第28話 テスト終わりの喜びは何物にも代えがたい
「ふ~、やっと終わったわね」
「俺も終わったわ……」
そして金曜日。
三日間にわたるテストがついに終わった。
テスト明けの瞬間、というのには何物にも代えがたい解放感がある。
ピンと張り詰めていた気が一瞬にして緩むからだろうか。
その解放感に浸っているのは俺も例外ではなく、いつもより椅子に深く腰掛け、力を抜いてダラっとしていた。
そのくらいは許されるだろう。
「お前ら~、テスト終わったからって気を抜きすぎるなよ~」
「でも、先生やって終わってよかったやろ?」
「いや、先生が大変なのはこれからだ。なあ若丸、テストの返却を一週間以内にしなきゃいけないってことはどういうことか分かるか?」
「あ……」
「そうだ、先生はこれから地獄の採点作業に取り掛からないといけないんだ。あんま気を抜いた態度取ってると八つ当たりするからな」
「そんなん理不尽やん!」
「それが嫌ならハメを外し過ぎないようにすることだな」
「「は~い」」
とは言いながらも帰りのホームルームでは皆完全に弛緩しきっていた。
それも無理はない。
今回のテストは特にきつかったからな。
これから早速遊びにいくという大吾たちと別れ、莉愛と一緒に帰ることにした。
ちなみに俺と莉愛は時間が合えば、必然的に一緒に帰るのが習慣になっている。
今日もどちらからともなく、帰ろうか、ということになった。
「ん~、終わった~」
「お疲れ様、だいぶ頑張ってたしいい点数が出るといいな」
「赤点じゃなきゃ、私は満足かな」
ふわふわと浮かれた空気を纏った下校する他の生徒たちと共に帰路につく。
こっちまでその空気に毒されてしまいそうだ。
「目の下、隈が出来てるぞ。あんまり寝てないんじゃないか?」
「うん、実はね。今日も二時くらいまで頑張ったんだよ」
「それにしてはよく起きれたな」
「緊張しちゃって逆に早く目が覚めちゃったんだ」
今日の莉愛は珍しく、一回目のアラームで起きてきた。
いつもなら二回目、三回目、場合によっては俺が起こしに行かないと起きないこともあるから驚きはなおのことだ。
「でもマコくんは割と早めに寝てたよね?」
「あ~、俺はテスト前だからって寝る時間を変えたりしないからな」
「ひえ~、優等生だ」
「諦めてるだけかもしれないぞ」
「マコくんに限ってそれはないでしょ」
諦め、とは少し違うが俺はテスト期間だからと言って無理に生活リズムを変えたりしない。
最後の追い込み、夜更かしをするのは「勉強をやった気」になるリスクもあるし、寝不足によって肝心の本番で力を発揮できなくなるリスクがある。
これまで何十時間もやってきたのに、最後の追い込みの二時間で点数が爆伸びするなら普段の勉強なんてする価値は無くなってしまう。
それでも莉愛のように一点でも高く! を目標にするなら効果はあるのだろうがある程度点数の取れる算段のついている俺にとって、最後の追い込みは悪手でしかないのだ。
テストの問題がどーだったとか、あそこはどうすればよかったんだ、みたいに他愛のない話をしていると、あっという間に駅前に到着した。
普段通りここから電車に乗って家まで帰る──のだが、ここにきて莉愛が妙にソワソワし始めた。
「莉愛、どうかしたか?」
莉愛は突然声をかけられて驚いたのか体をビクっと震わせた。
「なんで分かったの? エスパー?」
「いや、何となく。莉愛がソワソワしてる様な気がして」
「あ~、やっぱり私って分かりやすいんだな~」
頭に手を置いた莉愛が困ったように笑った。
どうやら何かを迷っているらしい、と俺は何となく思った。
「どうした? 何かあるなら言うだけ言ってみたらどうだ?」
「え……じゃあ……んーとね」
莉愛は躊躇いがちに口を開いた。
「寄り道をしてみたいなーって」
「寄り道?」
「うん、実はテスト終わりに誰かと一緒に寄り道するのに、ちょっと憧れてて」
そう言った莉愛は少しの恥じらいを見せた。
「俺は構わないぞ」
今日はバイトも入っていないし断る理由もなかった。
二人だけで……というのはちょっと恥ずかしいが、その程度のことで動揺を見せるようでは【生田誠】のプレイヤーとしてやっていけない。
「じゃあ、あそこのカフェとかどうかな? 実は前から気になってて……」
