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第3話 大サビで半音あがる曲は盛り上がる

「着いた~」

「お疲れ様」


 炎天下の中、汗を滴らせながらもようやく家に到着した。

 暑さが堪えたのか莉愛はTシャツをパタパタと引っ張って空気を入れている。


 さすがに無警戒が過ぎて心配になってきた。


 幼馴染とはいえ、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らす事に対してさ、その……警戒心とか持った方がいいんじゃないか?

 なんていう何処からか芽生えた親心的なお節介の言葉を飲み込んでリビングへと案内した。


「あ~……涼しい~」

「冷房、寒くないか?」

「ううん! 生き返った!」


 冷房をつけっぱなしにしておいてよかったな。

 普段はこんな事電気代を節約するために絶対にしないが、今日は特別……という事で。


「日本の夏! って感じがしたよ。飛行機降りた瞬間に熱気がむわ~ってくる感じで!」

「アメリカはそうじゃないのか?」

「全然違うよ。向こうはカラっとした暑さって感じだけど、こっちは肌にジトっと纏わりつく感じ」

「あ~、湿度高いもんな日本」



 用意した麦茶を飲みながらも、俺は別の事を考えていた。

 ここで気の効く好青年【生田誠】なら莉愛にシャワーを勧めるかどうか否か、という事だ。


 汗かいたでしょ、シャワー浴びてきなよ──なんて久しぶりに会った男子が女子に言う言葉としてデリカシーに欠けるんじゃないか、という葛藤が頭を占めていた。


「あ~、冷えた麦茶……美味し~」


 そう言いながら莉愛は汗で張り付いた服が気になるのか再び胸元をつまんでパタパタと扇いでいる。

 自然と視線が吸い寄せられてしまう。


 そこで……見えてしまった。

 よっぽど生地が薄いのか、張り付いた白のTシャツの胸元が薄っすらピンク色に染まっているのを……。


 もう選択肢は残されていなかった。


「汗かいたでしょ、シャワー浴びてきたら?」


 ちくしょう! 選択肢が一択のイベントなんて理不尽だ!


 できるだけさり気なく言っている風を装うのに中々気力を要した。

 思考と行動を独立させる人生ゲームプレイ歴5年の俺じゃなかったらドモって動揺が口に出ていたね。


「あ~、そうしようかな? じゃあシャワー借りるね」

「どうぞ、って言うか今日から住むんだから遠慮なく使ってよ」

「それもそっか~。じゃ、行ってきまーす」


 はいはーい、と軽い口調で返事した俺は莉愛の姿が消えるのを確認すると


「ぷはぁ~」


 ゆっくりと重いため息を吐いた。



※ ※ ※



 自炊がめんどくさくて結局毎日コンビニやお惣菜を食べてしまう──一人暮らしのあるあるだ。

 ただ、そのあるあるは俺には当てはまらなかった。


 何だかんだ料理をするのは面白い。


 冷蔵庫の中にある食材──パーツを組み合わせ、レシピというマニュアルに従って作り上げていくパズルゲームの様に思えたからだ。


 特に食材の買い出しに行く前日、ほとんど空っぽの冷蔵庫に余っていた食材をを上手く消化できた時は何とも言えない達成感があって気持ちがいい。

 

 莉愛がシャワーを浴びに浴室に行ったのを見届けて、少し遅めの昼食作りに取り掛かる事にした。

 家で昼食を食べる展開は当然予測済みだったので、今更何を作ろうか? なんて右往左往する事はない。


 献立はシンプルにミートソースのパスタにサラダと決めていた。

 というのもここで張り切りすぎて、


 ──ビーフシチュー、ちょうど煮込んであったんだ。


 とか言うのもキザで気持ち悪いし、そもそもちょうど煮込んであるってどんな状況だよ。


 ──チャーハン作ったから、召し上がれ。


 とか最初にザ・男飯! みたいな感じな料理を作るのも(はばか)られる。

 いや、どっちも美味しいんだけどね?


 そんな時のためのパスタですよ。

 安くて早くてそれなりに見栄えもする。これ以上無い献立だ。


 というわけで早速パスタを茹でるためのお湯を沸かす事にした。

 それと同時並行で昨日のうちに用意してあったミートソースをレンジで温め、何種類かの野菜をカットしていく。


 如何に効率よく作業を進めていくか、常日頃から考えている俺にとって料理はトレーニングにもなるから色々と都合がいい。


 野菜を切り終えると、ちょうど鍋から湯気が立ち始めていた。


「沸騰するまではもう少し……か」


 やる事もなくなって手持ち無沙汰になると、気にならなかったものが気になり始めたりするものだ。


 そう、微かにシャワーの音と莉愛の鼻唄が聴こえてきたのだ。

 え? うちってこんなに防音機能低かったっけ? と改めて思った時にはもう遅い。

 一度聞こえ始めたら最後、妙に気になってしまうものである。


 ……煩悩退散!


 コンロの火力を限界まで上げて即座にお湯を沸騰させた。

 あまりの勢いに少し吹きこぼれてしまいそうになるくらいまで強く。


 何かが気になった時の対処法は手を忙しく動かすに限る。

 【手は第二の脳】なんて言われるくらいだ。

 手を忙しく動かしている間は余計な考えをしている余裕はなくなる。

 

 忙しなく手を動かして、いつもより入念に鍋に入れたパスタがくっつかない様にする事だけに意識を集中させる。

 

 ほら、聞こえなくなって……


「ら~、ら~♪」

 

 ちくしょう! このタイミングで大サビに入りやがった!

 しかも、半音上がってめっちゃ盛り上がるタイプのやつ!


 タイミングの悪さを恨みながらも何とかしてパスタを茹で終えた。

 ……パスタ作るのにこんな神経使ったの生まれて初めてだよ。


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