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次の太陽

作者: 徒歩路仁星


 第 1 に湿気、次に暗さ。しかし目に付く欠点はそれだけ。死ぬよかマシだ。食べ物にも住処にも困 らない。地上から移住してきた者は皆、口を揃えてこう言う。ここは天国だ、と。


「何度も言うが、おまえら情報収集・人命救急部は文字通り命懸けの仕事だ」

 大きな禿げ頭の男が叱咤激励(少なくとも男はそう思っているのだろう)している。

「地上に残っている文献や貴重品の回収、そして人を見つけ次第救命する。あの環境下ではどちらも 困難だろう。」

 小さい箱の中の様な部屋でただでさえ響くのに無駄にうるさく吠える姿に、聞いてる人々は良い顔をしていない。

「だが誰かがやらねばならない。俺も明日死ぬかもしれない。だからこそお前ら次世代にはいい働きをしてもらわなければならないのだ。」

 何綺麗事を、と聞いている中の 1人は思っていた。この仕事は過酷な分、収入も相当に良い。だからここにいる多くの人間はいわゆる「出稼ぎ」に来ているのだ。おそらくこの 1人もそうなのだろう。

「それでは時間もあまりない。今日は風が強いが用心して行ってくれ」

 そういうと自分はスタスタと部屋へ戻っていった。


 そこから何時間かして十何人でゆっくりと、そして着実に現場に向かう中、

「おいおいおい! めっちゃ楽しみだなぁ! 」

「......は? 」

 茶髪の少年が先ほど禿げ頭の有り難い御話を斜めに頂いていた 1人に話しかけた。てかなんだこいつ。狭い通路なんだからくっついてくんなよ。

「は? ってなんだよ冷てぇなぁ! ? 」

「ああいや、普通に不謹慎だなって」

「うおぅストレートォ! いやいや地上とか初めてだからちっとワクワクしちゃったワケ! その調 子じゃ友達できないんじゃない? 」

「余計なお世話だ不細工」

「ぐえぇ! 」

 少年は大げさに悲鳴を上げた。

 もう一方はあきれ返っていた。現場に来て見れは少しはマシな人間がいると思っていたがやっぱり どこにもアホはいるんだな。果たして今から行く場所は果たして分かっているだろうか。

「アンタなんで命懸けだかわかってんの? 」

「ほぇ? 太陽当たったら死ぬんじゃねえの? 」

「......雑だけど一応分かってんだなアホでも」

「ぐはぁ! そ、そりゃずっと地下で暮らしてりゃわかるわ......。でもなんでこうなったは知らねえ んだわ。ま、だからついでに......ちょいとおせーてくんねえか? 」

