職を求めて
機械生命体のパーツを無事換金できたカイトたちは換金した店から離れた路地の階段に座っていた。
「あのなヤミコ。ここは異世界で俺たちはまあまあ好き勝手出来る程度のチート能力を持ってるわけだけど、だからといって常識というものを忘れちゃいけないと思うのよ」
「まあ、それはそうね?」
「・・・本当にわかってるか?」
「もちろん」
まるで「え?なんで急に当たり前のこと言いだしたの?」みたいな顔をしているヤミコを見てカイトの不安はますます大きくなる。ヤミコは先ほどの自分の行動を本当に理解できているのだろうか。行動はどうであれ結果的に損をしなかった、言い換えればヤミコのおかげで助かった。それは事実だ。
しかしそれでもやはりそこに至るまでの過程は巨大な斧を店主に向けていて、ほぼ恐喝に近い。
いずれ逮捕されてもおかしくはない。
「もし、俺が機械生命体のパーツの売値に納得いっていなかったらどうする?」
「店主を斧で」
「やっぱりわかってないじゃん‼」
「何かおかしいところが」
「おかしいところしかないよ!?リピート アフター ミー‼まず話し合い!」
「まず話し合い」
カイトに続いてヤミコも唱える。
「暴力、ダメ!」
「暴力、ダメ。ただしカイトを守るときは例外」
ヤミコは早口で付け足す。
「ノットリピート‼」
やはりヤンデレは止められないのか。愛の力もといヤンデレ特有の狂気度の強さを思い知る。
カイトとしてはヤミコの説得は暴走列車や猛スピードのデコトラを自分の体1つで受け止めるのと同じくらいの無謀さを感じている。
「おほんっ!とにかく平和に解決する方法を探すこと!」
「はーい♡」
(あれ、おかしいな。なんか語尾にハート付いてなかったか?)
暴走列車やら猛スピードのデコトラやらはチート能力を使ってもカイトではどう頑張っても止められないようなのでせめて「なんとなくコントロールできてますよ」感を出しておくために説得は早々に諦めてさっさと話をまとめる。引きずられっぱなしではそのうち死んでしまう。
「まず俺たちがやらなきゃいけないことは当面の活動資金を確保することだな」
現在の所持金は先ほど売却した機械生命体のパーツで手に入れたばかりの1000モンドのみ。日本ならば野口英世さんがたったの1人しかいない非常に懐の寒い状態である。1000円でできることがかなり限られているのと同じで大都市アーケイドでも1000モンドでできることは限られている。今のカイトたちは今日の晩ご飯はもちろん、安全に休める場所の確保すらままならない。
「機械生命体を狩るの?」
「それでもいいけど、もっといろんな仕事を紹介してくれるところを探そう」
「そんなところがあるの?」
「異世界転生もののお約束、冒険者ギルドだ」
2人は街中を歩いて冒険者ギルド的なものを探し始めた。
「ギルドってどういうところなの?」
「俺の知ってるのは仕事を紹介してくれて、その仕事をこなすと報酬がもらえるって感じかなぁ」
「要はハローワークみたいなものってこと?」
「多分そんな感じだと思う」
自分であれこれ言っておいてカイトは少し自信がなくなってきた。漫画やらアニメやらライトノベルやらで多少の知識を積んでいたとしても実際に異世界に来ればその知識が本当に正しいのか、そして正しく伝えることができるかは正直なところ怪しいものだ。日本では異世界など想像に過ぎない。想像の世界の知識が実際の異世界でどれだけ役に立つのかなどわかるはずもない。
そもそも鋼鉄の世界に本当に冒険者ギルドがあるのかも怪しい。
数分後
2人は先ほどとは違う階段に座っていた。その表情はギルドが見つかった嬉しさや見つからなかった悲しさなどはなく、困惑と精神的な疲労から来る完全なる無の状態だった。
「なかった、よね?」
「なかったなぁ」
結論、冒険者ギルド的なハローワーク的なものはいくら探し回っても見つからなかった。
