ね、簡単でしょ?
「というかお前ら見たことない格好だな。もしかしてアーケイド自体初めてか?」
そう言うアンドリューという男の格好はカイトたちとは違い、カウボーイハットのような帽子を被り防弾チョッキを着て関節を守るプロテクターを装着している。肩にはライフルらしき大きな黒い銃がかけられている。周りを見てもカイトたちのようなボディースーツのようなものを着ている客はおらず、普通の服の上に防弾チョッキなど何かしらの防具を装備しているのがほとんどのようだ。
「ええ、最近来たばかりの駆け出しハンターです」
カイトは適当に話を作る。駆け出しのド素人、ということにしておけばある程度変なところや不自然なところがあっても誤魔化しが効く。
「なるほど。確かにそうっぽいな。よし先輩としてお前らにハンターとしての立ち振る舞いを教えてやろう。いいか?アーケイドでは、特にここでは絶対に敬語を使うな。舐められるぞ」
「下に見られるということね」
「そうだ。だから常に偉そうにしてろ。でないとたかられるぞ」
「わかった」
カイトはすぐに口調を直した。それと同時に少し恐怖を覚えた。もしアンドリューが教えてくれなればこのまま敬語を使い続けていただろう。そうなればいずれ面倒なことになっていたのだろう。些細なことでもいろいろと用心しなければならないことがあるようだ。
「よしじゃあ次にクエストだ。初心者向けはこれ、あとはこれだな」
アンドリューは無数に貼られている紙の中から迷うことなく2枚の紙を剥がしてカイトに渡した。
『アイゼンヴォルフの部品求む』
『ローダンプのシリンダーパーツ、脚部パーツ求む』
アイゼンヴォルフというのはカイトたちも知っている。アーケイドに来る前に倒した狼のような形をした機械生命体だ。先ほど売り払ったパーツもアイゼンヴォルフのものだ。この機械生命体はそれほど強くはなかった。いや、その表現は正しくないかもしれない。なにせヤミコが強すぎたせいで一瞬で砕け散ったため本当に強くないのかはわからない。だが少なくともヤミコが手こずるような相手ではなかったということはわかっている。
「よく見つけられたな」
この無限にある張り紙の中からよくピンポイントで探している依頼を取り出せるものだとカイトは感心した。
「依頼は早い者勝ちだ。この腐るほどある依頼の中から自分に合った依頼を素早く正確に見つけるのもハンターに必要なスキルなのさ」
カイトは依頼が書かれた紙を折りたたんで腰のポーチに突っ込んだ。
「次は・・・武器だな。お前ら持ち金は?」
「1500」
ヤミコがそう言うとアンドリューは困ったような表情を浮かべ自分の顎に手を当てて考えるような仕草を取る。
「1500か。装備をそろえるのは無理だなぁ。・・・いや少しでもそろえるべきか。ついて来い。俺の行きつけの店を教えてやる」
アンドリューはそう言うとさっさと歩き始めてしまう。カイトたちは慌ててそれを追いかける。改めて街を歩くと耳がすっきりとした。先ほどの酒場の騒がしさがよくわかる。今度はカイトたちが通ってきた道とは違う道を歩く。この道にはいくつもの露店が連なっていた。食欲をそそる匂いを漂わせる露店、いくつもの機械部品を並べる露店、1個1200モンドの手榴弾、2万モンドの小銃などが置かれた露店。種類は様々だ。しかしアンドリューはそれらの店には目もくれずにまっすぐ歩き続ける。
そして建物と建物の隙間。薄暗く狭い路地裏へと入っていく。
「ここだ」
アンドリューが立ち止まったのはある一軒の店の前だった。狭い路地裏にひっそりと佇む小さな店。
看板には『魔女の仕立て屋』と書かれている。店には大きなウインドウがあり、そこにはアンティークショップのようにいくつもの小道具が飾られている。どこか怪しげだがおしゃれな店だ。
アンドリューは躊躇することなく店の扉を開けた。
カランカランとドアに付いたベルが鳴る。
