いい買い物だった
深い森の中、そこは様々な修羅場をくぐってきたハンターにとっても危険な場所で行方不明者は後を絶たない。その理由はもちろんこの世界にはびこる機械生命体やモンスターである。モンスターはまだマシな方で生き物であるためさほど凶暴な個体でなければ戦いを回避することもできるのだが機械生命体の場合はそうはいかない。なぜならヤツらは生き物ではなく機械だからだ、
機械には一切の感情がない。あるのは冷静な判断力だけだ。1度戦闘状態になってしまえば戦いの回避は難しい。しかし、そんな危険なヤツらも恐れないハンターもいる。
カイトは『インパクトマグナム』を握り、目の前のアイゼンヴォルフと向かい合う。互いににらみ合うが次の瞬間アイゼンヴォルフがカイトに向かって走り出す。そして地面を強く蹴って突進のようにカイトに飛びかかる。カイトはそれを簡単に避ける。敵の攻撃は彼の能力である『唯一の未来』によって完全に予知されている。焦る要素などどこにもない。
カイトは攻撃を避けるすれ違いざまにアイゼンヴォルフに向けて『インパクトマグナム』の引き金を引いた。爆音と閃光に混じって金属にものが勢いよくぶつかるような鈍い音がする。アイゼンヴォルフの体が後方に少し吹き飛び、重量のある重たい音とともに地面に落ちる。
「うわーコアパーツまでやっちゃったかな」
カイトは動かなくなったアイゼンヴォルフの残骸を弄くりながらつぶやく。アイゼンヴォルフの体は今まで見たことのないくらいに体の一部がまるまる吹き飛んでいて、頑丈なはずの金属の装甲は弾丸の命中した部分が粉砕されていてその周囲の装甲も穴だらけになっていた。もはや手榴弾の爆発で倒したようにしか見えず、とても1発の銃弾で倒したとは思えないようなことになっている。
そしてカイトが心配していた通り機械生命体の心臓でもあるコアパーツにも大きな亀裂があり、本来は光を発しているはずのコアパーツが光を失っている。機械生命体の装甲に守られているはずのコアパーツが外部からの衝撃で壊れるなど普通ならありえない話だ。
カイトはため息をつくと壊れたコアパーツを捨てて『インパクトマグナム』に弾丸を装填する。機械生命体の残骸がある以上ここにもいずれクリーナーが来るはずだ。そしてクリーナーの近くにはシーカーと呼ばれるEMPの効かない上位個体の機械生命体がいるらしい。怖いもの見たさで会ってみたいが今の装備で倒せるかは怪しいので今はこの場を離れるのが賢明だろう。
カイトは『インパクトマグナム』を手にまた森の中を歩くのだった。
それから日が暮れるまでカイトがこなした仕事は5つほど。やはりヤミコがいない分効率は下がる。しかも『インパクトマグナム』の残弾を節約しながら仕事をするためほとんどの依頼はナイフ1本でこなしていくこととなった。しかしカイトの手にはそんな一苦労に見合うだけの報酬がしっかりと握られていた。今日は働かない予定だったのに気がつけば『インパクトマグナム』の試し撃ちのためにしっかりと依頼を受けて働いていた。
そして肝心の『インパクトマグナム』の使い心地は非常に良かった。射程距離は短いがやはりその威力、破壊力は並の拳銃はもちろんレーザー銃である『マグナ・マグナ』と比べても桁違いだ。カスミも言っていたが機械生命体の装甲をいとも簡単に粉砕できるだけの威力がある。この強みは射程距離という弱みを考慮しても十分にプラスだ。
結果、いい買い物だった。と言えるだろう。
夕暮れの中、カイトが向かうのはカスミの店である。
「おーい来たぞ」
「こっちに来てほしいッス」
カスミに招かれて店の奥の工房へと入っていく。
「何かわかったか?」
「まあ少しだけ」
カスミの手に握られているのはカイトの銃である『マグナ・マグナ』だ。実は『インパクトマグナム』の試し撃ちで出かける前にカスミに『マグナ・マグナ』の解析を頼んでいたのだ。調べてもらえば銃弾の補充方法がわかるかもしれないと思ったからだ。おかげで『インパクトマグナム』とナイフだけでという近距離しか戦えない装備だったため依頼達成はかなり苦労させられた。
「とりあえず分解して調べたッス。けど銃の仕組みについてはよくわからなかったッス」
「だめだったか」
「けど銃弾の補充方法については多分わかったッス」