「そう言えばいつも真っすぐ帰ってばっかりでこの辺の店にはほとんど入ったことがなかったな」
「うん、テスト終わりだから……いいかなって」
「そうだな、たまにはいいんじゃないか?」
黙認こそされているが、うちの学校の校則では下校時の寄り道はしてはいけないことになっている。
俺はそれを今まで律儀に守っていた。
莉愛も何も言わなかったから、そういうことにあまり興味はないかと思っていたんだが……。
もっと早く察してやればよかったな。
きっと怜央なら細かい感情の機微にも気づいて声を掛けるのだろう。
今度どうやって察しているのか聞いてみようかな。
「それじゃ、いこうか」
「うん」
俺たちは手近なカフェへと足を踏み入れた。
大学生御用達、らしきそのカフェでは昼過ぎだと言うのに多くの人で賑わっており、ほとんど満席に近い状態だった。
カフェでバイトしている者の性として、こういうのを見ると店員に同情してしまう。
俺たちは既に疲れの見える笑顔をした店員を呼んで、俺はコーヒーを、莉愛は紅茶を、そして昼飯は食べていたが、軽く摘まむ用にサンドイッチを注文した。
店内は混んでいたが注文した料理は比較的早く届いた。
……ここの店員、出来るな。
名前も知らぬあの店員に敬意を。
「それじゃ、乾杯しよっか」
「コーヒーと紅茶だけど」
「それでもいーの。雰囲気だけでも、ね?」
莉愛に押し切られてマグカップで乾杯をすることになった。
「それじゃ、テストお疲れ様でした。かんぱーい」
「かんぱーい」
マグカップ同士をぶつけると、チン、と甲高い音が立った。
大丈夫だよな? 欠けてないよな?
「それにしても莉愛、テストは大丈夫だったか?」
「うん、多分……物理が計算問題多くてちょっと自信ないけど……他は大丈夫そう、かな」
「そっか、莉愛頑張ってたもんな」
「ううん、マコくんが色々付き合ってくれたおかげだよ。教えてもらったところがたくさん出たから暗記科目は自信あるんだ」
「ならよかったよ」
俺は満遍なく全体的に暗記するから必要ないが、暗記科目は心理戦の一面もある。
特に記述問題は出せそうな所が限られているから予想問題を作りやすいのだ。
あとは授業中の先生の熱の入れ方と大吾が入手してくれた過去問と照らし合わせたら自ずと出題されそうな箇所は特定できる。
「マコくんはどうだった? 私に構ったせいで下がったりしてない?」
「それはないから大丈夫だよ。でもなぁ……今回はちょっと時間が足りなくて解けなかった問題があったのが痛かったな」
「あー数学、めちゃくちゃ問題多かったもんね」
「これは平均点、めっちゃ低そうだぞ」
「私からすればラッキーなんだけどね」
うちの学校の赤点は平均点マイナス一五点、かつ四〇点以下であることが要件だ。
平均点が低ければそれだけ赤点のラインも下がってくる。
「テストが終わったってことは……文化祭かぁ」
莉愛が遠くを見ながら呟いた。
「俺も初めてだけど……どんな感じなんだろうな」
「志乃から聞いたけど、来週からもう準備期間がスタートするらしいよ」
「マジか。いきなりかよ」
「うん。志乃、めちゃくちゃ張り切ってたよ」
「……だろうなぁ」
志乃はリーダー気質ある、というわけではないが、こういうイベントになると学級委員長ということもあって先陣を切って色々仕切ってくれるのだ。
本人曰く、
『皆が私の指示通りに動いてくれるなんて最高じゃない』
とのことだから、きっと楽しんでやっているのだろう。
ありがたいような……動機が歪なような……。
「私たちも楽しまないとね」
「ああ、良い思い出にできるように頑張ろうな」
ラブコメな展開でありがちなのは、文化祭を私物化してヒロインとの距離を縮めるだとか、後夜祭でロマンチックな雰囲気になったりだとか、そんな大仰な展開だ。
残念ながら、うちの学校ではガチガチに真面目に文化祭に取り組むから一人で何を変えることなんてできないし、早く帰れ、という理由で後夜祭もない。
そう、ロマンチックな展開、文化祭マジックなんて起きるはずがない。
仮に起こったとしても俺は主人公ではないから、その物語の中心にいるなんてことにはならないだろう。
だって俺は努力しただけのノーマルレアのモブキャラなんだから。




