリーナーにだけは近づくなよ」


骸頭(スカルヘッド)?」

ヤミコが聞き返す。


「ああ。骸骨の頭をした3メートルくらいの人型の機械生命体(メタリカント)だ。神出鬼没で何人ものハンターが殺されている。生き残った奴の話ではとても不気味で信じられないくらい強いらしい」


アンドリューの話を聞いてカイトはあることを思い出した。

「そういえば酒場の掲示板に討伐依頼があった」


骸頭(スカルヘッド)の討伐には高い報酬が掛けられていて毎年増えている。今は2000万くらいだったか。だが間違っても手を出そうなんて考えるんじゃねえぞ。出会ったら装備や部品を捨ててでもすぐに逃げろ」


「覚えておくわ」


「それでもう片方のクリーナーってのは?」


「クリーナーはそうだな。馬みたいな見た目なんだがケツのところにコンテナが乗っていて顔に鋼鉄さえ砕くミキサーみたいなものが付いている機械生命体(メタリカント)だ。奴らは壊れて動かなくなった機械生命体(メタリカント)をミキサーでバラバラにしている。謎の多い機械生命体(メタリカント)でもあるな」


「クリーナーも強いのか?」


カイトの疑問にアンドリューは「いや」と短く返す。


「クリーナー自体は強くない。ヤバいのはクリーナーの周りにいるシーカーって機械生命体(メタリカント)だ。黒豹みたいな見た目でこいつらは常にクリーナーを守っている。シーカーは動きが素早く身軽なうえにEMPが効かない特殊な個体だ。シーカーもハンターを殺している。もしクリーナーを見つけたらすぐにその場を離れろ」


どうやらこの世界には手を出さない方が良い機械生命体(メタリカント)が何体かいるようだ。高い討伐報酬が設けられているようだがそれは強いという証。骸頭(スカルヘッド)の討伐報酬が毎年増えているように倒したいが倒すことのできない普通とは一線を画す機械生命体(メタリカント)たち。


「こういう一部の特殊な機械生命体(メタリカント)たちはまとめて上位個体(ハイグレード)って呼ばれている。もし上位個体(ハイグレード)って言葉を聞いたらその依頼には近づかないことだ」


上位個体(ハイグレード)。EMPの効かないシーカーと神出鬼没の骸頭(スカルヘッド)。どちらも間違いなく強敵だろう。普通の人間ならば勝てないだろうし、もちろんカイト自身の力でも勝つのは難しいだろう。しかしカイトは同時に思う。「ヤミコならば勝てるのではないか」と。ヤミコは正真正銘本物のチート能力者。多数の武器を使いこなす超人的な能力を持っている。ヤミコの力なら上位個体(ハイグレード)より強いか最悪でも上位個体(ハイグレード)と同等の力を持っているはずだ。


(都合よく考えすぎか?)


これはゲームではない。現実だ。怪我だってするし負ければ最悪の場合は命を落とす。しかし報酬の高い上位個体(ハイグレード)を仕留めることができれば資金面は潤う。これまで命を落としたハンターたちもそう思って挑んだのだろう。しかしカイトたちには普通のハンターたちにはない特別な力がある。そこらのハンターよりも間違いなく一攫千金のチャンスがあるのだ。


(焦りすぎか。もっと慎重に考えなくっちゃ)

繰り返す。これはゲームではない。生きている現実だ。死ねばそこで終わり。コンティニューなどありはしない。ましてや自分だけならばともかくヤミコを巻き込もうとしているのだから軽はずみな行動は避けなくては。


思い立ったが吉日なんて言葉もあるが使いどころを間違えてはいけない。


「あの、近いんですけど」


「何が?」


「距離が」

カイトのそんな考えをよそにヤミコは絡みつくようにカイトの腕と腕を組みピッタリとくっ付く。そのくっ付き具合は互いの両腕に磁石でも入っているのかと疑ってしまうほどだ。


「何か問題でも?」


「え、またこの話しないとダメ?」

色々と考えていたカイトだったが相変わらず常識が通用しないというかマイペースというか話を聞かないヤミコを見て何だか難しいことを色々と考えるのがバカバカしくなってきてしまった。

「さっさと離れて」


「そうは言いつつもちょっと嬉しそう」


「ど·こ·が·だ!」

ヤミコを無理やり引き剥がそうとするカイトだったがやはり簡単にはいかずヤミコは必死に抵抗する。そんな2人のやり取りを見てアンドリューは「仲良しだなぁ」と笑う。


上位個体(ハイグレード)のことは急ぐこともないだろう。今はまだ知らないことも多い。まずしなければならないことは情報収集、そしてハンターとしての経験だ。カイトたちに足りないものは多い。機械生命体(メタリカント)のこと、モンスターのこと、アーケイドのこと、人々のこと。まだ何も知らないのだ。


急がば回れという言葉があるように焦らず、まずはしっかり地盤を固めることが重要だ。それができれば今後の活動も楽になるはず。


「よしヤミコ」


「何?結婚の日取り?」


「違うわ。明日から新米ハンターとしてバリバリ働こうってことを言いたいんだ」


「そうね。子どものことを考えれば資金は全然足りないし、そもそも住む家すらないわけだしね。いやもっと言えばその前に結婚指輪を買うお金もないというか」


カイトとヤミコの間で話の内容が色々とズレているような気がするがもうツッコむのも面倒くさくなってきたのでカイトは何も聞かなかったことにする。聞かなければ何もなかったのと同じだ。