店の中は外見と変わらずアンティークショップだった。店の中に置かれているのは時計や人形、絵や一体何に使うのかわからないような道具までいろいろ。
「装備をそろえに来たんじゃないの?」
ヤミコが疑問の声を漏らす。そしてそれはもっともな発言だ。カイトたちは依頼を達成するために装備をそろえようとしていたはず。こんなただオシャレなだけのアンティークショップに用はない。時計や人形では機械生命体とは戦えない。しかしアンドリューは「まあ見てな」と店の奥へと進む。
アンドリューは店のカウンターまで行く。
「オー、客が来てんぞ」
「言われなくてもわかっとるさ」
そう言いながらカウンターの奥の部屋から現れたのは丸いサングラスをかけた老婆だった。白いセーターを着ていて老婆として違和感はないのだが丸いサングラスの存在だけがとにかく浮いている。
「さて、今日は何を買いに来たのかね?」
老婆が椅子に座る。
「装備だ。そいつらのな」
アンドリューが親指を差しながら言う。老婆の視線がカイトとヤミコに向けられる。どんな目で2人を見ているのかサングラスの奥の様子はうかがえない。
「見たことのないものだ。そのスーツも坊やの拳銃も」
「中央の装備か?」
「いや、どこであろうと出回っているなら私が知らないはずはない。坊や、良ければその銃を見せてくれないか?」
カイトは一瞬躊躇したが老婆のどこか圧力のある独特の雰囲気に負けたのか銃を手渡した。
銃を受け取った老婆は黙々と銃をいろいろといじくる。そして一通りいじり倒してからようやく口を開いた。
「世にも珍しい銃だ。薬莢を吐き出す排莢口がない。そして弾倉の中には弾丸を入れるスペースがない。銃に必要なものが根本的に欠けている」
「じゃあどうやって、いや、何を撃つんだ?」
アンドリューが食いつく。
「こいつは小銃サイズまで縮められたレーザー銃だ。・・・私も見るのは初めてだよ」
「嘘だろ!?レーザー銃って言ったらあのクソデカい兵器だよな?それがこんなに小さく」
アンドリューが驚いたように言う。カイトには何が何だかわからないがどうやら彼らの知っているレーザーガンというのはもっと大きな兵器らしい。
「坊や。一体どこでこれを手に入れたんだい?」
そう問われてカイトは口を噤む。この銃は転生したときから持っていたものだ。「転生した時の得点で貰った」とは言いづらい。そんなことを言ったところで間違いなく信じてはもらえない。どこで手に入れたのかと聞かれても答えようがない。
「家を出たとき、持ってきたんだ。どこで手に入れたのかは知らない」
カイトは咄嗟に思い付いた嘘で答えた。
「最新技術の結晶が置いてある家ってどんな家だよ」
(俺が聞きたいよ)
アンドリューのつぶやきに心の中で答える。咄嗟に出てきた嘘なのであまり掘り下げられたくはない。
しかしこうでも答えないと明らかに不自然なので仕方のない嘘だっただろう。
「まあいいさ。そういえば名乗るのが遅れたね。私はオーだ。この店の店主をしている」
「俺はカイト。それでこっちが」
「ヤミコよ」
オーは「なるほど」とつぶやくと椅子に座り煙管に火をつけて息を吸う。フ―と吐き出された白い煙が上がる。
「それで、何が要りようかね?装備はあるようだ。そこのお嬢ちゃんも手ぶらというわけでもあるまい?」
「機械生命体用の装備を見せてくれ」
アンドリューが答えるとオーは足元から大きな木箱を取り出してカウンターに置いた。木箱の蓋を取ると中には筒状の何かがびっしりと並べられているのが見えた。カイトはその筒状のものを1つ手に取った。その筒状ものは金属でできていてカイトの手でギリギリ握れるほどの太さだった。側面には「EMP」と白い文字で書かれている
「EMP?」
EMP。言い換えれば電磁パルス。アクション映画や漫画などで聞いたことがある。カイト自身詳しい原理などは知らないがどんなことができるのか簡単に言えば電子回路に損傷を与えたり、誤作動を起こさせたりするというのは知っている。
