過去への決別
「アンタにはわからないさ。アンタは・・・純粋過ぎる」
リタは喉奥からこれまでとは打って変わって今にも消えてしまいそうな声でそう漏らす。
「・・・アタシはただ。いつもの日常だけあれば良かった。皆で悪人やって生きていければそれでよかったんだ。生まれながらのその生き方を過ごしたかったんだ」
「アンタにはわからない」と口にしたもののそれでもさらに口を開いたのはアメリが彼女から理由を聞き出そうとしているのと同時に彼女もまた、その理由を誰かに聞いてほしいと心では思っていたからなのかもしれない。
「でもアンタが来てから皆変わっちまった。悪人から善人になろうとしたんだ。アンタがいたから」
「ならアメリを捨てるなり殺すなりすればよかったじゃない」
「・・・・・だからアンタはガキなのさ。それができたならどれだけ良かったか」
リタは奥歯が砕けそうなほどに噛み締める。そこから感じ取れるのは憎悪か悔しさか、それとも悲しみだろうか。
「アンタもアタシと同じだった。自分を悪人だと自覚してそれを貫いて生きていたんだ。付き合いの長いアイツらじゃない。この生活を壊したアンタだけがアタシと同じだった。だから殺せなかった」
腕の痛みなど気にしていないかのように傷口を押さえていた手にも力が入る。
「そして‼何よりクソだったのは無邪気な顔して付いてくるアンタを見て他の奴らと同じように揺らぐ自分だった‼アンタを殺しても殺さなくてもそれは自分の弱さを認めることだった‼悪人やってきたアタシがたかがガキ1人で揺らいだ‼アタシは悪人でいたかった‼それが変わることが心底嫌だったんだ‼」
アメリは黙って聞いていた。1人の悪人からの魂の叫びを。これまで隠し続けてきた真相を。銃を持つアメリの手は真相を聞く前よりもわずかに震えていた。
「そんなことで‼そんなことのためにっ!!!!!」
指が引き金に掛かり、そのまま勢いよく引き金は引かれた。重たい発砲音が周囲に響いた。しかし弾丸は狙っていた目の前の悪党とは見当違いの方向へと飛んで行った。銃の銃口は上を向いていた。
「俺は捕まえろとは言ったが、殺せと言った覚えはない」
銃口の方向を無理やり変えたのは間に割って入ったカイトであった。アメリは再びリタを狙い撃とうとするがそれを阻止するカイトの力には敵わない。
「邪魔しないでよ‼こいつはっ‼」
「ここでこいつを殺して何になる‼それで何が変わるんだ‼」
適わないと知りつつもアメリは銃を持っていない方の手でカイトを叩く。
「こいつは皆の仇なのよ‼こいつだけは‼」
「今自分が何をしようとしているのかまだわからないのか‼」
カイトはアメリの目を見て言う。
「お前は‼お前の最後の家族を自分で殺そうとしているんだぞ‼」
カイトのその言葉にアメリは我に返ったようにハッとする。少しだけ落ち着いた様子のアメリにカイトは諭すように言う。
「アメリ、お前が最初にリタを逃がしたのは仲間の仇であるリタが怖かったからだけじゃないだろ。どれだけ憎くても心のどこかでまだ彼女を家族だと思っていたからだ。俺にはお前らの過去なんてわからない。けどこんな別れ方だけは間違っているということだけはわかる」
反発していたアメリの体から力が抜けていく。
「こんなことをしても何にもならない」
「なら、アメリは・・・どうすればいいの?」
涙声が混じるアメリをカイトは優しく抱きしめた。彼は大人ではない。ロクな答えも持ち合わせてはいない。しかしそれでも彼は言葉を紡いだ。
「リタを許せとは言わない。でもいつか許せるように変わっていけばいいと思う」
それが正しい答えなのかはわからない。普通の少年はただ心から思ったことだけを言葉にした。
「中央警察がすぐそこまで来てる。ここを離れよう」
そう言ってカイトはアメリをヤミコに任せる。2人がいなくなった後、リタとカイトは向かい合う。カイトは戦う様子など見せることもなく言う。
「結果論なのかもしれないがアンタは変わるべきだった。アメリのためじゃない。自分のために」