異世界転生した主人公がギルドで仕事を受けてチートで無双。というテンプレの流れは完全に打ち切られてしまったのだ。おかげで無双以前に職にあぶれ、今日の晩ご飯と今晩泊まる宿にすらありつけない。
このままではチート無双が夢で思い描くだけのチート夢想になってしまう。
「職を探さなければ」
「ハローワーク行く?」
「それがあればな」
カイトは困ったようにため息をつくがそれと同時にあることを思い出した。そしてヤミコに渡された自分自身の身分証明書を取り出していくつもある欄を上からじっくりと見る。ある欄に目が留まる。それは職業の欄だった。そこには渡された時と同じ「ハンター」という文字が書かれている。
「ハンターってなんだ?」
「モンスターをハントするんじゃないの」
「モンスターをハント」という言葉に反応したのかカイトの頭の中で不意にどこかで聞いたことのあるような壮大な音楽が流れる。
「よくわかんないけど俺はハンターっていう職業らしい」
「私は・・・私もハンターになってる」
「ハンター」という職業がどのような職業なのかわからないがどうやら2人とも身分証明書の職業の欄には「ハンター」と書かれているらしい。どういうわけなのか転生時から職業は決められているようだ。仕事を選べないのは少し不便なような気もするが一切の仕事がないよりはマシか。
「・・・」
「・・・」
2人は身分証明書を見ながら黙ってしまう。2人にはこの異世界で生きていくための最低限の知識が備わっているはずなのだが「ハンター」という仕事が何なのかはわからなかったのだ。もちろん名前からして推測はできる。ハンターというからには何かを狩る仕事なのだろう。機械生命体、モンスター、野生動物。この異世界ならば狩る対象は色々いるはずだ。きっとそれらを狩る仕事なのだろう。
「よくわからないけど仕事がもらえそうな場所がないか聞いてみる?」
「そうだな。日が暮れる前に一稼ぎしないとだし」
2人は立ち上がってまた街を歩き始めた。
それから何分経っただろうか。仕事を求めて道行く人々に聞きまわり歩き回った結果2人がたどり着いたのは1件の酒場だった。 屋根の部分にネオンで大きく書かれた堕天使を意味する「Fallen Angels」の看板が特徴的だ。建物は一切の木材が使われておらず鉄材ばかりでまるで鉄の箱のようだ。その堅苦しい見た目と店名、そして眩しいネオンのせいか、とてもガラの悪い店に見える。
カイトは心配になりながらも恐る恐る店のドアを開ける。その瞬間今まで静かだった外の空間に怒号、笑い声、食器の擦れる音や人々が歩き回る音が次々に飛び出していく。その勢いはまるで突風でも吹いたのかのようだった。あまりの騒がしさにカイトとヤミコは少し驚きつつも中に入っていく。
2人とも酒屋に入るのは恐らく人生で初めてだ。彼らはまだ未成年、酒など飲めない。それ故に居酒屋派はもちろん酒がメインである飲食店に入ったことなどあるはずがない。ここは彼らにとっては未知の異世界の中のさらに未知なる場所なのだ。
店の中には様々な客がいた。デカい剣を背負った筋肉モリモリの巨漢、指先でくるくると拳銃を回すガラの悪い女、泥酔している年寄り、しかしその脇にはショットガンのような大型の銃がある。店の中にはその他にも特徴的なのが色々いるようだがとりあえず全員に共通している点は全員が何かしらの武装していること。
そして第一印象が「怖い」そして「あまり近寄りたくない」ということ。
何かの拍子に理不尽な理由で恐喝されるようなことはごめんだ。2人は店の奥へと進む。そして足を止めたのはカウンター席の隣の背の高い壁だった。壁といってもただの壁ではない。10メートル以上あるその大きな壁には壁を覆いつくさんとばかりに大量の貼り紙が貼られていた。紙の上に紙が貼られ、その紙を隠すようにまた紙が貼られている場所もある。それらは当然アートや呪いの一種などではない。
