第30話 テストが返却される時のドキドキ感は異常だ
演劇と一口に言っても幅が広いことに変わりはない。
もちろん既存の脚本をそのまま使うっていうのも悪くはないが、それは折角の文化祭。
一から自分達で組み上げた舞台を演出したくなるものである。
偶然にも俺たち一年一組の出し物が演劇に決まり、偶然にも演劇部で脚本を書いている志乃がいて、偶然にも未完成の書きかけの作品が残っているらしい。
白々しいにもほどがある……。
さすがSSRキャラの志乃だ。早速文化祭の出し物を私物化しやがった。
それに薄々気付いてはいるクラスメイトはいるものの、そんなことを口に出す勇気のあるものはいなかった。
その場のテンションに流されたとは言え、手を挙げたのは自分達なのだ。
これが民主的な独裁というやつか……なんとも鮮やかな手口だ。
とはいえまだ文化祭に向けて一致団結! ということにはならない。
なんせテスト返却が残っているのだ。
ここで赤点を取ってしまえば、折角皆が楽しくわいわい文化祭の準備をしている中補習を受けなければいけないことになってしまう。
一部の生徒は気が気じゃないだろう。
そして、試験から一週間が経った金曜日。
ついにテストが返却されることになった。
「それじゃ、一気にテスト返すから名前呼ばれたら取りに来いよ~」
先生がもったいぶって中々返却をしようとしないのがじれったい。
「それじゃ、生田」
「はい」
出席番号が早いとこういう時は得だな、と感じる。
座席を立って、解答用紙の束を見れば早速一つ×が見えた。
テンション下がるな……。
座席に戻ってパラパラと点数だけ見れば……悪くない。
パッと見たところ八割を下回っている科目もないし、得意の暗記科目では満点こそなかったもののそれに近い点数を取れていた。
概ね満足のいく結果だ。
「なあ、誠どやった?」
「悪くなかったよ、大吾は?」
「赤点回避や! いや~ホッとしたわ~」
そして、俺と大吾はお互いにテストの点数を見せ合う、という恒例行事を始めた。
「相変わらず数学は満点かよ……」
真っ先に目に付いたのは数学の100という数字。
相変わらずの天才っぷりを発揮している。
「いや~、誠はすごいな。全部八割超えとるやん」
「100点があるやつに言われても嫌味にしか聞こえないよ」
「いやいや、総合やったら誠の圧勝やろ。俺なんて歴史とか赤点ギリギリやったし」
確かに総合科目では圧倒的に俺の方が高得点だ。
なのになんなんだこの敗北感は……。
俺みたいな器用貧乏なやつより、何かに特化してる大吾みたいなやつの方がこの先絶対に重宝される。
それが分かっているから俺はあまり嬉しいとは思えなかった。
「まあ俺がセーフやったってことは……怜央と大沢は余裕やろうし、あとは莉愛ちゃんだけやな」
「そうだな……かなり遅くまで頑張ってたからいい点を取れてるといいんだけど……」
「なんやそれ、もう親目線やないか」
話している最中も名前は次々呼ばれ、悲喜こもごもの表情が教室の至る所で見られる。
この感じだと本当に夏休みに勉強していたかどうかが如実に結果に現れているらしい。
そして、いよいよ莉愛の番となった。
「それじゃ次、夕陽」
「はい」
若干緊張した面持ちの莉愛が先生から回答用紙を受け取る。
キュッとその手に握った解答用紙の束を抱えながら、いそいそと座席へと戻っていった。
俺たちは会話を止めてジッと莉愛を見ていた。
莉愛はゆっくりと、おそるおそる結果を確認している。
そして最後の一枚をめくって……。
ホッと息を漏らして、脱力したように肩が下がった。
そして次の瞬間、パッと光が灯るように表情が明るくなった。
その表情のまま顔を上げた莉愛と目があった。
莉愛は小さくVサインをしてみせた。
よかった……どうやら無事赤点は回避したようだ。
全員の回答用紙を配り終えるとすぐに帰りのホームルームは終わり、放課後に突入した。
もちろん俺は一目散にわき目も振らず莉愛の元へと向かった。
「莉愛!」
返却されたテスト用紙を片付けようとする莉愛に駆け寄り真っ先に声をかけた。
「マコくん! やったよ!」
両の手でビシっとピースサインを作った莉愛が満面の笑みで答えた。
「よかった……莉愛、頑張ってたもんな」
「ううん、マコくんがつきっきりで教えてくれたからだよ。そうじゃなかったら絶対……ダメだったと思う」
「でも勉強したのは莉愛だ。これは誇っていいことだぞ」
本当にすごい。
授業に出ていないのに、この短期間で赤点なしというのは相当な快挙だ。
今回のテストは教科書の重箱の隅をつつくようないやらしい問題も多かったというのに……。
俺のおかげだ、と莉愛は言ってくれたが俺は勉強したい、という莉愛の手を引いだけ。
進んだのは莉愛自身だ。
俺がしたことは大したことじゃない。
「よかったわね。お二人さん」
「うん! 志乃もありがとう! おかげで国語の点数もよかったんだよ」
「ならよかったわ。何にせよ、これで全員揃って文化祭の準備ができるわね」
「ああ、そうだな」
どうやら他のクラスメイトにも赤点を取ってしまった人はいないらしく、皆が皆健闘を讃え合っていた。
そして、翌週の月曜日。
俺たちの一組の出し物は見事演劇に決定した。
莉愛の持ってきたデータ通り出店には六クラスからの応募があり、抽選になったらしい。
抽選に外れたクラスの生徒はこの世の終わりの様な顔をしていた。
せっかくの文化祭で勉強することになるのは……俺も嫌だな。
何にせよ、これで何の心配もなく文化祭に臨める、というものだ。




