第32話 ハリボテでも本物に見えることがある
「はぁ~」
カフェ・シエル、休憩中。
重いため息を一つ。
誰もいないからいいか、と思ってつい気が緩んでしまったところで、
「どうしたの? ため息なんて珍しいじゃん」
間が悪く舞衣が休憩室に入ってきた。
いかん、気を抜き過ぎた。
「いや、文化祭でちょっとな……」
「モメてるとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
ここで話した所で舞衣はこの件に関して完全に部外者だ。
だからこそ、自分だけでは中々整理できないこの気持ちを話してみてもいいかもしれないと思った。
普段は明るい【生田誠】が見せるギャップ。
そういう方向性もありかもしれない。
「実は、クラスの演劇で主役を押し付けられてな」
「え、何それ? 絶対見に行きたいんですけど」
「何とかして断れないかと思ってるんだよ」
「なんで? めっちゃ名誉じゃん?」
確かに舞衣ならそう考えるかもしれない。
でも俺は違う。
演劇の中とはいえ、主人公には向いてないし、なれないのだ。
「だってうちのクラスには怜央がいるんだぞ。怜央の方が絶対向いてるじゃん」
「あ~、確かに怜央が主演ってなったら映えそうだもんね~、画的に」
そう、圧倒的に怜央が主演をした方が見栄えがするに決まってる。
「だろ? 俺も怜央の方がいいと思ってたんだけど……どうやら怜央は裏方志望らしくてな」
「あ~、分かるかも。怜央って意外とシャイだもんね」
「それな、普段から無自覚に主人公なのに」
「分かる、何であんな初々しいっていうか……擦れてないんだろ」
「奇跡だよ、多分」
そう、主人公っていうのは怜央みたいなやつの事を言うのだ。
規格外の等身大を持っている怜央こそ主人公にふさわしい。
俺はハリボテで自分を大きく見せようとしている紛い物に過ぎないし、それでいいと思っているひねくれものだ。
「んーでもさ、誠の言ってる理由って主演を拒否る理由になんなくない?」
「え?」
舞衣の口から放たれた言葉は俺の予想とはかけ離れたものだった。
「もしかしたら、主演が怜央の方が向いてるかもしんないけどこれって文化祭じゃん? 楽しむのが一番っしょ」
「まあ……それはそうなんだが」
せっかくクラスの中心的なグループの一員として、カフェ・シエルでバイトしているというステータスを持って、俺はクラスで一目置かれているという自負がある。
これは俺がナルシストというわけではなくて客観的に見てもそうだ。
こういう他人からの評価を常に気にしている俺がそこを間違えるはずがない。
「じゃあさ、大事なのは向いてる向いてない、とかじゃなくて誠がどうしたいか、じゃないの?」
「あ……」
そうか。俺は他人からの評価を気にしすぎるあまり見失っていたのだ。
文化祭はあくまでお祭りだ。
未熟さすら、失敗すら青春という名の元に良い思い出に変換される無敵モードの真っ最中だ。
俺はそのことを完全に忘れていた。
「で、誠は実際に主演を、主人公をやってみたいとは思わないの?」
「そういう考えもあるのか、なるほどな」
一人では絶対にたどり着かなかった結論だ。
いつの間にか、俺は俺の気持ちを優先してしまっていた。
俺はあくまでプレイヤーに過ぎない。
舞衣の言う通り俺は主人公をやってみたくないと思っている。
だがそれは、プレイヤーとしての俺の意思だ。
【生田誠】の意思ではない。
それは果たして【生田誠】の取る態度としてふさわしいのか?
答えはノーだ。
俺が育成してきた【生田誠】なら、こういう時は迷いながらも覚悟を決めてクラスのために主人公を引き受けるはずだ──望む望まないというのはここでは関係のないことだ。
俺の育成してきた【生田誠】はノーマルレアでサブキャラだ。
そんな俺が俺の意思で、怜央や志乃、主人公側の人間を困らせていいはずがない。
サブキャラがストーリーを停滞させるなんてあってはならない。
俺はまだまだプレイヤーとしてのスキルが足りないな。
もっとちゃんとプレイヤーに徹しないと。
「なんかいい顔? になったじゃん」
「ああ、おかげで吹っ切れたよ」
「吹っ切れた……? まあ、何にせよ解決したならよかった、のかな」
「舞衣のおかげだ、ありがとう」
「どーいたしまして。私絶対見に行くからね」
「それは嫌だな……」
「何でよ! 莉愛ちゃんも出るんでしょ? 見に行かないなんてありえないんですけど!」
「冗談だよ。きっといい物にしてみせるから」
「お、言い切ったね~」
そう、演劇なら遠くから見るだけだ。
だったらハリボテでも構わないじゃないか。
俺はしばらく育成方針を切り替えることにした。
【生田誠】が演劇の主人公らしく、外見だけでも見えるように。
まずは……演技指南書でも買って勉強しようか。