「えぇ......」

 目の前で手を合わせてお願いされたって、なんで手前に説明せにゃならんのか。コイツに説明なん

かしたくない(スグ忘れんだろどーせ)。正直生涯関わりたくない。

「いやーほんと! 教えてくれよぉ。じゃねぇと訳わからずにおっちんじまうかもしんねぇからさぁ。 なぁ? このとおりだ! 」

「っ......」

 クソッ。

 彼にとってはふざけているのかもしてないが、実際冗談にもならない。

「......お前本当に不謹慎だな」

 ため息交じりで少年に向けて長い説明が始まった。

「......ことの始まりはざっと 200年か前の問題だった」


 オゾンショック、今ではそう教科書に刻まれている(不謹慎野郎みたく昔ほど義務教育の強制力はないから学校に行かない奴もいるが)。人間が引き起こした環境問題の 1 つであったオゾン層が本格的に崩壊をしてしまった。それだけならまだしも地球は昔よりも太陽にかなり近づいていたため、どんな対策もしようがなく(宇宙服ならまだしもそんな代物は皆にはいきわたらないし完全に安全でもない)。最初の犠牲が出たのは南アフリカ共和国だった。快晴の日、紫外線の雨に何も知らぬ人々は薙ぎ払われた。犠牲者は 6000万人、南アフリカ全人口の 1/3 だ。だがその事件の重要なところはそこでもない、症状にあった。太陽に当たって15 分で静かに永遠の眠りにつく。調査隊が目にしたのは皆が道 や部屋で横たわる無数の人、人、人、だ。この調査隊員の何人かはショックで鬱を発症している。ここで世界政府は危機感をあらわにし、ある作戦が行われた。オゾン層を再び作ろうというものだ。だが人 間が自然現象をコントロールすることなどできるハズもない。世界にバラまいた人口オゾンは完全に 太陽光を防ぐため黒い「雲」の様にも見えた。これで緩和、なんてしない。この不完全な「雲」に本来 あった限りある天然オゾン層が吸収された。「雲」は光を遮断するためオゾンを凝縮するようにできて いたため、(自分は理系ではないからよくはわからないが)天然オゾン層も「雲」のほうに凝縮されて しまい、「雲」のないところ=死に場所となった。世界中にかなり多い「雲」をばらまいたため普段は死ぬことはない。が、わずかに空いた隙間から光が降り注ぐとそこは墓場だ。だから人は地下に逃げ込んだのだ。今でも、光が差し込むその場所『薄明光線』は人々が最も恐怖する対象の1つなのだ。


「ふーん。そういうことね。よくわからんけど」

「時間返せやゴミが」いや半分分かってたけども。

「いや、そっちじゃなくて。地球を覆う大事なモンが無くなっちまったんだろ? そこはわかった

んだわ」

 その少年は、本当に不思議そうに、不思議そうに。

「なんで昔の人はンな大事なモン壊したんだ? 手前らの首絞めてんのとおんなじじゃねぇか」

「......さあね」

 そこは人間の本当に愚かなところだと思う。さっきの禿げ頭もそうだ。次の世代に匙を投げ、己は何もしない。それどころか己のせいで大変なことになってるのに。それを考えると横にいるマヌケよりも下だな。そう思っていると先頭の厳つい男(この隊の隊長だ)が呼び掛けた。

「そろそろ地上だ! 気張っていけ! 」


「そういえばさ、なんで日中なんだ? 夜なら安全なんだろ? 」

 そこは「正式:部隊出入り口」を抜けた死世界。地は荒廃、薄っすら緑がかっていて禿げ頭の言ってた通り風が強くて砂が舞う。目を薄めて進みながら茶髪少年は訊いてきた。

「『雲』が濃すぎて月明りすら見えなくて暗闇、懐中電灯で不慣れな道を歩いて迷って夜が明けたら恐 怖に怯えて延々と緊急用出入り口を探し回る最悪のパターン......ていうのを回避するため、だ」

「ほーんなるほどねぇ。覚えとこ~~」

 いやさっき研修で説明受けたろ! というツッコミはアホらしくてやめた。

「そんで、なんでそんな重装備なんだよ? 」

 少年に尋ねられた途端に彼を見て目を疑った。

「いや逆になんでお前が手ぶらなんだよ! 」

「いやぁ身軽の方がよくね? 」

 マジか......アホすぎる。

 これ以上は責めても仕方ない。背中にある機械を見せた。

「これは簡易型ボーリングマシンだよ」

「おおおおあのピン倒すヤツか! 」

「言うと思ったもはやテンプレだよね。地層調査の方だわボケ」

「ん? 地層調べんの? 」

「調べて来いって言われただろ! 何なのマジで! ? は! ? 」

「えーそうだったっけー」

 ため息を漏らした瞬間に隊員の 1 人の声で空気が変わった。

「人です! 人がいました! 」


「いやー来客なんて久しぶりなのでね。これくらいの歓迎しかできないが、許してほしい」

 そう言って大変豪華な料理が次々と出てきた。これには隊長も驚いた。

「いえいえ、こんなにご馳走を頂けるなんて......」

 出会ったのはこの土地で細々と暮らしているらしい村民たちだった。会ったときは微笑んで大いに歓迎してくれた。家畜、農業、家業と小さいながらも自給自足が出来ている。しっかりした村だった (小さいからこそやってこれているのだろうが)。しかしこうしてしっかり生活が根付いているのは裏 を返せば逃げるつもりは無いという意思がある訳で。