「簡単に言うじゃないか」
「変わるのは難しい。でも人は変われる。アンタの仲間やあの子がそうだったように。怖いけど勇気を持って1歩前へ踏み出すんだ」
「こんなアタシが今更変われると思うかい?」
その問いにカイトは笑って答える。
「アンタがそう望むのなら、かな」
中央警察の兵士達が走ってくる足音が聞こえてくる。もうすぐそこまで来ているのだ。カイトはリタを残してその場から去り、その場にはリタと少し冷たいそよ風だけが残った。そしてドタドタと騒がしい複数の足音がやってくる。
「動くな‼中央警察だ‼」
中央警察の兵士たちがリタを取り囲む。
アタシが望むなら、ね。
逮捕されたリタは言い残された言葉を思い出して鼻で笑ったのだった。
麻薬カルテルの壊滅と大型モンスター出現の事件はアーケイドのスラム街である『外周区』に瞬く間に広がった。リタの組織はそこそこ大きなものだったらしい。まああれだけの栓rっ翼を持っているなら当然だろうか。他にも輪切りにされたモンスターの死体の話はハンター界隈をざわつかせていたし、変な格好の2人組がいたなんていう都市伝説みたいな話も出回っていた。そんなことがあってしばらくの間、中央警察の兵士たちが街を走り回っていた。そのせいでカイトたちはしばらくの間震えて家にこもる羽目になったがその間だけ街の治安はいつもより少し良かったようだ。
しかしそんな治安が長く続くはずもなくまた何事もなかったようにいつものとんでもない日常が返ってきたのだった。
「・・・責めないのか?」
家のリビングでカイトはボロボロの新聞を読んでいるヤミコの様子を横目でチラチラと確認しながら尋ねる。
「今回はね。・・・でも本当に良かったの?これで」
「さあな。俺にもわかんね。でもこれがベストだったと思いたい」
カイトはソファに横になりながら答える。常にベストが出せるのなら苦労はない。例えどんな結果を招こうとカイトという普通の少年は「彼という普通の中のベスト」を叩き出すしかないのだ。今の彼には一喜一憂することさえそう簡単なことではない。
騒がしい日常で珍しくどこか重たい空気がその場を包む。
しかしその静寂をぶち壊すようにソファで横になっていたカイトの顔面に小ぶりな尻が落ちてくる。
「うわっいたの!?あまりにも存在感なかったから見えなかったわ。ごめーん」
「あぁ?なんだぁ?てめぇ。珍しくしっとりした空気だったのにぶち壊しやがって」
「2度もアメリのお尻に顔うずめて喜んでるんじゃないの?変態♡」
カイトは若干後悔していた。一喜一憂することさえ簡単ではないと思っていたが今は明確に感情がマイナス方向に傾いている。嫌な気分ってこんな簡単になれるものなんだ。
この状況からなんとなく状況をお察しのいただけると思うがあの事件の後、アメリがカスミの工房に住むことになった。理由はいろいろあったが「派手に騒ぎ過ぎた」というのが主なものだ。他の悪党たちから目を付けられる可能性があったためアメリを悪疫街に置いておくのは危険だと判断したのだ。
これまでカイト、ヤミコ、カスミの3人暮らしだったわけだが新たにアメリが加わって4人暮らしになったわけだ。家主のカスミにアメリのことを教えたら二つ返事で「オッケーッスよ‼」と言われた。正直急なメンバー増加にもっと躊躇とかしてほしかったが相変わらずカスミらしいマイペースさだった。
おかげで家の中がとんでもないくらいうるさくなった。
「2回?お尻に顔をうずめた?」
ヤミコが読んでいたボロボロの新聞を握りつぶす。
「やべっ‼誤解だ‼いや事実だけど不可抗力だったというか‼」
「有罪、死刑」
ヤミコが立ち上がり、首を切り落すとジェスチャーする。
「ぷぷっ大変だねぇwww」
笑っていたアメリだったがヤミコがカイトにしたのと同じジェスチャーをもう1度見せると笑顔が凍り付いた。
「逃げるぞ‼」
そうして命を懸けた騒がしい鬼ごっこが始まるのだった。