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第19話 夏休みが終わるらしい


外に出ると、相も変わらず雲一つない快晴。

 陽も傾きかけて、群青色の空の片端に茜色の線が差し掛かり始めているというのにまだしっかりとした暑さが夏の終わりを惜しむかのように居座っていた。


 いい迷惑だ。早く長袖の着れる秋が来てくれよ。

 じゃないとせっかく今日買ったこの服を着れないじゃないか。


 季節を先取りして服を買うなんて始めての経験だ。

 きっと俺はこの服を着るために、秋のより早い到来を日々願うのだろう。


 そっか、舞衣はこの楽しみを我慢できずにまた新しい服を買うんだろうな、と何となく分かった。

 多分舞衣は服を大量に持っているんじゃなくて、新しい季節の到来を楽しみにし過ぎた結果、服を買いすぎてしまうのだろう。


 そう考えるとまた一つ、理解の及ばなかった感情を身近なものとして咀嚼できるようになった気がした。


 友人は育成ゲームでいうところのサポートカードだ。

 その人その人に得意なことがあって、時には助け合うなかで俺に新たな能力、知見を与えてくれる。

 やはり卑屈になってボッチを決め込むよりも、多くの人と関わっていく方が【生田誠】という存在をより一層強く出来るようだ。


 確かな満足感を得ながら俺たちはショッピングモールをあとにした。

 

