こうして始まる物語
気が付いた時。カイトは森の中で倒れていた。寝ながら首だけで辺りを見ると何本もの木々が生えていて他の光景はほとんど見えない。ここはかなり深い森の中のようだ。カイトは体を起こそうとするが体が起き上がらなかった。何かが自分の体を上から押さえつけるように腹の上に乗っかっているのを感じる。無理やり体を起こすと腹の上に乗っていたものがゴロリと自分の太ももに転がり、ずっしりとした重さがのしかかる。
見るとそれは人間だった。カイトは予想外の出来事に驚きつつも足の上に乗っている人間からゆっくりと足を引き抜き立ち上がった。すでに軽いパニック状態だがカイトはまず自分の格好を確かめる。
明らかに違うとわかったのは手だった。といっても別に人間の手ではなかった、などと言うホラー展開なわけではなく単に指ぬきグローブのような見慣れないものを履いていたのだ。
着ている服は触った感触から本当に服なのかどうか疑問に思えるくらい不思議な格好だった。質感はゴムやシリコンよりも少し硬く感じるが自分で触っても触られているのが敏感にわかるようなくすぐったさはない。着ている感じも普通の服のようだ。
どうやらダイビングに使うウェットスーツのように上下が一体になっている服装のようだ。そんなタイツの上にはハーネスが装着されぴっちりとした服装をさらに縛り付けている。さらに腕、足、腰などいたるところにいくつものポーチがくっ付いている
(ロッ〇マンだな)
例えるならばSF漫画などに出てくるバトルスーツ、格好悪く例えればやはり全身タイツのような見た目だろう。さらに装備を確認する。ポーチの中は空で使えるものは一切入っていない。しかし武装はしっかりとされていた。右の太ももにはホルスターに収まった見たことのない拳銃が。胸、腰、両足首のところには鞘に収まっているナイフが。これだけでも少し過剰に思える装備だが他にも色々とこのスーツには仕掛けがあるようだ。
「っていかんいかん!」
自分の装備に夢中になっていたカイトは目の前で未だ倒れたままの人間を見る。目の前に倒れている人間も自分と同じような格好をしていた。顔は長い前髪のせいで見えないがカイト自身よりも小柄であること、体が丸みを帯びていることなどから女だとすぐに分かった。耳を近づけて呼吸しているか確かめる。
呼吸音はしている。死んではいないようだ。カイトは女を揺さぶって起こす。
「おい、大丈夫か」
「ん・・・」
女は割とすぐに起きた。女は体を起こし目をこする。そしてそこで女の顔を明らかになった。その顔を見た途端、カイトは腰が抜け、頭の中は全てぶっ飛び、背中に寒気が走った。いや背中だけで済めばむしろマシだったのだろう。その寒気はまるで虫が体を這うようにゾワゾワと全身に広がる。カイトは思わず後ろに下がる。
その女はモンスターだったわけでも酷く醜い顔をしていたわけでもない。むしろ顔は整っていて美少女というべき顔だった。だが、それでもカイトの寒気は止まらない。軽い恐怖すら感じている。
「ここが・・・異世界?あれ、カイトこんなところで会うなんて偶然ね」
「な、なななっ!」
「ううん。偶然じゃないわね。こんな違う世界で会うなんてこれは運命ね。そう運命。私たちはやっぱり結ばれるべきなのよ」
その少女はカイトの知り合いだった。
「ヤミコっ‼なんでここにっ!?」
彼女の名前は灯籠夜美子。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、学級委員長で人々からの信頼も厚く、当然男子からはモテる。一言でいえば完璧美少女というやつだ。カイトとの関係性は幼馴染。小中高、すべて同じ学校で同じクラス。そのうえ近所に住んでいる。カイトからすればもはや幼馴染というよりも腐れ縁というか一種の呪いのような関係性だと思っている。
そんな完璧美少女のヤミコを怖がる理由などどこにもない。むしろこんな完璧な美少女と幼馴染だというのなら他の男子たちは嫉妬の目でカイトを見ているだろう。しかしカイトはお祭りとかでたまに見かけるピンク色の型抜きがまともにできない程度には震えて怯えている。
「どうしてそんなに怯えているの?ああ、新しい世界に怯えているのね。そうよね異世界に来たんだし不安はあるわよね」
そう怯えることなどないはずなのだ。
「でも大丈夫。私が守ってあげるから。ずっと、ずっとずっとずっとずっとずーっと。私が守ってあげるから。カイトは何も心配せずに一生私の側で私のためだけに生きていればいいのよ」
ヤミコは四つん這いになってじりじりとカイトに迫る。逆にカイトは力の入らない全身をどうにか動かして逃れるように少しずつ後ろに下がる。背中が木にピタリとくっつく。まるで「逃げるな」と止められたような絶望感。今の様子は例えるならば虎に追い詰められている野兎、崖際に追いやられたサスペンスドラマの犯人役。簡単に表現するなら絶体絶命だ。
「これからずっと2人で、2人だけで」
