意外と明るい明日
朝食を済ませた後はもちろん仕事である。先のことはわからないがとにかく今は資金集めだ。
「いいか、バラバラにせずできるだけきれいな状態で倒すんだぞ」
「うん」
カイトは隠れていた茂みからEMPグレネードを投げる。機械生命体の動きが止まると同時に茂みから飛び出す。相手はアイゼンヴォルフ、以前にも相手にしたtオオカミのような姿をした機械生命体だ。カイトはアイゼンヴォルフの首にナイフを突き立てて1番太いケーブルを切断する。ヤミコも巨大な斧を振り下ろして首を切り落とした。
「よし、うまくいったな」
カイトは仕留めた機械生命体のコアを取り外して担ぐ。重量的には60キロを超えるずっしりとした重たい重量が全身に乗っかってくる。と言ってもそれほど苦労する重さでもない。前のカイトならこの程度で音を上げていただろうが転生した後のカイトは違う。転生前よりも力はある。
そう、頭の出来はあまり変わっていないがパワーだけはあるのだ。
「思ったより軽いな」
「そうね」
ヤミコはそう言いながら両肩に機械生命体の残骸を担いでいる。男のカイトは1体、小柄なヤミコは2体という一見変な構図だが小柄でもカイトよりヤミコの方が力はずっと強い。転生時にカイトはエースパックと呼ばれる魔王を簡単にひねれる程度の能力を、それに対してヤミコはプレミアムパックと呼ばれる最強クラスの能力を大量に手にしている。外見だけでは決まらない、常識が通用しないから転生者はややこしい。
「はい。約束のアイゼンヴォルフのキレイな機体だ」
倒したアイゼンヴォルフの残骸を台の上に置いた。今回の仕事内容は「できるだけきれいな状態のアイゼンヴォルフの機体を持ち帰ること」だった。依頼主はアーケイドの外周区に研究所を構えている科学者だ。
「ああ、早かったな。ご苦労さん。これ動き出したりしないよね?」
白衣を着た白髭の老人は指先で頭のないアイゼンヴォルフの残骸をつつきながら言う。
「頭のケーブルは切ってあるし、コアも抜いてある。大丈夫だと思う」
「あそ。じゃあこれ報酬ね」
手渡されたのはボロッボロの封筒に入った約束の報酬だった。カイトは中身を確認して研究所を後にする。そしてヤミコといつもの酒場である「Fallen Angels」へと向かい、テーブル席に着いた。
テーブルの中心には先ほどの報酬が入った封筒が置かれている。
「さて、先ほどの報酬で20万ほど儲かったわけだが我々はこの20万で一体何をすればいいと思う?」
とりあえずひと稼ぎして手に入れたこの報酬をどう使うのかの作戦会議である。
「愛の巣を見つける‼」
「違います。宿泊場所の確保と装備の補充です。あと今から食べる昼飯とこの後の晩飯」
カイトは自分の銃の弾倉を取り出す。弾倉の側面には小さなランプが8つ点灯していた。このレーザー銃の残り弾薬である。補充方法がわからないため現状あと8回しか撃てない。このままではナイフ1本を手にあの凶暴な機械生命体と戦わなければならない。弱い奴が相手ならともかく、そんな状況で特殊な個体と遭遇したらさすがに勝ち目はない。
早くも新しい銃が必要だ。だがそれにはもう少し資金が必要だ。武器は後回しになりそうだ。
「午後もバリバリ働くしかないな」
運ばれてきた料理を口に運びながらカイトは残念そうに言う。
「あーん♡」
「・・・勘弁してくれ」
午後の仕事は連戦だった。今日だけでも稼げるだけ稼いでおきたかったからだ。ありがたいことに仕事は今のところは緊張感こそあるがそれほど苦ではない。それもこれもチート能力があるおかげだ。気持ちに余裕がある。
「こちら依頼達成の報酬になります」
「どうも」
最後の依頼を終えて報酬を受け取った時、所持金は一文無しのド貧乏からすでに80万モンドになっていた。社会を経験したことのない学生の分際からすればちょっとした金持ち気分だ。
「あれ?この仕事思っていたよりもおいしい?」
「今ごろ気付いたの?」
カイトはずっと「この仕事は苦労するものだ」と思っていた。割に合わない報酬と無駄にかかる出費に苦しめられるとそう思っていた。そして実際そうなのだろう。普通の人間ならば。しかしカイトとヤミコは転生しチート能力を手に入れた普通とは違う人間だ。
強さも違えば、仕事の効率も違う。
「あれ?ということはこの先、意外と何とかなる?」
「もう、おバカさん」
