第4話 人生はセーブ縛りプレイだ
ミスった。
せっかくのパスタなんだから出来立てを食べてもらおうと思ってたのに、莉愛がシャワーを浴び終わる前に茹で上がってしまった。
家の壁が薄いせいだ。
なんて八つ当たりをしていると、その薄い壁の向こうで扉の開く音が聞こえた。
よかった、ちょうどいいタイミングだったらしい。
足音が少しずつ大きくなって、リビングのドアのノブがガチャリと音を立てた。
「ちょうどよかった。パスタ茹で上がったところでさ……」
そう言って顔を上げて……そして絶句した。固まった。
視線の先にはアッシュグレーのショートヘアを濡らした莉愛がいた。
そこまではいい。問題はそこじゃない。問題は莉愛の恰好だ。
少し申し訳なさそうにいそいそとリビングに入ってきた莉愛は……バスタオルを巻き付けただけ、という高校男児にはあまりに刺激の強すぎる恰好をしていた。
タオルからはみ出た細長い四肢。透き通る様な肌。それが玉の雫を纏わせて光を反射して、形容し難い艶めかしさを放っている。
目を逸らすべきなのは頭では理解できているが体が、目が全くコントロールできない。
意識と体を離して動くのは一番の得意分野なのに……。
「な……な……」
これにはさすがに、素の反応を隠す事は出来なかった。出来るはずがなかった。
「はは……ごめんね。着替え持っていくの忘れちゃって……。すぐ! 出て行くから」
──いえいえ、ごゆっくりどうぞ。
じゃなくて!
危うく脊髄反射で浮かび上がってきた言葉を飲み込んで、理想の好青年「生田誠」が言うべき答えを模索する。
エラー。検索不能。
そりゃそうか! さすがに想定外も想定外だもんな!
空気が気まず過ぎて、間が持たない。
何か、何か言わないと……。
「困ったら呼んでくれな。持っていくとか……できるからさ」
「……下着も?」
はい、プレミ。
選択肢間違えました。
セーブ地点からやり直させてくれませんか?
──って人生はセーブ縛りプレイでしたね。詰みです。対戦ありがとうございました。
なんて諦める事が出来たらどれだけいいだろうか。
この人生、詰んでもそのままストーリーは進行していくんですよ。
やっぱクソゲーか?
なんて毒づいてる場合じゃなくて何か挽回の一手を……。
火事場の馬鹿力。
スーパーコンピューターもびっくりの演算速度で俺は逆転の最適解を導き出した。
「あ~……ほら。スーツケース毎とかならさ」
「ああ、その手があったか。あはは……」
やはり焦っていたのか、莉愛もその考えには思い至らなかった様で、笑い声もぎこちなかった。
なんとか体の主導権を取り戻して視線を逸らし、一心不乱にパスタとミートソースを絡める事にしたから莉愛の表情は分からない。
分からないけど間違いなくバツが悪そうな顔をしている事だろう。
「えと……おじゃましました~……」
そそくさと足早にリビングから立ち去る莉愛を視界の端で捉えながら、俺はもうすっかりソースと馴染んだパスタを一心不乱にかき混ぜ続けて何とか理性を保とうと終始していた……。
今日もあと2〜3話ほど更新するので、よろしくお願いします。