「おおっ」
「見た感じ電気を使うっぽいのでおそらく弾倉部分がバッテリーの役割りをしてるはずッス。つまりそれを充電すればまた使えるようになるかと」
やはりカスミに調べさせて正解だった。これでようやく弾丸を補充できそうだ。
「どうやって充電するんだ?」
「とりあえずこれで」
そう言うとカスミは『マグナ・マグナ』の弾倉に理科の実験などで使う赤と黒のワニ口クリップをいくつかつけた。
「それじゃあいくッスよ」
そう言って最後のワニ口クリップをつける。それと同時に部屋の中が真っ暗になった。一体誰だろうかこんな低レベルのいたずらをするのは。出来ることなら誰かのいたずらだと、そう願いたかったが原因は明らかだった。『マグナ・マグナ』の弾倉が家中の電気を一瞬で消費したのだ。
「おぅ・・・」
カイトもカスミも思わずそんな声が出てしまった。
「ま、まあ充電はできたッス!」
停電の暗闇の中で弾倉の側面についている12個のLEDランプがすべて点灯していた。全弾補充することはできたらしい。問題はひとまず解決したがこれが長期的な解決であるかと言われれば間違いなくそうではないだろう。補充するたびにこうやってブレーカーが落ちて停電を起こされてはたまらない。
「なにか別の手段を探した方が良さそうだな」
「そうッスねぇ。それもう何日か借りてもいいッスか?もっとじっくり調べたいッス」
「ええ・・・」
流石に長期的に貸し出すわけにはいかない。この銃がなくなったら困るし、すでに今日1日預けておいて言うのもなんだが見ず知らずの人間に大切な装備を何日も預けっぱなしにするのは流石に怖い。
「お金はいらないッス!なんならむしろ自分が払うッスぅ‼だからしばらく貸してほしいッスぅ‼」
子供のように何度もお願いしてくるカスミに呆れながらもカイトは渋々承諾した。少々面倒だが『マグナ・マグナ』には確実な補給手段が必要だ。それができなければカイトの戦力は半減する。カイトの能力である『唯一の未来』は攻撃を避ける能力であって敵を倒す能力ではない。つまり武器がなければ戦う手段がないのだ。そして『インパクトマグナム』は威力こそあるが射程距離の短さからやっていることは近接戦闘と大差ない。
『マグナ・マグナ』なしではまともに戦えない。
「ただし、2人分の泊まるところを用意してもらおうか」
金なんてものは別に欲しくはない。それよりも今ほしいのは今日安心して寝ることのできる空間である。
アーケイドの宿はすぐに満杯になって空き部屋を探すのが面倒くさい。もうヤミコと一緒の部屋になるのはゴメンだ。
「それなら自分の家来るッスか?部屋ならあるッスよ?」
「いいのか?」
「はい。どうせ5つくらい部屋が余ってるんで」
「警戒心無さ過ぎじゃないか?」
年頃の女子がほいほいと男を家に上げるのは清純男子高校生であるカイトとしてはいただけない。やはりそういうところはしっかりと線引をしたほうがいいのではないだろうか。なにか事件が起きてからで遅い。もちろんカイトは変なことをしたりしないがそれでもカスミからすればカイトは知らない人だ。もう少し警戒した方がいい。
「大丈夫ッスよ。いざとなったらセムテックスで吹っ飛ばすんで」
今、笑顔でサラッとものすごいことを言っていたような気がする。ちなみにセムテックスとは高性能プラスチック爆薬、要するに爆弾のことだ。カイトの知識が正しければかなりの威力のやつだと記憶している。一体なぜそんな物騒なものが年頃の少女の家にあるというのか。ヤミコもそうだが女子というのは実はカイトが思っているよりも凶暴なのかもしれない。
しかしこれで当面の暮らしは大丈夫ということだ。本当ならばカイトも遠慮しなければならないのだが宿を探すのが面倒くさい。そして何よりヤミコと同室だけは絶対に避けたい。昨夜のことで思い知った。やはり一緒なのはまずい。もう絶対に何があってもだ。それに当面の活動拠点のようなものができるのはありがたい話だ。
さて、そうなると最後の問題は今日1度も見かけていないヤミコだ。ここを活動拠点にできるかは彼女を説得できるかどうかに全てかかっていると言っても過言ではない。いやそれ以前にカスミがヤミコに斬り殺されないかが心配だ。
「だあれ?その子は」