「機械生命体相手にEMPは必須だ。絶対に持っておけ」
「どうやって使うの?」
「上の部分のダイアルを回して安全装置を解除、そのまま押し込めば5秒後に作動する。あとは機械生命体に投げつけるだけだ。作動すれば1分間周囲3メートルの機械が止まる」
「たった1分!?」
「だからEMPが作動したら素早く仕留めるんだ。EMPを使った狩りは難易度は高いが最も安全で確実な方法だ」
「露店では手榴弾が売ってたみたいだけどあっちは使わないのか?」
「アレを使うのはバカと金持ちだけだ。フラググレネードはEMPと違って簡単で強力ではあるが危険だ。自爆する可能性があるからな。それに単価が高い。特に露店はぼったくり価格だ。それに機械生命体を倒せてもパーツが吹き飛んで金にならないなんてこともある。通常の狩りで使うことはおすすめしない」
そう聞くと手榴弾の方はあまり使いたくないと思ってしまう。露店で売られていた手榴弾は1つ1200モンド。つまり仕事の中で最低でも毎回1200モンド以上、いや他の消耗品、装備や日々の生活費のことを考えればそれよりも遥か上の儲けを出さなければならず下手をすれば儲けを出せない可能性もある。1200モンドを爆発させてガラクタしか手に入らないというのはデメリットが大きすぎる。
「1つ700モンドだよ」
所持金は1500モンド。買える数は2つ。カイトとヤミコそれぞれ1つずつが限界だ。カイトは金を払ってEMPを2つ取る。
「必要なものは揃ったな。そろそろ狩りに行くぞ」
3人は息を潜めながら討伐目標であるアイゼンヴォルフを茂みから息を潜めながら見ていた。
アイゼンヴォルフは2、3体の群れで行動する狼のような姿をした機械生命体だ。動きが素早く、鋼鉄の牙と爪を持っている。しかし全身の装甲はそれほど頑丈なわけではない。そのうえ関節の部分には装甲がないため破壊しやすく動きを止めやすい。胸部には左右に1枚ずつ装甲があるが、装甲と装甲の間に隙間があるためそこに剣や銃身を突っ込めば簡単に動力源であるコアを破壊できる。
このように弱点が多く狙いやすいことからハンターの間では『比較的初心者向け』と言われている。
「良い感じに密集しているな。これならEMPで全部巻き込めそうだ」
カイトはEMPを取り出して準備する。
「俺は1番奥、カイトは右、ヤミコは左だ。胸のところを狙うんだぞ」
「わかってる」
カイトはEMPのダイヤルを回して安全装置を解除、そのままEMPを作動させ、アイゼンヴォルフの群れの中心に投げる。EMPが機械音を立てながら周囲に青い衝撃波のようなものを発生させたかと思えばその周りにいたアイゼンヴォルフたちが一斉に動きを止める。
「行くぞ!」
3人は一斉に茂みから飛び出した。アイゼンヴォルフが止まっている時間はたったの1分。カップ麺すら作れないほどのほんの短い一瞬だけ。その一瞬で仕留められなければ形勢は瞬く間に逆転してしまうだろう。
アンドリューがアイゼンヴォルフの前足をライフルで1本破壊すると、アイゼンヴォルフはバランスを崩して倒れる。素早く体を仰向けにすると胸部装甲の隙間にライフルの銃口を突っ込んでそのまま引き金を引く。アイゼンヴォルフの光っていた目から光が失われる。
カイトは銃を構えてそのまま発砲。銃から放たれたエネルギー弾はアイゼンヴォルフの装甲をいとも簡単に貫き、そのままコアさえも貫通する。
ヤミコはアイゼンヴォルフの背中から剣を突き刺しそのままコアを破壊する。
アイゼンヴォルフ破壊にかかった時間。アンドリュー20秒、カイト5秒、ヤミコ6秒。EMP作動から30秒も経たないうちに3体のアイゼンヴォルフを仕留めた。
「酒場で会った時から思っていたがやっぱりお前ら普通じゃねえな」
驚くような表情のアンドリューにカイトとヤミコは誤魔化すように笑った。
「つ、次行ってみよー‼」