機械に愛されてしまった者
「こうじゃないッスねぇ」
カスミがマルタニ鉱山に来てからまる1日が経過していた。
カスミは狭い小屋の作業台の前で唸っている。どうやら何かの機械が思い通りに動かないようだ。カスミの手の中にあるその機械は炭鉱夫たちが使う採掘道具にしては小さく、見た目も大きくかけ離れているように見える。それでもカスミはその機械にはんだごてを当てたり、指先で部品をいじくりまわしている。
仕事をさぼっているように見えるが別にサボっているわけではない。というか仕事はすでに終わっていた。掘削用のドリルなど炭鉱夫たちの道具はかなりの数があった。普通の技師ならばすべての道具を直すのに早くても数日はかかっただろう。しかしカスミはその仕事を1日で全て終わらせてしまった。大型ドリルのような大きな道具に比べれば人が手に持つサイズの道具の修理など容易いものだった。小さな道具はパーツこそ小さく細かいため少々面倒な部分はあるが壊れている部分に検討が付きやすく、見るべき場所が少ないのでそれほど時間はかからなかった。
だがその仕事ぶりが並の技師では不可能なほどに手早く効率的であることは間違いない。工場の面接で面接官にこの特技を見せつけたら間違いなくその場で採用されるだろう。まさに機械を愛し、機械に愛されたカスミだからこそできる唯一無二の技術だ。
時間を持て余したカスミは次の仕事を待ちつつ、謎の機械をいじくっていたのだ。しかしどうやっても思った通りの成果を得られないのかカスミは大きくため息をつく。そして立ち上がると気分転換に村を歩くことにした。かれこれ1時間ほど待っているが仕事も来ないし、もの作りというのは根を詰めすぎてはいけない。大切なのは柔軟な発想と応用力。気分を変えれば良いアイディアを思いつくかもしれない。
前にも説明した通りマルタニ鉱山の村はアーケイドに比べればボロっちい。建物は木組みで木の屋根の上には石置きなんてものをしている。置き石は釘や針金がまだ普及していなかった時代に屋根の板を固定するために使われていた方法だ。ちなみにマルタニにだって釘くらいあるが何故か石を置いている。
謎の石置きをやっているうえに都市からは遠く、時代遅れで、鉱山作業場が近いからか若干空気は汚れていて、大して見るものもない村マニア以外喜ばなさそうな村だが良いところもある。
それは食である。
『観光地っていつもそうですね…!見るものがなければすぐ郷土料理アピール。景色と料理以外にアピールするものないんですか!?』という文句が飛び出てきそうだが
ないんです。
マルタニは鉱山こそあるが他には何もない。アピールするものなんてあるはずがない。そもそも観光地ではないが観光地として胸を張れるものがあるとするなら山くらいだろう。しかし困った時の切り札である食に関しては結構美味しいものが出てくる。
「おっちゃんメテオ3つ」
「へい!メテオ3つね!」
会話だけ聞いても何を頼んでいるのかわからないが料理名をイメージしやすいように言い直すとただの『揚げ芋』である。じゃがいもに衣をつけてまるごと油で揚げる。ただそれだけの料理で、日本では北海道のファストフードとしても有名だ。それだけ聞けばなんてことはないがマルタニの『揚げ芋』はメテオの名がつくだけあって大きい。1つのサイズはカスミの握りこぶしと同じかそれより大きく、それでいて3つで100モンドという破格の値段。子供のお小遣い程度で腹いっぱい食えるのだ。
他にも芋餅、ジャーマンポテト、大学いもなど芋の産地でもないのに何故か芋料理が安くたくさん食べられる。カスミは1つ食べてはまた1つ料理を買い、また食べてはまた買うというように食べ物を抱えて食べ歩きをしていた。ちなみにカスミは美味しそうに料理を頬張っている。芋のカロリーは高くはないが食べ過ぎれば当然肥満に近づく。カロリーが低いからと言って食べ過ぎ注意である。
しかしそんな事を気にする様子もなく食べて、食べて、食べる。
そして最後に屋台に立ち寄り、大盛りのラーメンをぺろりと平らげると満足そうに自身の仕事場への帰路につく。
(結局何も思い浮かばなかったッス)
彼女はもともと発明に関するアイディアを求めて食べ歩きをしていた。決して食べることが目的だったわけではなく、食べることはあくまでアイディアを出すための過程、燃料のようなもののはずだった。しかし結果はただ大量の芋とラーメンを食っただけ。おいしかった。
しかし食ったこの燃料の意味は一体どうなってしまうのだろうか。
カスミが考え事をしながら歩いていると離れたところに少し大変そうに歩いている中央警察の兵士を見かけた。カスミはその兵士を目で追いかける。というよりかは兵士が重そうに引きずっている機械に目を吸付けられていた。そして何かを思いついたのかすぐに兵士に声をかけた。
「あのーそれどうするんスカ?」
「あ?廃棄場に廃棄するつもりだ。まったく、最近は数が増えてきて困る」
「いらないならもらっていいッスか?」
「こんなもん欲しけりゃくれてやる。重いしだるいし、何より運ぶ手間が省ける」
「廃棄場には他にもこういうのが!?」
「ああ。持って行きたきゃ持ってけ。どうせ錆びるほどある」
カスミは兵士から機械を受け取るとそれを引きずりながらすぐに急いで仕事場へと向かう。カスミの引きずっている機械の正体は機械生命体アイゼンヴォルフの残骸だ。ここ最近マルタニ鉱山周辺に機械生命体が増えている。この残骸も兵士に仕留められた1体だ。
カスミはルンルン気分で仕事場へと戻ると複雑な構造の機械生命体をいとも容易く分解していく。
「まったくこんな簡単なことを忘れてるなんて自分は本当にドジっ子ッス。機械生命体のパーツと構造を利用すればもっと幅が広がるッス!」
カスミはそれから時間を忘れて何度も何度も試作品を作っては機械生命体の残骸が捨てられている廃棄場に向かい材料を手に入れてまた試作品を作った。
「できたッス」
夜空に星の浮かぶ真夜中。ついにそれは完成した。しかし完成したとはいえそれもまた試作品。この狭い作業場で作れるものには限界がある。真の完成品を作るのは工房に帰ってからだ。帰ればもっと複雑な作業をすることもできる。
目の前の完成した試作品もとい試作完成品を見てカスミは嬉しそうにクスクスと笑う。
「カイトさん。これ見たらきっとびっくりするッス」
翌日
カスミはマルタニ鉱山での仕事を終え無事にアーケイドに帰還する。いつもの工房に戻る。戻れるはずだ
った。しかし状況が一変した。それも良くない方にだ。
中央警察緊急応援要請
午前10時
マルタニ鉱山の採掘場に多数の機械生命体が侵入。
中央警察の兵士が応戦するも防衛に失敗。兵士及び鉱山労働者に多数の死傷者と安否不明者が発生。騒動から1時間後、マルタニ鉱山は機械生命体たちによって完全に占拠された。鉱山内に逃げ込んだ労働者が十数名確認されており現在、鉱山の奪還と機械生命体の殲滅を計画中。
人手が足りない。至急応援求む。
追加報告
特殊個体、上位個体と思しき個体の目撃報告あり。