「明日からがんばろーっと」

カイトは暗くなってきた空を見ながら頭の中を空っぽにして言うのだった。




「着いたぞ。ここが俺ん家だ」

そう言ってアンドリューは1つの家の前で止まる。カイトたちが目を向けた先にあったその家は失礼な話ではあるがお世辞にも綺麗な立派な家とは言えなかった。アンドリューの家は錆びた鉄板やトタン板を組み合わせて作られた2階建ての小さな家だった。もっとわかりやすくはっきり言えば台風でも来たら吹き飛んでしまいそうなボロ屋だ。


と言ってもアンドリューの家が別に見すぼらしいわけでも、珍しいわけでもない。なぜなら周辺に立つ家もほとんどが木材や鉄材を組み合わせて作られていて同じような見た目だからだ。レンガやコンクリートでできたまともで丈夫そうな家などほんの一握りだ。


「クイナ、ロミー帰ったぞ」


アンドリューは玄関のドアをガラガラと音を立てて開く。異世界に来てまさかの引き戸である。


「お帰りなさい」

奥から女性の声が聞こえる。おそらくアンドリューの奥さんだろう。アンドリューが家の中に入る一方でカイトたちは外で固まっていた。失礼ながら家の外観を見て「やはり泊めてもらううのは迷惑なんじゃないか」と思ってしまったのだ。裕福な日本のまあまあ広い家で生まれ育った2人にはどう見ても2人が寝泊まりできるようなスペースがあるとは思えない。


そしてそれと同時にアンドリューとその奥さん。その2つのキーワードを改めて並べた時、カイトとヤミコには夫婦水入らずの時間を邪魔してしまったのではないかという謎の気遣いが生まれてしまった。小さな家でつつましく暮らす幸せな夫婦のところにいきなり来て飯と寝床をかっさらっていく若者2人。ただの嫌な奴としか思えない。


「ぱぱー!」


「おお!ロミーいい子にしてたか?よしよし」


しかも子持ち。ここまでの状況を見ておきながら飯食って寝るだけ寝て出て行くなどできるはずもない。

本当にただの嫌な奴らになってしまう。


「何してんだ?早く入れ」


「いや俺たちやっぱり」


「大丈夫だ。確かに狭いが寝床はある。心配するな」


「いやそうじゃなくてこのままだと私たちが」


「あら?お客さん」

奥から奥さんの声が聞こえる。


「ああ!若いハンター2人だ」

アンドリューはそう返事しながら子供を片手に抱えたままカイトとヤミコの腕を引っ張って無理矢理中に引き入れる。2人が家の中に入ると玄関の引き戸を閉めて鍵をかけた。


引き込まれた2人の前に広がっていた光景は本当に、非情に失礼なことだとはわかっているのだがはっきり言わせてもらうと「狭い」「ボロい」「若干汚い」のあまり良くない三拍子がそろっていた。

床が外の地面と同じ素材だった。天井は木組みで低くカイトならば普通に手が届いてしまう。

あと全体的にボロい。長年住み続けている田舎のばあちゃんの家くらいには家全体が古くさい。


そのうえ狭い。玄関から入ってすぐにあるのは食卓だ。木のテーブルと木の長椅子2つ。どちらも形が若干歪んでいる。その奥にはキッチンがあってアンドリューの奥さんが料理をしている。必要最低限のものを何とか詰め込んだような状況でスペースに余裕がない。


その場を照らす光は食卓の真上に吊り下げられた裸電球とキッチンのライトだけ。


「あら、随分と若いのね。もうすぐ夕食できるから座って待ってて」

家の中を見回していたカイトとヤミコに向かってアンドリューの奥さんは笑顔で話しかける。

2人は黙って手前の長椅子に座る。向かい側にアンドリューとその娘が座る。


「嫁のクイナだ。それと娘のロミー」


「新米ハンターのカイトだ」


「その嫁のヤミコです」


「なんだろう。さらっと嘘つくのやめてもらっていいか?」

自己紹介の時ですら息をするように嘘を吐くのだから油断も隙もあったものではない。周囲に誤解を与えないようにヤミコの言葉には常に耳を傾けておかなければならない。


「ふふっ2人は仲が良いのね」

2人のやり取りを聞いていたクイナが料理の手を休めることなく笑う。


「仲が良いというか腐れ縁みたいな感じかな」


「もう10年以上一緒ね。これはもう結ばれるしかないと思うの」


「ヤミコちゃんはカイト君が大好きなのね」


「ええ。誰よりもカイトのそばでカイトを見てきた。だから相応しいのは私だけだし、カイトに近寄る女は全員社会的に抹殺すべきだと思うわ」


「良かったじゃねえか。嬢ちゃんお前にゾッコンだ」


「今良かった要素あったか?すごく恐ろしいこと言ってなかった?」


「ご飯できたわよー」

流石に5人もいると騒がしいようで狭い食卓の周りで様々な言葉が飛び交う。その日の夕食は賑やかになりそうだった。

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