「折角の移住の件ですが、やはり私たちはここで生まれ育った身、この土地で死にたいのです。なので 天命が来るまではここに居ります」

「い、いや、そうは言ってもですな......」

 隊長がどう交渉しても村民たちは同じ反応を見せた。 やはり地下に来る気はサラサラないらしい。 するとさっきまでアホだったヤツがイライラしてこちらへ訊いてきた。

「なあ、なんであいつら逃げねえんだよ。命より大事なモンなんかねえだろうが」

「この人たちは『古い考え』を持つ人たちだ。なんかしらの強い信念を持って生きてるから梃子でも動かねぇよ」

 そういう人たちは実際いる。まあ死に方も生きてる人に選ぶ権利はあるとは思う(安楽死もその一 つ)。でもそれでも

「俺、そういうの嫌いだな。お前は? 」

 それはこっちだって。

「......嫌いだよ。でも仕方ない。死にたいなら死ねばいい」

「おいおいこりゃまた随分とドライだな」

「でも心配なのは......」

 そういって無邪気に追いかけっこをする小さな子供たちを見る。3人で楽しそうに、何も知らないまま笑っている。モヤモヤが残るなか、少年はぽつりと漏らす。

「......子供は死に方を選べねえんかな。」


「我々はもう行きますが・・・本当に来る意思はないのですか? 」

 隊長がしつこく食い下がるが村民は丁重に断る。隊長もやるせないような表情を乗せると今度は焦ったような声が突き刺す。

「おいみろ! 『薄明光線』だ! 」

 はっと指をさされた方向を見ると、神々しく死の光が差している。風の方向、それによる「雲」の流れを考えるとこっちに向かってくるらしい。 かなり大きいぞ、逃げ切れないんじゃないか、と情けない声が飛び交う中隊長の堅い怒鳴りが響いた。

「皆落ち着け! 我々の足なら走って間に合う! 」

 我に返って皆が急いで準備する中、

「お、おいお前......?」

  少年に制されてもなお、この足は隊長の前まで来ていた。

「何やってんだ! お前も早く準備を」

「彼らはどうするんですか」

 隊長は、もう覚悟を決めた村民を脇目に静かに囁いた。

「......彼らはもう死ぬつもりだ。もう、我々に出来ることは......」

「そうじゃありません。子供たちです」

 はっと、ここにいる隊員が目を見開いた。 ほんと何をしているのだろう。我ながらバカだな、でも体は止まらない。そして今度は腐ったような顔をしている村民の方に向き合った。

「子供を、預からせてください」

「いやしかし私たちはここで共に......」

「子供は死にたいといいましたか?」

「......。」

「子供たちを、預けてください。」

 はっきりと強く放った声には、村民たちとは別の信念が入っていた。 その声にたじろぐ彼らにとうとう頭にきた。きてしまった。

「......あのなぁ、てめえらがバカな思考で死にたがるのは別にいいんだよ。ただそれに子供を巻き込 むんじゃねぇっつってんだろ」

 無駄かもしれない。でも、でも、それでも。

「もううんざりなんだよ死にたくない人が死んでいくのは! そうやってなんでもかんでも自分たち の趣味嗜好を『次世代』に押し付けんなよ! ロボットじゃねえんだよ人形じゃねえんだよ! もうこれ以上誰かの未来を奪うんじゃねぇ! 」

