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第8話 おちゃらけた人ほど曲者だったりする

「生田~。今のうちに休憩入っといて~」

「はーい」


 テレビの影響は中々のもので、放送から二日が経ってもカフェ・シエルはいつも以上に混みあう状態が続いていた。

 それでも混むだろうな、と覚悟してシフトに入った分だけ気は楽だ。

 昨日みたいに強襲されるのが一番精神的にきつい。


 バックヤードの奥には更衣室と休憩所があるのだが、そこには向かわずに駐車場に隣接する従業員用の裏口へと直行した。

 目的は店長と話すためだ。


 裏口はちょうど半開きになっていた。

 表にいないから、ここだろうと思っていたが案の定だったらしい。


「店長。ちょっと今いいですか?」

「んあ? なんだ生田か。どうした?」


 ぷはぁ~、と大きく煙を吐いた店長が名残惜しそうにタバコの火を消した。


「そろそろ新規でバイトの募集ってしますよね?」

「ああ、何人か空きが出たからな」


 予想通りバイトの募集をかけるらしい。

 さて、どう探りを入れようか。


「なんだ? 知り合いが受けようとでもしてるのか?」


 ヤバい。秒でバレた。

 やる気なさそうなのに何でこんなに鋭いんだこの人。


「えと……まあそうなんですよね~」


 それならいっそ開き直った方がマシか。

「となるとなんだ? 面接の対策でも聞きたいのか?」

「ぶっちゃけるとそうですね」

「言ってもいいけど多分無駄だと思うぞ」

「無駄っていうのは……?」


 ダメと言われるのなら分かるが、無駄というのはどういう事だろうか?


「よーしそれじゃあお姉さんが特別に社会の仕組みを教えてやろう」


 店長はクールな印象を与えるつり目にギラリとした光を灯して、ニヤリと笑った。


「お姉さ……」

「なんか文句でもあんのか?」


 ドスの効いた声で、漏れかけた俺の言葉を制した。

 接客業に携わる人物が出していい声じゃない。


「いえ、ないです!」

「よろしい。一応上から言われてるマニュアルによると面接の合否は店長に一任……つまり丸投げされているんだが、一応基準は三つある」


 コップに入ったコーヒーをぷは~、と美味しそうに煽って店長は続けた。


「一つが、職務に責任感を持って、忠実に全うできる人物かどうか。次が、一定以上の頻度で職務に従事できる人物かどうか。最後に……これが一番大事なんだが、顧客に不快感を与えない清潔な印象を与えられる人物かどうか、だ。つまりどういう事か分かるか?」

「見た目、って事ですよね」

「大正解、いいね。生田、お前結構現代文とか得意だろ」

「まあ苦手じゃないですね」


 唐突な指摘に俺は苦笑交じりに答えた。

 実際現代文は苦手じゃない。むしろいつも得点を稼がせてもらってる方の科目だ。


「どうしようもないっていうのは、つまりそういう事……ですか?」

「まあそれもあるんだけどな。本当の理由は別にある」

「別、ですか?」

「ああ、私の機嫌だ」

「えぇ……」

「ははは、さすがに冗談だって。いくら私でも面接に私情を挟んだりは……なるべくしない」

「いやそこは断言してくださいよ」


 けたけたと笑う店長にツッコミを入れた。

 そこまでツッコミ気質ではないのだが、周囲にボケ倒す人間が多すぎてどうしてもツッコミに回る機会が多くなってしまう。


「まあ冗談さておき、だ。上からのマニュアルだと採用基準はさっきの三つだけなんだがな。如何せん希望者が多いから私が一つ勝手に基準を増やしてるんだ」

「なんて言うか……結構ちゃんとしてるんですね」

「だろ? 有能な人材を確保することは私の休憩時間に直結するからな。こっちも必死なんだよ」

「そのセリフで印象プラマイゼロになりましたけどね」


 さっきから店長に対する好感度がジェットコースターばりに上下を繰り返している。


「はは、言ってくれるねえ。それで生田。最後の基準って何だと思う?」

「サボってる店長を見ても怒らないか……?」

「惜しい、と言いたい所だが全然違うな。正解は、ここでバイトする事自体を目的にしてるかどうか、だ」

「えと……ここで働きたいから応募してるんじゃないんですか?」


 今回もボケるのかと思いきや、店長の口から出た言葉は思いの外真面目なものだった。

 本当に掴めない人だ。


「そういう意味じゃなくてだな。ここで働くってのはあくまでスタートに過ぎないだろ? でもたまにいるんだよな。ここに受かる事をゴールにしてる奴が。そういう奴は受かった段階で満足して、結局すぐ辞めちゃいがちなんだよ。そういう奴は何となく雰囲気で分かるから対策しようがないってわけ」

「燃え尽き症候群、みたいなやつですか」


 その症状には心当たりがあった。

 うちの高校にも受かった事に満足してしまって、そこで燃え尽きて勉強しなくなってしまう人もいる。

 多分それと似た様な感じなのだろう。


「ま、そういう事だな。どうだ、参考にならなかっただろ?」

「ええ、全く」


 俺は敢えてそう答えた。

 分かった事と言えば、俺が心配し過ぎだった事くらいだろうか?

 何となく、莉愛なら大丈夫だろうなという確信を得る事ができた。


「その様子だと元から問題なかったみたいだな」


 それを察したように店長はニヒルに笑った。

 悪戯をした後の子供の様な表情を見て、ふとした疑問が頭をよぎった。


「にしても……対策できないにしろ、何で俺にそこまで教えてくれたんですか?」


 そう、いくら対策できないにしても一介のバイトに話していい様な内容ではなかった。

 もし今の話を俺が色んな人に吹聴しないとも限らないのに……。


「ん? だって生田は面白いからな」

「どっちかっていうと真面目な方で通ってるんですけど」


 答えをはぐらかされた気がしたので、こちらも冗談交じりで返した。

 実際面白い、というよりは真面目な印象を与えるように操作しているつもりなんだが……。


「そういうとこだよ。それに──生田ほど割り切ってる奴は珍しいし」


 怜悧な瞳に心の内を読まれたような気がした。

 震えそうになる言葉を下腹に力を入れて押さえつける。


「どういう事ですか?」


 ひねり出した言葉の温度は完全に平温を保っていたはずなのに、僅かな温度の機微を察せられた気がした。

 本人は残ったコーヒーをぐびぐびと飲み干しているから、俺の気にしすぎなのかもしれないが……。


「さ~、どうだろうな。ほれ、そろそろ休憩終わりだろ。きびきび働いてこい」

「店長もそれ飲んだら戻ってきてくださいね」


 してやられた気分がして毒づいてみたが、


「それと、アドバイスありがとうございました」


 一応時間を割いてくれた事に対しての感謝を去り際に呟いた。

 再びタバコに火をつけた店長はひらひらと手を振ってそれに応えてみせた。


 ……仕事しろ。


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