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第2話 ラブコメの典型的な展開だけど嬉しくはない

 数年ぶりに会う幼馴染と同居する事になった──ラブコメの典型的な展開だ。

 物語の主人公であれば驚きながらも再開とこれからの事に期待を寄せるのかもしれないがお生憎様。

 俺は主人公でもなければ、期待をしてすらいない。


 何故かって?


 それは夕陽莉愛が、俺の黒歴史時代──即ち小学生時代を知っているからだ。


 俺の小学生時代はそれはもう散々なモノだった。

 思い出すだけでも全身の毛が逆立ち、蕁麻疹が浮かび上がりそうになる。


 あの頃の俺はゲームとサッカーが好きなごく普通の平々凡々なクソガキだった。

 将来の夢はと問われれば、自信満々にサッカー選手! と答える様な夢見ガキだった。

 自分こそが物語の主人公であり、これからの未来は薔薇色に違いないと何の根拠もなく、人一倍努力する事もなく思っていた。


 今となっては思い出したくもないその時代の事を莉愛は知っている。

 それは俺にとって最悪以外の何物でもなかった。


 更には、俺が【生田誠】のプレイヤーに徹する様になったのはちょうど莉愛が引っ越してからの事だというのも都合が悪い。


 俺が自分をモブだと認識して、人生は育成ゲームだと言う結論に辿りついたのは莉愛が引っ越してから数か月後、小学校5年生の時だった。


 当時サッカークラブの高学年の部でレギュラーを掴み取っていた俺は、飛び級してきたサッカー歴半年ちょっとの下級生にレギュラーを奪われたのだ。

 悔しさで泣いて、それでも必死で頑張って見返してやろうと思って……


 結局レギュラーの座を取り返す事は出来なかった。

 それどころかむしろその下級生との実力差は開いていくばかりだった。


 そこまでくれば誰だって思うだろう。

 ああ、俺って才能ねえんだ──って。


 そう思った時、俺という存在は主人公でも何でもないただのモブだと気が付いた。

 才能に溢れた初期パラメーターの高いやつらと普通に戦っても勝ち目なんてないんだって。


 この件をきっかけにして俺は考え方を変えた。

 程々に良い人生を送るために、自分を捨てて外から眺めるプレイヤーに徹しようって。

 そうすれば、これから身に起こるどんな理不尽だってゲームの仕様だと思えば苛立ちこそすれ絶望せずに済む。


 こうして俺は、プレイヤーとしての俺と育成対象の【生田誠】を分けて考える様になったのだ。


 外では常に理想の自分になるべく【生田誠】を操作し続け、家にいる時も一分たりとも「時間」というリソースを無駄にすることがないようにして過ごした。


 そしてプレイ時間も5年を超えた今、俺は県内でも有数の進学校に合格し、友人も増え、見た目だって雰囲気イケメンになるまで育成をすることに成功した。


 今俺は我が世の春を謳歌しているのだ。


 不安要素の多すぎる異分子に邪魔されるわけにはいかない……


 とは言っても決まってしまったことに逆らえる権限は俺にはない。

 この初見殺しも過ぎるイベントを何とかこれまでのノウハウで乗り切って見せる──



※ ※ ※



 気付けば8月も中旬に入り、ツクツクボウシが滑稽な鳴き声をあげ始めてきている。


 バイト、勉強、バイト、勉強、友人との交流。

 様々なタスクを無駄なくこなしていくのと同時並行で俺は莉愛が家に来る今日のために対策を練り上げ続けていた。


 一番避けなければならないのは、話題が無くなってとりあえず昔話でもして沈黙を紛らわそうか、という展開だ。

 思い出話は花が咲かずに、俺の心がズタボロに引き裂かれてしまう。


 そうならないために、莉愛がどんな風に成長していても対応できる様にフローチャートを作成してある。準備に余念はない。


 今日はバイトのシフトも入れていないので、早朝から準備に取り掛かり後は莉愛を待つばかりとなった。


 既に何度か連絡は取ってあるが、文面から性格を読み取るスキルは有していなかったので、莉愛がどんな風になっているのか全然予想もつかない。

この件は今後の課題として留意しておこう。


 昼過ぎに到着するとの事だったので、最寄り駅まで迎えに行く事にした。

家までエスコートするのは気の効く好青年【生田誠】であれば当然の行動だ。


「もうすぐ着きます」


 待ち始めて数分で莉愛から連絡がきた。

 途端に早鐘を打ち始めた心臓を深い呼吸で整えようと試みる。

 