どうやら本当におバカさんだったらしい。完全に感覚がズレていた。ずっと汗水たらして働くものだと思っていたが今の感覚としてはボタンをポチポチ押しているだけで何のデメリットもなく、大した苦労もせずお金が手に入るような気軽さがある。
頭痛を覚えるほど悩んでいた心配事が杞憂に終わったカイトはしばらくの間、一種の放心状態だった。肩の荷が下りるとはまさにこのことだ。言葉通り肩に乗っていた見えない重たい何かがスルンっと落ちた。
そしていきおいよく吹き出されたシャボン玉のように一気に夢が広がった。新しい武器、夢の豪邸でのびのび過ごしたり、男子高校生の夢であるメイドさんを雇ってみたり。何でもできそうだ。
毎日の仕事が日給80万モンド。1日の生活費が宿代と食事代と装備の補充等々すべてを含めてもおそらく5万円かからない。つまり手取りは75万モンド。それをさらにヤミコと分けるのだからカイトは1日約37万モンド前後の報酬が手に入るということだ。高校生にしては明らかに稼ぎすぎ、日本でバイトしていたなら毎日バイトしても1年以上は間違いなくかかる。あまりの数字の大きさに金銭感覚が狂ってしまいそうだ。
「つまり宿はちょっとリッチなところに泊まってもいい、ということか?」
「ジャグジー付きのお風呂に入りたいなー」
残念だがガラクタまみれのこの街にジャグジー的なものがあるとは思えない。普通の浴槽かシャワーがせいぜいといったところだろう。カイトとしては最悪足が延ばせる程度の広さがあれば文句はない。体育座りで浴槽の湯に浸かるのは苦痛でしかない。
まあ、その前に今日この夜を過ごすことのできる宿屋が見つかるのかが問題だが。
「うちはもういっぱいだ」
「あーごめんねー」
「うまっちゃってんだよね」
「あと3秒早ければねぇ」
この短時間に何度同じ言葉を聞いただろうか。数件の宿屋を訪ねたがどこも満室の状態だ。この調子ならこの周辺の宿屋はすでに全滅しているのだろう。まさに宿屋の激戦区、ただし争っているのは宿屋同士ではなく客同士。泊まれるか泊まれないかの命に関わる戦いを繰り広げているのだ。
「あそこの宿でダメだったらもう終わりだ」
2人は最後の希望を託し宿に向かう。特にリッチでもない木造の宿だった。中はきれいだったがめちゃくちゃきれいなわけではなく許容できる程度のもので広さも広くない。まさに普通。しかし文句は言えない。夜を過ごせなくなるよりよっぽどいいからだ。
「2つ空いてないか?」
「1つなら空きがある」
「よし、そこで頼む」
それを聞くと同時にカイトは何も考えず二つ返事で返した。この機を逃す理由はない。ここを逃せばおそらくチャンスはない空きがあるなら無理にでも入り込むのだ。
「2階の1番奥だ」
鍵を受け取りさっそく部屋に向かう。部屋のドアを開けて最初に目に飛び込んできたのはベッドだった。あまり広くない部屋のスペースの大半を真っ白なシングルベッドが占めていた。そして次に窓。何かいい景色が見られるのかと思ったら目の前が壁だった。どうやら宿のすぐ後ろに別の建物が立っているらしい。この窓は本当に必要だろうか。右手のドアを開けると脱衣所、その先に風呂があった。だが残念なことにバスタブはなし、当然ジャグジーもない。
あるのは運動部員が部活終わりに使いそうな壁に固定されたシャワーだけ。
・・・まあ、必要最低限のものはあるようだし問題はないだろう。
いくら金を持っていてもどうにもならないことがあるというのはよく分かった。
カイトはベッドに腰かけると自分のからだ中についている装備と頭のゴーグルを外して、スーツのあるはずのないチャック(?)を下げて胸元を開けた。
「あー疲れたー」
口ではそう言いながらも銃の弾薬の残りを確認する。残り4発。今日の仕事で少し撃ちすぎてしまったかもしれない。この調子では明日には弾が切れて使い物にならなくなる。いい加減、補充手段を見つけなければならない。
「先にシャワー使っていいわよ」
「いや、いいよ。そっちこそ疲れただろうし先に使えよ」
別に今すぐシャワーに入りたいほど汗をかいているわけでもない。むしろ自分よりも大きな大斧を振り回して動き回っていたヤミコの方が先にシャワーに入りたいくらいだろう。
「そんなに私の入った後の残り香を堪能したいってこと?」
「よーし、お先もらうぞー‼」
その後カイトは「ヤミコが入ってくるんじゃないか」とヒヤヒヤしながらシャワーを浴びた。
結果としてそんなことは起こらなかった。ヤミコならばそれくらいしてくるかと思ったが考えすぎだったようだ。少し疲れているのか警戒心が強まっているのかもしれない。