カイトは大量に貼られた紙の1枚1枚に焦点を合わせる。
『住み着いた多足鉄甲虫の駆除 報酬は7万モンド』
『パンツァーハーミットクラブの砲塔部品求む 報酬は15万モンド』
『荷物運搬の手伝い 報酬は3万モンド』
この酒場にたどり着くまで道行く人に尋ねるたびに聞いた言葉が2つある。「ハンターとして仕事が欲しければ堕天使に行け」と「堕天使なら絶対に仕事がある。何せ腐るほど仕事が貼ってある」だ。
目の前の壁に貼られた数十、いや数百もしかしたら数千あるかもしれない。
この貼り紙の1枚1枚すべてが『ハンターへの依頼』である。
「こいつは、予想外だ」
その光景にカイトは言葉を失った。確かに腐るほど仕事貼ってあるとは言っていたがまさか壁を埋め尽くすほどあるとは思いもしなかった。完全に予想を上回っていた。この世界に来てから驚かされてばかりで見慣れたものがほとんど見つからない。
「ハンターってもしかして雑用係?」
ヤミコが貼られた紙を見ながら言う。
「お前は何というか、現実主義者だなぁ」
未知との遭遇によって好奇心や驚きから頭の中がふわふわしていたカイトだったがヤミコの一言で一瞬にして現実に引き戻された。そしてヤミコの言っていることは残念なことに正しいのかもしれない。ハンターといえば聞こえはいいが実際に貼られた依頼の紙を見る限り、内容はほとんどが機械生命体や野生のモンスターの駆除もしくは討伐。そして部品、素材の回収。他には荷物運びや清掃など。よく見ると使いっぱしりの雑用ばかり押し付けられているようにも見える。
「狩人じゃなくて雑用係なのか」
そういえばモンスターをハントする某有名ゲームもモンスターを狩る以外にも卵を運ばされたり、キノコを納品させられたり、「任せたぞ!」と味方に凶悪なモンスターを押し付けられて味方は逃亡し高みの見物、結果1人で凶悪なモンスターを倒す羽目になったりと雑用まがいのことをやらされていたような気がする。
「ま、まあ報酬は悪くないみたいだ。単発のバイトよりは全然高いし」
荷物持ちなどはともかく機械生命体やモンスターが関わっている依頼は危険が伴うためか他の依頼よりも報酬が良いように見える。大体平均5万モンド、毎日こなせばアーケイドでの生活に困らない程度の資金が手に入る。今日の食事代と宿代くらいはどうにかできるはずだ。
「けど一体」
「どの依頼が良いのかしら」
正直に言おう。わからん。またわからない。仕事は腐るほどある、ハンターという仕事の内容も何となくだが理解はできた。しかし目の前に貼られた無数の依頼の中から一体どれが自分たちの実力に合っているのかがまるでわからない。というかモンスターや機械生命体の名前をでかでかと書かれてもそれがどんなものなのかがわからない。
とりあえず『スカルヘッド』とか『コクエンワダチ』とか明らかに強そうな名前で報酬も妙に高いものは避けた方が良さそうということはわかる。
「お前ら見ねぇ顔だな。ここは初めてか?」
悩んでいたカイトたちに声をかけたのは顎髭をきれいに整えた中年の男だった。突然声をかけられたカイトとヤミコは驚いて身を固くする。こんなガラの悪そうな酒場で声をかけられれば警戒せずにはいられない。カイトは脚の拳銃にゆっくりと手を伸ばし、ヤミコはいつでも武器を取り出せるように構える。
「おいおい!別にやり合おうってわけじゃねえぜ?お前らが困ってそうだったから声をかけたんだ」
カイトは本当にこの男を信じて大丈夫なのか心の中で疑う。そう思うのは当然だった。異世界でも元の世界でも知らない人の言うことをホイホイと信じてはいけない。特にこの異世界では何が起こっても不思議ではない。しかし現状自分たちが困っているのも事実だった。
カイトたちは警戒を解く。それを見て男は安堵の息を漏らす。
「わかってもらえてよかった。俺はアンドリューだ。よろしくな」