 全力の叫びだった。もうすぐそこまで死がやってきているのに嘘みたいに周りが静まり返った。

「ままぁ」

 一人の子供が、その空気を破った。

「あたしまだしにたくない......」


 隊員は突如増えた 3 人の運搬で慌てていた。

「子供じゃ我々の足についてこれんよな......。だからと言ってゆっくり行くと間に合わぬし......。」

「俺! 手ぶらなんで二人は抱きかかえられるっす! 」

「おう助かった! いやまてなんで手ぶら! ? 」

「いやしかしあと 1 人は......」

「近くに緊急用出入り口があります」

 先ほど子供を引き取ることに成功した 1 人の言葉に皆が反応した。

「ここの辺りの緊急用出入り口は確か......ここだった......ハズ」

 地図に指を躍らせながらそう言った。隊員が万が一迷ってしまった場合に備えて普段は使われない 小さな地下の出入り口が設置されてある、が。

「それならギリギリ間に合うが、今も通れるかわからんぞ! ? 作られたのは昔で今まで使われた こともない......」

「隊長たちはいつも通りの通り口へ逃げてください。自分が子供たちを連れて行きます」

「はぁ! ? ちょっと待ておい! お前大丈夫かよ? もし死んだら家族が悲しむんだぞ? 」

 さすがのアホでも心配は出来るようだ。でも、まあ。

「大丈夫、家族いないから」

「お前......」

「たくよぉ。いつまでもボケボケでいるなよ! ちったぁ使える男になれ! 」

「な、おまっ! くそ! ぜってぇ帰って来いよ! 後でどついてやっからなぁ! 」

「......よし、じゃあ行こうか」

  一人の子供に向けてにこりと笑う。


「ひいひい」

「大丈夫? 休もうか? 」

「ううん、だいじょぶ」

 もうすぐ緊急口だ。『薄明光線』はすぐそこだが間に合うだろう。あ、ほら、ほの暗く焦げた茶色の 扉が重々しくそこで待ち構えてそこに在る。

「着いた! よし待っててね! 」

 ボロい扉まで来た。後は中に入るだけ......。

「あ、れ......? 」

 開か、ない。

 どうしようどうしようどうしよう

 錆びているから? 何か詰まってる? 鍵がかかってる? マズイこれじゃ......。 ちらっと子供を見た。彼女らも不安そうな顔してこちらを見ていた。

「だいじょぶ?──お姉ちゃん」


「うらあああああああああああああああ! 」

 あたしのバカあたしのバカ! ボーリングマシンを扉に突き立て稼働させた。跳ね返される反動に必死で耐える。汗で目が痛い。体も悲鳴をあげている。

 でもここで頑張んなくてどうする! 何のためにこの隊に入った! 人を助けたいと思ったからだろう! ? ひたすら無慈悲につぶされていく人たちに手を差し伸ばしたいからだろう! ? この子たちの未来を潰されてたまるかよ!

「根性見せろあたしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ! 」

 頑固な扉だ。人を通したくない様。 だけど、だけど小さな、本当に小さな穴が開いた。子供なら通れる! 『薄明光線』はもうすぐそこ!

「ほら! 通って! 」

「う、うん......! 」

 気圧されるように入ってゆく。

 間に合った。無事に入れた。

「あれ、おねえちゃんは? 」

 声だけが聞こえた。濡れた背中を堅い扉に打ち付け、すっきりした顔で応えた。

「おねえちゃん、別の道通っていくから、君は早く行って? 」

「うん分かった......! 」

 まだ不安なのかな。でもこれで死ぬようなことはない。

「......ははっ」

 初めての調査で殉死とか雑魚すぎだろ。 まああのまま置き去りよかマシだな。 そして、『薄明光線』が皮肉にも優しく彼女を包み込んだ。

「......綺麗」

 気づけばそう言葉を漏らしていた。 初めての太陽。輝かしく、目が痛いがそんなのは気にならなかった。 ......やばい涙出てきた。悲しみじゃない感動の涙。柄じゃないのになぁ。何処か満足げな顔をして、そして不満げに呟いた。

「こんな光を独り占めしやがって......マジ先祖許さねえからなこの野郎......」

 そして、彼女は、

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