泥棒を追って
次の日、カイトは悪疫街の入口にいた。本人とてここに来たくて来たわけではない。ではなぜ彼はここに居るのか。話は約1時間前に遡ることになる。
今日のカイトの日常は一言で表すならば平穏そのもの。ハンターとしての仕事をするわけでもなく、武具店の店番をしながら机に突っ伏してぐにゃ~と溶けるスライムの如く暇を持て余しまくっていたのだった。忙しい時は休みが欲しいと切望しているのに実際に休んでみるとやることがなさ過ぎて何かしたくなる。これは病気だろうか。
「ウノかカタン、やりてぇな~」
現代を生きる高校生にしてはチョイスが少し渋い。カードゲーム好きとボードゲーム好きは今のセリフを聞けば飛びついてきそうだ。しかし残念なことにアーケイド外周区での娯楽は限られている。テレビゲームなんてものはない。子どもたちは外で遊んでいるがカイトはもう駆けっこをするような歳でもないし、かと言って大人な遊びができるほど成熟しているわけでもない。今が一番微妙な年頃なのだ。
一応トランプくらいはあるが一体何を遊ぶというのか。家にいるのはヤミコとカスミを合わせても3人。何で遊ぶにももう少し人数がいなければすぐに終わってしまう。特にババ抜きなんてやろうものならすぐ終わる。転生してからカイトと特にヤミコは動体視力が上がっていることもあり、生半可な手札のシャッフルでは手札のどこにジョーカーがあるのかがあっさりわかるようになってしまった。
おかげでババ抜きがヌルゲーになった。強くなるというのは必ずしも良いことであるとは限らないらしい。
「今やってる?」
ぐねぇ~としているところにようやく客が来た。
「やってるやってる」
まるで居酒屋のようなやり取りだがここが武器や防具を売る武具屋であることを忘れてはならない。
「ここに何でも屋がいるって聞いたんだけど」
「多分俺のことだ」
自分で便利屋を名乗っているのだが実際に便利屋だの何でも屋だのと呼ばれるとあまりいい気はしない。大抵のことはやるが何でもやるわけではない。仕事は選んでいる。こき使われるような存在ではないし、無茶な仕事を依頼してくるのもやめてほしい。出来ることなら常識の範囲内で仕事を依頼してきてほしい。
カイトを訪ねてやって来た依頼人は切り出す。
「荷物を盗まれてな、取り換えしてほしいんだ」
「それは自警団の連中にでも相談した方が良いんじゃないか?」
とは言っても一体自警団がどれだけ真面目に取り合ってくれるかは未知数だ。アーケイドの外周区では盗みなんて日常茶飯事。毎日一体どれだけの盗みが行われているのかなんて数字にする気にもならない。話くらいなら聞いてくれるかもしれないが動いてくれるかは怪しい。ちなみに中央警察は余程大規模な強盗や大事件でないなら盗みに関しては大して取り合ってはくれない。街を闊歩している兵士たちもあくまで警備が仕事であり、あまり親切な連中ではない。盗品を探してくれるような親切なおまわりさんではないのだ。
「どうやら盗んだ奴は悪疫街の住人らしいんだ」
「あーなるほど・・・」
となると自警団ですら話を聞いてくれなさそうだ。
「犯人の特徴は?」
「えっと、子どもだった。髪は短くて、帽子を被ってたな。ハンチングの」
おかしいな。何だかつい最近、というか同じような見た目の子どもと出会ったような気がする。そしてカイトも銃を盗まれているような気がする。
「一応聞くけどさ。そいつ銀色の銃とか持ってた?」
「そういえば持ってたな。妙に大きな銃だった。まだ子どもなのにあんなものを・・・」
カイトは頭の奥に針で突かれたような痛みを感じた。ハンチングの帽子を被っていて妙に大きな銃を持っている悪疫街の子ども。何とかまだツーアウトということにできないだろうか。何故昨日の今日でまたあの腹立つ口調のクソガキを探さなければならないのか。昨日カイトの銃を盗んで痛い目を見たはずではなかったのか。
「わかった。一応言っておくが悪疫街に持っていかれた荷物だ。状態はあまり期待しないでくれよ」
悪疫街に入ることもあり、あまり良い気分とは言えない。あの子どもにもあの銃にも大して関わるつもりもなかったがまるで運命がそうしろと言っているようにこのどうしようもない未来に引き込まれている。こうなるのは必然だったのだろうか。
