プロローグ
人間、生きていると時に奇妙というか、少々不可思議な事件に巻き込まれることがある。
「突然何を言い出すんだこのボンクラは」と思った者もいるかもしれないが聞いてほしい。大事なことだからもう1度言おう。人間生きていると変な事件に巻き込まれることがある。これは俺、木村海斗の身に起きた奇妙な運命の物語である。
さっそくだが改めて自己紹介しよう。俺の名前は木村海斗。高校2年生になったばかりの普通の男子学生だ。毎日学校に行って勉強するし、たまに友達とも遊ぶし、親がおこづかいをくれないので仕方なくバイトもする。ちなみにソシャゲは無課金勢だ。自分で言うのも悲しいことだがこれと言って特徴のあるプロフィールではない。はっきり言ってモブキャラだ。別にイケメンというわけでもないが見ていられないほど酷い容姿というわけではないと思うし、勉強も運動もでき過ぎるわけではないがまあ、そこそこできる・・・多分。
どうだ?ザ普通、ザ·モブキャラ、って感じだろ?
ここまでの話を聞く限り「コイツは普通に生きて普通に死ぬんだろうなぁ。モブだし」って普通なら思うかもしれない。俺もつい30分前まではそう思っていた。
でも意外にもそうじゃなかった。
回りくどい言い方はやめてはっきりと言おう。俺は死んだ。なぜ死んだのかはわからない。死んだ直後のことを自分では覚えていない。覚えているのは俺は下校中に死んだということ。道を歩いていただけなのに気が付いたら死んでいた。何を言っているかわからないと思うが俺も何をされたのかわからなかった。
自分が死んだことを知った時は頭がどうにかなりそうだった。やべえ幻覚とか夢オチとかそんなチャチなもんじゃねえ。もっと恐ろしいものを味わったぜ。
そして「じゃあ今のお前はどうやって喋ってるんだよ」と思った人もいるだろう。それは
「私のおかげです‼」
癖強めのポーズをしながらそう高らかに現れたのはタキシードの男だった。
「あ、木村さんご苦労様でした。今渡したばかりなのに上手ですね」
「は、はあ。それより今のこのあらすじみたいなの読む必要ありました?自分で自分のことを説明するのも恥ずかしいし、何もない空間に向かって喋るの虚無感がすごいんですけど」
俺はそう言って手に持っていた紙をタキシードの男に返す。紙にはたくさんの文字が書かれている。今まで俺が語っていたのはこの紙に描かれた原稿だったのだ。目が覚めるや否やこの原稿を読んでほしいと言われてなんとなく読んだのだが思ったよりもきつかった。
「これ読んでもらう決まりなんですよねぇ。私だって虚無に向かって決めポーズとともに「私のおかげです‼」なんて本当はやりたくないんですよ?でもやらないとオーディエンスが話についてこられなくなる可能性があるんですよぉ」
「オーディエンス?」
「お気になさらず、こちらの話です」
何だかよくわからないがあまり気にしなくてもいいだろう。
「さて、我々もそろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「はい。先ほど自身でも読んでいた通り木村さんはすでに死んでいます。なのでもう元の世界に戻ることはできません」
「じゃあもう天国にレッツゴーってことですか?」
「本来ならそうなんですがこちらにも少々事情がありましてね。そう簡単にレッツゴーさせてあげることはできないんですよ」
現世に帰ることも出来ず天国にレッツゴーすることもできないというのなら一体俺はどこにいけばいいのだろうか。とりあえず地獄には絶対に行きたくないな。
「その理由を簡単に説明させていただくとですね。この世界では人も動物も毎日何かしらの理由で命を落としているでしょう?そのせいで担当の神様が毎日毎日働き詰めの超ド級ブラックの社畜状態で大変なわけですよ。」
ん?なんか話がどこかで聞いたことがあるようなというか、ありがちというかおかしな方向に向かっているような気がするぞ。
「で「やってられるか‼ペッ!」と神様がブチギレたので「じゃあ別のシステムを採用しよう」ということでこんなキャンペーンを始めました」
男が手渡してきたのは1枚のチラシだった。そこには水色の涼しげな背景の中にデカデカと「異世界転生始めました」と書かれている。おや?この感じもどこかで見たことあるぞ。特に夏場にラーメン屋の扉のところに貼られているような気がする。というかそれをやっても最終的には死ぬわけなのだから問題を先送りにしているだけなのでは?
「どうです?人間界の流行に乗っかって始めたんですが」
「どうと言われても・・・」
異世界転生。聞いたことはある。何かしらの理由で死んだ主人公がなんやかんやあって異世界に生まれ直すという今流行りの漫画や小説のジャンルらしい。そして異世界転生系の作品の醍醐味と言えば転生時の特典だ。噂ではチート能力。言い換えるとインチキパワー、オーバーパワー、簡単に言えば明らかに過剰すぎる力を手にすることができるらしい。
その力を使って異世界で無双したり、スローライフを楽しんでいるとかなんとか。
俺もそんな異世界転生ができるということか。確かにこのまま天国へレッツゴ―してフジツボにでも生まれ変わるよりよくわからない異世界で2度目の人生を生きていく方が楽しい・・・のか?