「それじゃ、うち逆方向だから」


 駅の改札前。別れを名残惜しく感じているというよりは、カラっとさっぱりとした様子で舞衣はそう言った。


「あ、そうなの? じゃ、ここでお別れだね」


 シュンとしおらしくなっている莉愛とは対照的だ。


「なーに言ってんの莉愛ちゃん。どうせこれからめっちゃ顔合わせることになるんだからさ」

「そう……そうだよね! バイトのことも色々教えてね!」

「はは、気が早くていいじゃん。でも私も莉愛ちゃんなら大丈夫だって思ってるよ。だって莉愛ちゃんかわいいし、それにめっちゃいい子だもん」

「えへへ……」


 褒められた莉愛は嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんな様子だ。


「あ、それと誠も! かき氷、ごちね」

「そのくらい気にすんなって。授業料としては安すぎるくらいだ」

「あはは、それもそうかも。もっと高いの奢ってもらえばよかったかもな~」

「残念ながらもう期限切れだ。まあでも……賄い一回分くらいは追加で奢ってもいいかもな」

「マジ? 言質とったかんね?」

「有効期限は短いのでお早目にどうぞ」

「おっけ。次シフト被った時にでも奢ってもらうわ」


 賄いなら従業員特別価格で食べられるし、このくらいお礼のうちにも入らないんだけどな。

 それでも感謝の言葉だけでは足りない気がしていたからちょうどいい。

 これはどっちかっていうと俺の気を収めるためのものだ。

 借りを作ったと感じたままにしておくのはどうにも気持ちが悪いしな。


 ちょうど電車が来たらしく、舞衣は小走りで駅のホームへと駆けて行った。

 姿が見えなくなるまでずっと手を振りながら。

……早く行かないと乗り遅れるぞ。


 取り残された俺たちもまた、駅のホームに向かうことにした。


「あ~、楽しかった!」


 満面の笑みを浮かべながらもどこか寂しそうな、そんな雰囲気を纏っていた。


「舞衣とは初対面だとは思えないくらい馴染んでいたな」

「そうなの! 舞衣ってばめっちゃいい子ですぐに仲良くなっちゃった」


 そう言いながら、莉愛はLIMEの画面を見せてきた。

 いつのまにか友人一覧の欄に舞衣の名前が追加されている。

 多分、俺が着せ替え人形にされている間にでも交換したのだろう。


「あ~、また遊びたいな」

「つい今さっきまで遊んでたじゃん」

「遊び足りないの。朝から晩までガッツリ遊んでみたかった!」


 俺は少し安心した。

 舞衣とあれだけ仲良くできるなら、バイトを始めても人間関係で悩むなんてことにはならなさそうだ。


「まあそのうちすぐ会えるんじゃないか。バイトでさ」

「そうだね。これだけ色々教えてもらったんだもん。頑張って合格しないと」

「舞衣も言ってた通り普通にしてたら莉愛なら大丈夫だよ」

「あ~、ちょっと緊張するな。バイトの面接って初めてだし」

「そんなガッツリ聞かれるってことはないから安心しろって。聞かれたことに素直に応えておいたらいいんだから」


 莉愛の場合、下手に取り繕って自爆するというパターンが一番落ちる確率が高くなってしまいそうだ。

 多少ヒヤっとするようなことを言うかもしれないにしても素で臨んだ方が絶対いい。

 なんか変なことを口走ったとしてもあの店長なら逆に好印象として映るかもしれないし……。


 こればっかりは最終的に莉愛次第だ。

 俺はお膳立てしただけであとは莉愛が頑張らないといけない。

 その……ラリコたん? とかのフィギュアを手に入れるためには。


 しばらくしてからやってきた電車に乗って俺たちも家に帰ることにした──。



※※ ※



──そして夏休みの最終日、ついに莉愛の面接が行われた。

 その日の莉愛は舞衣に選んでもらったネイビーブルーのワンピースと、グレーのジャケットを羽織っていた。

 それに、舞衣と遊んだ日以来、毎日ちょっとずつするようになったメイクを今日はばっちりとこなし、若干緊張した様子で面接に向かった。


 莉愛のことが心配で作業に手がつかないよ、うわ~、なんてことには残念ながらならない。

 俺は俺でそれどころではないのだ。

 

 始業式は明日だが、夏休みボケなんてしている暇はない。

 来週には期末テストがあるのだ。

 そこで高得点を取るためにもここ最近は勉強漬けの日々を過ごしている。


 ……そういえば一応莉愛にも来週テストがあることは伝えてあるんだが、ちゃんと勉強しているんだろうか?

 

 俺がたまに休憩しようと自分の部屋を出てリビングに行くと大体いつも莉愛はいる。

 そして大抵はレンタルビデオショップで借りたアニメのビデオを見ている。


 ……あれ、本当に勉強してないんじゃないか?


 自分のことに精一杯で忘れていた。

 俺もまだまだ視野が狭い……。


 でも、勉強するっていうのも自己責任だし……莉愛が勉強しないからって【生田誠】の育成に響くことなんて何もないわけだし……。


 いやでも人に教える、ということは自分が覚えているつもりになっている知識を再定着させることに繋がるだろ?

 それに莉愛は英語が喋れるということもあって、英語は得意なはずだ。

 今回英語の試験範囲が広くて少し苦戦しているし、教えてもらう代わりに他の科目を教える、ということにすれば……。


 そう! ウィンウィン!

 これはお互いにとって得のあることなのだ!


 それが自分を納得させるための詭弁だとは分かっていたが、俺はあえてそのことに気づかないフリをした。




 そんな風に悩んでいるとあっという間に時間は過ぎて──莉愛が帰ってきた。

 満面の笑顔で。


 どうだった? とは聞くまでもないだろう。

 だから最初の一言は決まっていた。


「おめでとう」

「うん、マコくん。私ちゃんと受かったよ!」

「舞衣にも報告しないとな」

「もう報告済みだよ! ちょうどシフトに入ってたみたいだから会ってきちゃった」

「おいおい、いいのかそれ……」


 仮にも仕事中なんだけどな……。


「バイトでもよろしくね。マコくん」

「ああ、分かることなら何でも教えるからさ。遠慮せずに聞いてくれ」

「うん」





 ──……夏休みが終わる。


第二章はこれにて終了です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


少しでも面白いと思っていただけたら、感想や、広告の下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から評価していただけると励みになります。



それでは幕間SSを挟んで第三章でまたお会いしましょう。

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