第21話 転校生が来ると分かるとそわそわする
テスト一週間前ともなればそれなりに教室も緊張感のある空気があるのだが、この日ばかりはそうはいかなかった。
なんて言ったって夏休みあけなのだ。
久しぶりに会う友人もいるし、積もる話があるに決まっている。
俺も英単語帳を片手に座席が近くの友人と、夏休みにあったことについて話していた。
俺はクラスの中でも顔が広い方である。
クラスカースト、なんていう言葉は嫌いだが、俺はどちらかと言えばカースト上位の教室の空気感を作る側の人間だ。
というかそうなるように意識して【生田誠】の印象を操作した結果なのだが。
よく話すグループの相手とか関係なく、クラスの大抵の相手と一対一で話せるくらいのコミュ力を有している。
それでもやはり、特によく話す連中というのもいるわけで……。
「誠~、久しぶりやな。元気しとったか?」
「挨拶からじじくさいな、大吾」
「じじくさい、言うなや。関西弁やって」
教室に入ってくるなり、若丸大吾がわざとらしい関西弁を振りまきながら、俺の元に駆け寄ってきた。
「何回も言うけどその関西弁やめたらどうだ?」
「ええやんけ。こうでもせんとキャラ立たへんねんから」
「はぁ……何だよそれ」
俺は呆れたようにため息をつく。
「好きな球団は?」
「東京スワローズ! 今年は良い順位キープしとんで」
「うどんのだしは?」
「もちろん濃い口や」
「何だっけ。あのハンバーガーチェーン店」
「ワックのことか?」
「……やっぱ生粋の関東人じゃんか」
この自称「細目がチャームポイントのクール系イケメン」の大吾は生まれも育ちも関東である。
それに親世代にも関西圏出身の人は一人もいない。
つまりは似非関西弁。
細目で胡散臭い雰囲気、そして関西弁。
関東人が持つ関西人の偏見を具現化したようなやつなのである。
そしてそれを隠そうともしないのが、ムカつくポイントだ。
キャラを作るなら徹底的にやれよ! キャラ作りをキャラにするなよ! と心の底から思っている。
偶然か必然か、もしくはキャラを作っているもの同士は惹かれあう運命にあったのか、入学してから一番最初に話すようになったやつが大吾だった。
それからことある毎に話すようになり、夏休み中も何度か一緒に遊びに出かける程度には仲が良い。
コミュ力が高く、クラスの中心人物の一人と最初に仲良くなれたのはラッキーといえばラッキーなのだが……なんだか釈然としない。
なーなー、なーなー、と執拗に話しかけてくる大吾をテキトーにあしらっていると、
「うるさい、大吾。あんた一応テスト前なの分かってるの?」
よく通る声と共に、大吾の頭に拳骨が落ちた。
ゴン、と鈍い音が響く。
「痛いやんけ! 何すんねん大沢!」
いつの間にか大吾の背後に黒のロングヘアをサラリとなびかせた美少女、大沢志乃が立っていた。
その切れ長で涼し気な目元で冷ややかに大吾を見下ろしている。
「何って躾に決まってるでしょ?」
「俺は猿かいな」
「そうね、どちらかと言えば類人猿だと思っているわ」
「何おぅ!?」
ああ、このやり取りも久しぶりだ。落ち着くなぁ……。
この二人、犬猿の仲に見えて実際はとても仲が良い。
これも一種のじゃれ合いみたいなものだ。
ギャーギャーとヒートアップしていく様を微笑ましく見ていると、
「まあまあ、大沢さん。夏休み明けなんだから今日くらい……」
見かねた怜央が間に割って入った。
本当にいいやつだ。
このレベルは俺じゃどうキャラを作っても到達できない。
怜央は今日も朝から晩までイケメンなんだろうな。
ヒートアップした大吾と志乃の言い合いを怜央が諫める。
これもいつも通りである。
「ん~、怜央くんが言うなら仕方ないか。よかったわね。慈悲をかけてあげる」
「なあ、おかしいやろ。怜央と俺で態度全然違うやん」
「日頃の行いの差だな」
「もしくは人徳ね」
「か~、こいつらほんま!」
そう言いながら、大吾も志乃も、俺たちは全員笑っていた。
他のクラスメイトはまたか、と慣れた様子でスルーしている。
教室はほどよく和やかで、勉強にならないほどうるさくはない。
この空気を作り上げているのが俺たち四人だ。
そういう意味で言えば、俺たちがこのクラスで最も中心的なグループ、ということになるのだろう。
「まあええわ。そんなことよりな。大ニュースがあんねん」
「退学が決まったのね。おめでとう」
「あーあー何も聞こえません。まあ大沢の戯言は無視しといてやな。どうやらこのクラスに今日転校生が来るらしいねん」
その大吾の一言がきっかけで途端にクラスがざわつきだした。
大吾が皆に聞こえるように言ったから当然と言えば当然なのだが。
転校生……さすがにこの時期に二人もいるとは考え辛いし……。
「大吾、あんたどこからそんな情報集めてくるのよ」
「いやな。今さっきちょうど見た事ない生徒、それもめっっちゃカワイイ子連れてうちの担任が校内案内しとるの見かけてん。青ネクタイしてたからうちの学年なんは間違いないで」
口を手に当ててひそひそ声で話すような素振りをしながら、教室中に聞こえるような声量で大吾は言った。
ちなみにうちの学校は学年ごとにネクタイの色が違う。赤青黄とあってうちの学年は青色なのだ。
大吾がその生徒の学年を判別できたのはそれが理由なのだろう。
カワイイ子、というワードに途端に男子のざわつきが大きくなる。
それも当然と言えば当然か。
多分、というかほぼほぼ間違いなくその生徒とは、莉愛のことだろう。
うちの学年は八クラスあるし、別々のクラスになるだろうなとは思っていたが、まさかの偶然だ。
いや、もしかしたらうちが一年の一組だということが関係しているのかもしれないな。
それだったらある意味で必然なのか。
「へ~、カワイイ子だったら大吾から引き剥がさないといけないわね」
「何でや! せめてアドレス聞くくらいはええやろ?」
「登校初日に黒歴史作るのは可哀想よ」
「誰が黒歴史や、誰が」
再び言い争いが始まった。
こうなるともうしばらくは止まりそうにないな……。
と再び単語帳に目を落としたところでトントンと肩を叩かれた。
振り返ると、そこにいたのは怜央だった。
何だ? と聞こうとするとシーっと人差し指を唇に立てて、俺の言葉を制した。
うん、それ気軽に他の女子にしちゃダメだよ。
男でもドキっとしちゃうから。
(その転校生ってさ、もしかして……)
(ああ、多分お察しの通りだと思うぞ)
(莉愛ちゃん、だっけ。僕までバイトでシフト一緒になったことないから会った事はないんだよね)
(あーそっか。もうすっかり紹介した気になってた)
(舞衣がね、ずっと莉愛ちゃんの話してたから僕も早く会ってみたかったんだ)
舞衣はすっかり莉愛と仲良くなったらしい。
家でも莉愛の口からよく舞衣の話題が出るから多分頻繁に連絡なんかを取り合っているのだろう。
そしてその後もやいのやいの話しているとあっという間に予鈴が鳴り、担任の先生が教室にやってきた。
「えー、ホームルームの前に今日からうちのクラスに新しく生徒が加わることになった。夕陽、入ってきていいぞ」
そう言われて教室におずおずと入ってきたのは──やはり莉愛だった。