一体なぜカイトはヤミコを恐れるのか。その理由はヤミコのカイトへの依存度の強さが原因だった。
2人は小中高、一緒だった。それはつまり6年、3年、2年すなわち11年間は一緒にいるということである。高校を卒業する頃には12年になる。そんな長い期間一緒にいるせいなのかヤミコはカイトがいなければ生きていけないレベルにカイトに依存してしまっている。
ヤミコはカイト・ラブ、カイト・イズ・ライフのゾッコン状態だ。しかしカイトとしては昔ならばいざ知らず、歳を重ねていい年頃になったということもあり、幼馴染で見慣れた仲とはいえ女子とはある程度距離を置きたいのだがヤミコがなかなか放してくれない。完全にべったりでヤミコは異常なほどに拘束力が高かったのだ。
ヤミコの拘束力の高さ、奇行を上げ始めるとキリがない。
例えば
・クラスの班分けの時は必ず同じになる
・席替えは必ず隣の席になる
・男女自由でペアを組む時は必ずペア
・何故かカイトが他の女子と話しているところを見るとものすごい力で腕を掴まれる
・やたらカイトの弁当を作りたがる
・何故か携帯の中を見ようとしたり、ロックを解除しようとする
これはヤミコのほんの一面に過ぎない。まだ他にも色々ある。
ここまでくれば察しの良い人であればヤミコの性格がなんとなくわかったかもしれない。拘束力が高く、若干常識がない。そのうえ常に好きな人一筋。そうヤミコは、俗に言う
ヤンデレだったのである。
「落ち着け‼早まるな!ここは異世界だ。まず何がどういう状況なのかを把握してだな!」
「そうね。ここは森の中で安全かどうかもわからないわね。でも私、もう我慢できないかも」
「ちょっと待て!?お前何する気だ!?」
「大丈夫、怖いのは最初だけだから。多分」
「ひいっ‼な、なにをするだー!」
本当に何をされるのかわからないが状況は絶体絶命。虎に丸呑みにされる小動物の如く。助かる道はない。この世には必ず食うものと食われるものが存在する。それが理というものだ。キムラ カイトの異世界転生物語はこれにて終了。1度目の人生よりもとても短い2度目の人生だった。安らかに眠り、来世ではもっといい人生が送れるように祈るばかりである。
ゴオォォ‼
などと人生の終わりかと思っていたのもつかの間のこと。すぐ近くから猛獣が吠えたような声が聞こえた。
「なんだ?」
何かが重々しい足音とともにこちらに歩いてくる。ガッシャガッシャと音を立て、ドシドシと重く大地を踏む。目の前の茂みから現れたのは犬の形をした金属の塊。この異世界の特徴にして広く生息する生物群の1つ。その鋭利な爪と牙はあらゆるものをかみ砕き切り裂き。その重量は大地を踏み潰すかの如く重く。そして岩さえも砕かんとする装甲をもつ。
|機械生命体《機械生命体》。
それがケーブルの血管とチューブの筋肉、そして鋼の肉体を持つヤツらの名前だった。
「やば」
カイトはヤミコを押しのけて右脚のホルスターから銃を抜いて両手で構えた。当然だが実銃を持つのはこれが初めてだ。使ったことなどあるわけがない。だがカイトはこの感覚を知っている。知らないはずの感覚だがまるで手馴れているかのように手になじむ。これも転生者としての得点の1つだ。
頭では大してわかっていなくても体が使い方を自然と知っている。
この世界での戦い方を知っている。
眼の前のゆっくりと近づいてくる|機械生命体《機械生命体》をしっかりと狙う。
(機械生命体の弱点はコア。でも基本的にコアは外側の装甲に守られていて直接狙うことはできない。だからまずは関節を破壊して動きを止める)
カイトは引き金に指をかけ、そのまま引こうとするが|機械生命体《機械生命体》とカイトの間にヤミコが割り込む。
「ヤミコ‼危ないぞ下がってろ‼」
ヤミコはゆっくりと目の前の|機械生命体《機械生命体》に近付いていく。
「・・・・・・・・・・・・の?」
「え?」
「どうして、・・・・の?」
「ヤミコ?」
「どうして邪魔するの?私たち今取り込み中なのに。邪魔しないでよ私の、私たちの世界を邪魔しないで」
ヤミコは|機械生命体《機械生命体》に対してそうつぶやく。目の前の|機械生命体《機械生命体》は何か声を発するわけでもなく睨みつけるようにヤミコを見ながら姿勢を低くする。そしてようやく深く唸ったかと思えばそのままヤミコに跳びかかろうとする。
「ヤミコ‼」
ヤミコは一切の武装をしていない。このままではヤミコの体は鉄の牙に引き裂かれてしまう。カイトは咄嗟に機械生命体に狙いをつける。運の良いことにしっかりと機械生命体を照準に捉えている。このまま引き金を引けば球はまっすぐ機械生命体に飛んでいくだろう。カイトは引き金を引く。銃口から閃光とともにビー玉サイズの1発の鉛玉とは違う球体が機械生命体に向かってまっすぐ飛んでいく。
しかしカイトの放った銃弾は機械生命体に当たらなかった。外した。いや、違う外れたのだ。偶然とはいえカイトの狙いは正確だった。何のズレもなければ銃弾はまっすぐ飛び、機械生命体の首元に命中するはずだった。しかし外れた。