出会うべくして出会ってしまったのだろうか。カイトは依頼人と細々とした話を済ませると、ヤミコに店番を任せて悪疫街へと向かった。
という経緯でカイトは今悪疫街の入口にいるというわけである。今回の見た目はいつものプロテクトスーツではなく普通の服装だ。少しダボッとしたパーカーに少しダボッとしたズボン。若者らしい格好だろう。プロテクトスーツはとにかく目立つ。ごろつきだらけのこのエリアで目を付けられたくはない。マークされるのは厄介だし、行動がしづらくなるようなことは避けたい。機械生命体を狩りに来たわけではないのだ。出来るだけ穏便に済ませたい。
カイトは出来るだけ平然とした態度で悪疫街を進む。悪疫街の雰囲気は貧民街の他のエリアとも機械生命体たちのいる外の世界とも違う独特の緊張感がある。静かだが流れてくる空気が重たく、どこか生ぬるい。まるで溶けた鉛のプールを進んでいるような気分だ。
この重たい空気の原因は住人たちの様子にある。悪疫街の住人たちは殺気立っているか、生気がない。
言葉を選ばず言うならば「マトモな奴が1人もいない」と言わざるを得ない。
この空気の中であの子どもを探さなくてはならない。しかし悪疫街の構造に関してはまったくもって無知。カイトはひとまず泥棒少女が昨日立ち寄った質屋に向かってみる。物を盗んだというのならマグナ・マグナを盗んだ時と同様にきっとそれを換金したがるはずだ。
カイトは道に迷うこともなく路地裏にある怪しい質屋のドアを開けた。店主の態度は無愛想だったがカイトの顔を見てさらに態度を悪くした。まあ当然の反応と言えるだろう。何せ希少価値の高いエレクトロ・ホーネットを手に入れる機会をカイトによって潰されたのだ。目の前の大金を奪われたというのだから誰だって良い顔はしない。
「昨日の子どもを探してる」
「何だ、お前もあの銃が欲しいのか?」
「あいつに盗まれた荷物を取り返したいだけだ」
店主はカイトの言うことを疑っているのかそれとも興味がないのか、言葉の代わりに深くため息をついて
返してきた。どうやら教えてくれる気はないようだ。しかしカイトはそんなことも構わず店主に詰め寄る。
「あの子どもは何者なんだ?」
「・・・」
「行きそうな場所とか心当たりないか?」
「・・・」
「今日はまだ来てないのか?それとも別の店があるのか?」
「・・・お前さん。よく空気が読めないって言われるだろ?」
無視しているのにしつこく話しかけてくるカイトに痺れを切らしたのか店主がようやく口を開いた。それに対してカイトは変わらぬ調子で返す。
「読めないんじゃない。壊してるんだ」
カイトとしてはここで引き下がるわけにはいかない。この店主はあの少女へと辿り着くための近道なのだ。依頼人に頼まれた荷物のためにも何とかして情報を聞き出したい。少女を探すことに時間を掛ければ掛けるほど盗まれたものの足取りは掴みづらくなっていく。時間も手間もできるだけ短く小さくしなければ。
カイトはカウンターに持ち金を叩きつける。
「今の手持ちの全てだ。教えてもらおうか」
カウンターに置かれた金は決して小金ではない。切り詰めればこのアーケイドで1週間は生活できるだけの金だ。大金ではないがそう簡単に手に入るものではない。店主はカウンターに置かれた金を数えるとそれを自分の懐にしまって不愛想に言った。
「アイツはここから北の方にある崩れた住宅街に住み着いてるらしい。盗品を買い取る店はここ以外にもあるが基本的にここにしか来ない。盗んだものは役に立つものがあれば自分のものに、そうでないものは売り飛ばす」
「どういう子なんだ?」
「ヤツの名前はアメリ。元々は強盗団の一味だったって噂だが嘘か本当か詳しいことは知らん」
何か複雑な事情がありそうだがそれはともかく有益な情報が手に入った。ここから北の住宅街に住み着いているというのならまずはそこに向かってみるのが良いだろう。善は急げ。カイトはすぐに店を出る。
荷物の無事を案じつつもカイトは明確に自分自身が徐々に大きな渦の中心に引っ張られているような感覚を感じていた。