機械に愛されし者
「それじゃあ行ってくるッス」
「ああ。気をつけろよ」
空が白み始めた早朝、カスミは依頼をこなすために大荷物を持ってマルタニ鉱山へと向かった。カイトは大きな荷物を背負って歩き出すカスミの背中を見守ると自分の部屋に戻り自分のベッドに潜り込んだ。太陽の登りきらない早朝は少し冷える。それにカスミのいない今日から地獄のサバイバル自宅生活が始まるのだ。眠れるときに寝なければ。
そう考えながら警戒のためレーザー銃『マグナ・マグナ』をしっかりと握って目を閉じた。
カイトに見送られたカスミは大荷物を持って列車に乗り込んで向かい合わせの座席に座ると荷物を向かいの席に置く。アーケイドには都市と外の世界をつなぐ列車がある。といっても外の世界には機械生命体やモンスターが闊歩しているのでただの列車ではなく分厚い鉄甲で守られた装甲列車だ。
しかも列車には誰もが乗れるわけではない。列車に乗るための切符を手に入れるにはアーケイドの市民であることを証明するものか労働証明書が必要なのだ。つまり外周区の人間は基本的に乗ることができない。外周区で列車に乗れるのはカスミのような一部の労働者だけだ。そんな外周区民からすれば珍しい列車に乗ったというのにカスミは車窓からの風景などには目もくれず、消しゴム付きの鉛筆で思いついたように紙に何かを書き込んでは困ったように考えてまた何かを書き込む。
列車の中は静かなものだ。人はそれなりにいるはずだが何せまだ早朝だ。皆元気におしゃべりする元気などない。それぞれ腕を組んで目を閉じていたり、本格的に横になったりと仮眠をとる姿勢を見せている。しかしカスミは眠さなどどこ吹く風というように書き込み続ける。
そうやってどれだけの時間が経過しただろうか。薄暗かった空には気がつけば眩しい太陽が照り、眠っていた人々から活気が生まれていた。状況が変化してもなおカスミは変わらぬ調子で書き込み続けていた。
「まもなくマルタニ鉱山拠点前。マルタニ鉱山拠点前でございます」
「おっと」
カスミは急いで荷物をまとめる。気がつけば長いはずの列車の旅はもう終わり。目的地に到着した。マルタニ鉱山は鉱山というだけあって当然山々の中にある。人里離れていて人が寄り付くことはほとんどない。
しかし鉱山自体の規模が大きいこともあり鉱山の周辺には炭鉱夫とその家族が暮らす集落が存在している。その規模はもう立派な村と言えるだろう。
カスミがこの村に訪れるのは初めてではない。今でこそカイトたちが暮らしているがあの店、家でかつて共に暮らしていた親方や兄貴分たち、同僚たちと何度か機械の整備のために訪れたことがあった。カスミはこの村が好きだった。建物は木組みの古臭いものばかりだし、全体的に黒く汚れて小汚い。マルタニは全体的にボロっちいアーケイドの外周区よりもさらにボロボロの村だがそこが好きだった。
自分と同じように人々が汗水垂らして働き、黒く汚れても適当に済ませてしまうガサツさ。しかしそんな雑さの中にある人と人とが支え合う優しさ。そんなところに共感したり、どこかアーケイドと似た雰囲気を感じ取ったからかもしれない。
本当は村の中で名物料理でも食べながらのんびりしたいところだがまずは仕事だ。カスミは村の中をまっすぐ抜けていき炭鉱夫たちの働く作業場へと向かう。
「悪いな。わざわざ来てもらって」
「いえいえ仕事ッスから」
「一昨日までは普通に動いていたんだが急にうんともすんとも言わなくなってな。作業が進まず困ってんだ」
「なるほど」
カスミは荷物をその場に置くと早速目の前の巨大な機械に向かった。カスミが修理を依頼されたのは大きな車輪の付いた採掘用のドリル。その姿、大きさはまさに自動車と大差ない。これを修理するのはどんな技術者だって骨が折れるだろう。しかしカスミは嫌な顔1つせずそれどころか少し嬉しそうに工具を持ち、グルグルと周囲を回り、機械の様子を見る。外見は汚れてこそいるが何か問題があるようには見えない。
カスミがドリルの配電盤を開くとその中は配線がビッシリと詰め込まれている。普通の人が見たらめまいを覚えてもおかしくはないほど赤、青、緑など色とりどりの導線が束ねられ、絡み合っていてまるで長年放置された植物の蔦のようにも見える。これにはカスミも少しばかり動揺したのか少しだけ困ったような表情を浮かべるがすぐに作業に取り掛かった。
機械が故障する原因は様々だ。老朽化、動作させる環境、操作ミス、そもそも製造ミス。
老朽化ならば機械の寿命ということで買い替えれば解決するし、製造ミスならば機械を作ったメーカーの担当にでも来てもらえばいい。だが環境や人によるいわゆる「普通に壊れた」の場合は一筋縄ではいかない。どうにか原因を探り、壊れた部分をピンポイントで直さなければいけない。
「ここは問題なし。ということは」
カスミはドリルの車体の下に潜り込む。工具を駆使してガチャガチャと音を立てて作業を進める。一通り作業を繰り返した後カスミは顔についた黒い汚れを拭う。
「寿命ッスね」
「直すのは無理そうか?」
「できないことはないっスけど、ドリル周辺のパーツと車輪のパーツのあちこちにガタが来てるんで丸ごと買い直した方が安いし早いッス」
「はぁやれやれ。まあ仕方ないか。もう30年近く使ってるし、ここらが替え時か」
ヘルメットを被った炭鉱夫は諦めたように大きく息を吐く。大きく丈夫な機械も毎日使えば限界は来る。それが今日だったというだけのことだ。長年働いた仕事の相棒を労ってやるべきだろう。
「他にも修理が必要な機械はあるんスか?」
「デカいのはこれだけだ。あとは採掘道具だな」
カスミは大きな荷物を背負い、炭鉱夫についていく。作業現場の付近は騒がしい。機械の作動音や人々の大声が飛び交うからだ。そんな騒がしい現場の中でカスミはその現場に馴染めていない存在を見つける。
頭を守るヘルメットと全身を守るアーマー。両手に握られたMR4突撃銃。どれもフロックという巨大な兵器メーカーで製造された品だというのがカスミにはすぐわかった。
「アーケイドの中央警察ッスか」
「ああ。ここらも最近は機械生命体がうろつくようになってな。中央から警備兵が配備されるようになったんだ」
アーケイドの資源のほとんどはこのマルタニ鉱山から採掘されたものだ。ここを失えばアーケイド、特に技術に頼り切っている中央区での暮らしは立ち行かなくなる。この採掘場はアーケイドにとって生命線そのものなのだ。機械生命体に占拠されてはマズイと中央警察のトップ、つまりアーケイドのトップが判断したのだろう。
(物騒な世の中になったもんスねぇ)
警備兵たちを横目に心の中でつぶやいた。
しかし嘆いても仕方のないことだ。機械生命体は機械という人工物であるが同時に自然の一部でもある。誰に制御されるわけでもなく、1つの生き物としてこの世界に生きているのだ。機械生命体の発生と侵攻は大量のバッタが作物を食い荒す自然現象と同じ。止めることは難しい。人間にできることはせいぜい命を賭してそれに抗ってみることくらいだ。
そして今のカスミにできることは作業用の道具を治すことだけだ。