その原因は銃弾でも射撃精度でもなく機械生命体自体が吹き飛んだことにあった。何度も言うように銃弾は外れ、機械生命体には命中していない。だがヤミコに襲い掛かろうとしていた機械生命体は吹き飛んだ。それも精巧に組み立てられていたであろうその鋼の体を無残に崩壊させながら。
重々しく、機械生命体が地面に着地した。だがその音も様子もヤミコに襲い掛かろうとしていた時とはまるで正反対。生き物としての、機械生命体としての重々しさではなく、1つのただの鉄塊としての無機質な音だった。機械生命体は完全に動かなくなってしまった。
この一瞬で一体何が起こったのか。その答えはカイトのすぐ目の前にあった。一目でわかるもっとも単純な答え。
「思っていたよりも脆いのね。機械生命体って」
ヤミコの手には自身の身の丈ほどの巨大な斧が握られていた。斧の刃はとても大きく相手を斬るというよりはその重量で相手を叩き潰してしまうんじゃないかと思ってしまうほどの見た目だった。
「ヤミコ、一応聞いておきたいんだがお前転生するときにパックは何を買った?」
カイトは転生する際に能力を選ぶとき3つのパックの中からチート能力を選び前世の徳ポイントを消費してパックを購入した。この強さからしておそらくヤミコもパックを買わされたはずだ。
「パック?よくわからないからプレミアムを買えるだけ買ったけど」
「そうか。・・・ん?ちょっと待て買えるだけ買ったってことは1つじゃないのか?」
「うん。いっぱいポイントがあったから。カイトもそうでしょ?」
「いや俺は1つ下のランクのパック1つだけど」
普通に生きてきた男子高校生とちょっとヤバいヤンデレ女子高生。一体どこでここまで差が付いたのだろうか。その理由は意外にも明確でヤミコはカイト大好きのちょっとヤバいヤンデレ幼馴染ではあるが実は徳が高かったのだ。学級委員長としてクラスをまとめ、ボランティアに参加し、お年寄りを助け、真面目に勉学に励んできた。
徳が低いはずはない。そして驚くべきは一部を除いて本人に善行の自覚はない。
「私のカイトがそんなに徳が低いはずがないじゃない。あの男何も知らないくせに知ったような評価を。今度会ったらカイトの良さをみっちりと教え込んで」
ヤミコはぶつぶつと何かつぶやいているがそのつぶやきを聞くのが怖いのでカイトは聞かないように辺りを見回す。周囲は完全に森で木々以外は何も見えない。やはりかなり森の中の方にいるようだ。
(まずは森から出ないとな。機械生命体もいるだろうしここは安全じゃない)
カイトは地面に転がっている先ほどの機械生命体の残骸に目をやる。体はバラバラで生きていたとしても立つことはできないほどに損傷している。カイトは機械生命体の残骸を調べる。詳しい仕組みや部品についてなどはわからないが機械生命体に関する基本的な知識は転生した際に授けられたので頭に入っている。
「確かこの辺に」
ガチャガチャパーツとパーツの隙間に手を突っ込んで残骸をいじる。機械生命体の体は見れば見るほど謎だ。カイトたち世界のロボットを遥かに超える技術が使われている。たくさんの金属パーツやケーブル、チューブなどがあちこちに繋がっている。もしこれほど高い技術の詰まったロボットが日本にあったなら1体につき1000万はくだらないだろう。
「取れた!」
ガチャっという音とともにカイトの手に握られていたのはLED電球サイズの筒状のパーツだった。そのパーツは本体が破壊され、取り外されたのにも関わらず未だ黄色の光を発していた。
「それ、コアよね?どうするの?」
「ゲームとかだとこういう大事なパーツとかは商店でまあまあの値段で売れたりするからな。一応取っておこうと思って」
カイトはこのまあまあ大きい残骸をこのまま放置しておくのは少しもったいない気がしていた。これだけ精密な機械だ。どこかしらのパーツを売ればそこそこの資金になるのではないかと考えていた。
これから先、この世界で生きていくには何をするにもまず活動資金が必要だ。それを少しでも稼いでおきたい。カイトは胸の鞘からナイフを抜くと機械生命体の残骸にナイフを突き立てた。
本当ならばすべて担いで持っていきたいところだがこの機械生命体は大きいし少し重たい。なので売れそうなパーツに目星をつけてそこだけもらっていくつもりだ。
「えっと駆動系のパーツと顔のこのパーツ。あとここのパーツっと」
「これ本当に売れるの?」
「わからん。とりあえず1円でも値が付けばいい」
カイトは小さなパーツを腰のポーチに入れ、大きなパーツは両手で抱えた瞬間自分の全身がずっしりと重たくなったのがわかる。できるだけ軽く小さめなパーツを選んで採取したはずだがやはり金属パーツ。
まあまあな重量感がある。
「これからどうするの?」
「とりあえず人のいるところに行きたいな。このパーツもさっさと早く手放したいし」
2人は街を目指して歩き始めた。