「まあそんなに難しく考えず「ファンタジーしたいなぁ」程度に考えてもらえれば」
転生ってそんな「お腹すいたなぁ、カップ麺食べたいなぁ」の感覚で気軽に始めていいものなのだろうか。もう1度生きるかこのまま死ぬかのかなり大事な選択肢だと思うのだが。
「うーん。わかりました。行きます異世界」
「おお‼それは良かった。断られたらOKしてくれるまで土下座するか、泣き喚きながら暴れるところでしたよ」
「面倒くさいな‼」
俺は異世界に行くことにする。いろいろと苦労はあるだろうけどこのままではどうせ死ぬだけだしせっかくだからちょっと「ファンタジーしてみよう」と思う。
「では転生する世界を選んでください」
男はそう言うと1台のタブレットを渡してきた。画面にはいくつもの写真が表示されていてそれぞれ全く違う雰囲気の世界があった。
「F〇7のようなSFのような世界、ド〇クエのようなゴリゴリのファンタジーな世界、ロ〇サガのような独特の文化を築いている世界もありますねぇ」
随分と世界観がスク〇ニ作品に寄っているな。だが男の言う通り数えきれないほどたくさんの世界の写真がある。ほのぼのとした緑が広がる世界、機械だらけの世界、荒廃した世界に、現代の世界に酷似した世界。どれも気になってすぐには選べない。
「おすすめとかあったりします?」
流石にこの数を自力で選ぶのは無理だ。時間がかかりすぎる。
「おすすめですか・・・今まで転生してきた人たちは皆よくあるファンタジーな世界を選んでいました。まあそれが無難な選択だからでしょうね。ですが私のイチオシはここです」
男がそう言ってタップした写真にはSF映画にでも出てきそうな犬型のロボットのようなものが映っている。男としては心くすぐられる強そうな見た目だ。
「SFの世界?」
「いえいえただのSFではありません。この世界には確かに機械生命体なるものがいますがそれだけじゃないんです」
「というと?」
俺がそう聞くと男はにやにやとしながらこう言う。
「この世界、こう見えて魔法とかあるんですよ」
「じゃあF〇7みたいな感じってことですか?」
「そうですね。モンスターあり、機械生命体あり、魔法あり、機械あり、銃あり剣ありの男のロマンを詰め込んだような世界になってます。ですが皆さんそれに気づかず無難な世界を選ぶんですよねぇ。ここ、いわゆる穴場ですよ。あ・な・ば」
距離感がうざいなこの人。しかし穴場か。そう聞くとちょっと興味がある。機械があって魔法もある。確かに面白そうな世界だ。無難な世界を選ぶのも普通過ぎて面白くないしこの世界に行ってもいいかもしれない。
「じゃあここにします」
「わかりました。じゃあ最後にお待ちかねの転生得点、チート能力選択のコーナーですよいしょっ!」
「どうしたんですか急に・・・」
この人情緒不安定すぎるだろ。大声で登場したと思ったら冷静に話し始めるし。かと思ったら土下座しようとしてたり泣き喚こうとしたり、急にテンション高くなったり忙しすぎるだろ。そんなテンション迷子の男の話ではチート能力が選択できるようだが急にそんなことを言われてもなぁ。
「どうします?ベーシックパックでは身体能力向上+特定の能力になるんですけど」
「ベーシックパック?」
「チート能力にも色々ありまして必要最低限のチートが楽しめるベーシック、魔王程度なら簡単にひねれるエース、もう天下無双状態になれるプレミアムの3つのパックを選べるんですよ。ただベーシック以外はちょっとお値段が張るんですけど」
「え!?料金制!?」
「はい。生きていたころの徳を使って買うシステムになってます。木村さんの場合は・・・エースパックを買えばちょっとだけお釣りが来ます」
それは果たして自分の徳が高いのだろうか。あまり悪いことをした覚えもないがいいことをした覚えもない。お釣りをもらえる程度には徳を積んでいたということは俺はそこそこの善人だったということだろうか。それならば良いのだが。
「節約しておくと何かあったりとかは」
「ありませんね。ここで使わなければ無駄になります」
徳ポイントの扱いが信じられないくらい雑過ぎる。
「じゃあエースパックで」
「ですよねーじゃあタブレットから能力を選んでください」
タブレットにリストがずらりと表示される。何でもかんでもタブレット。便利なのは間違いないけどなんだか既視感があり過ぎて夢が壊れるなぁ。リストには世界を選んだ時と同じくらい大量の能力がある。どれも魅力的でなかなか迷う。能力次第で俺のこれからの人生が大きく変わる。これは慎重に選ばなければ。
1時間後
「随分と慎重に選びましたねぇ」
「重要なところだったものでつい」
「ふむふむ。では記入に間違いがないかご確認を。間違いがなければもう転送しちゃいますね。
そろそろテンポの悪さにオーディエンスがブチギレてもおかしくないので」
俺はこれまたタブレットに表示されている内容に間違いがないかを確認する。
名前、ヨシ。
世界、ヨシ。
能力、ヨシ。
「じゃあ転送しますね。あ、そうそう。勝手ながらお釣りの分こちらでささやかなサービスを付けておきました」
「サービス?」
「すぐにわかります。それでは、いってらっしゃーい!」
そうして俺。この物語の主人公。木村海斗、いやキムラ カイトは異世界に誕生したのだった。
ここから、俺のチート主人公生活が始まる!