……よし、何とか収まった。

 

視界が明瞭になった所で、電車が到着したらしく一人、また一人と改札を通過し始めた。

改札は一つしかないので見逃すはずはないと思いつつ、正面の柱に寄りかかりながら注視する。


「絶対そうじゃん……」


 思わず素のマヌケな声が漏れてしまった。

 注視していたのがバカらしくなる位すぐに、その人物が莉愛だと分かった。

 何故ならバカでかいスーツケースを引きながら改札を通ってきた莉愛が着ていたTシャツがあまりにも特徴的だから。


──I♡NYのTシャツをマジで来てるやつなんて初めて見たぞ……


 ネタでしか見た事が無い様なそのTシャツにジーンズと言うアメリカンカジュアルにしてもカジュアル過ぎる服装の莉愛もこちらに気が付いたのか遠慮がちな笑顔で手を振ってきた。


 俺に昔の面影は多分ほとんど残ってないだろうによく気が付いたな……。

 という疑問がよぎったが、それは今は関係ないことだと頭から消し去った。


「久しぶり……?」


 まだ俺が「生田誠」か確証は持てず、半信半疑近づいてきた莉愛は首を少し傾げて微笑んでいた。

 アッシュグレーのショートヘアがふわりとなびく。

 飾り気のない表情の優し気で大きな目元が印象的なのは昔のままで、どこか純朴で垢抜けないものの、それでも顔立ちの良さが際立つ美少女に成長していた。


「久しぶり、長旅お疲れ様」

 

 こっちも笑顔を作って、緊張を微塵も見せずにフレンドリーに応える。

 久しぶり、だけだとそのまま昔話に繋がってしまいそうだから気遣う素振りを見せつつ話題を誘導する事も忘れない。


「重いでしょ、持つよ。そのトランク」

「え~、悪いよ~」

「いいから、ほら。貸して」

「じゃあ、お願いしようかな」


 少し躊躇いがちな莉愛から受け取ると、じゃあ行こうか、とそのまま歩き始めた。


 さて、久しぶりに会った男女。困るのが呼び方だ。

 昔はリアちゃん、マコくんと呼び合う仲ではあったが高校生にもなってちゃん付けはないし、マコくん呼ばわりされるのも恥ずかしい。

 かと言って苗字で呼び合うのもどこかよそよそしいし……。


「にしても、マコくん雰囲気変わったよね」


 あ……そういうの気にならないタイプなのか……。

 いちいち迷ってたのがバカらしくなるじゃないか。

 ならこっちも気にしないスタンスでいいか。


「そういう莉愛こそ大分背が伸びたんじゃないのか?」


 記憶にある限りでは莉愛は背の順だと結構前の方だった気がするが、大分背が伸びている。

 ちょうど身長170cmになった俺の目の高さくらいまでの身長があるから、おそらく160cmは超えているだろう。


 ただ背が高いだけではなく、細身のジーンズがこれでもかと足の長さと細さを際立たせているし、Tシャツの胸部にあるロゴもしっかりとした凹凸によって歪みが出来ている。


 なんというか……目に毒だ。


「そうだ、昼飯ってもう食べた?」

「ううん、まだだよ。機内食で食べたっきり」

「ならコンビニでも寄ってく?」

「ううん、荷物持ったままだと大変でしょ? 後で一人で買いに行くよ」


 よし、一瞬見た目の変化の話題から昔話に繋がりそうになったけど、何とか話題を方向転換できた。

 ふふふ、ここまではほとんど俺の想定内だ。当然回答は用意してある。


「なら何か作ろうか? 荷物とか色々あるだろうし忙しいでしょ?」

「え⁉ マコくん料理とかできるの?」


 驚いたように大きな二重の(まぶた)が見開かれる。化粧気が全くないのに目の大きさが際立っているのが分かる。


「ここ半年一人だったから。でも、あんまり難しいのは作れないけど」

「それでもすごいよ~。私目玉焼きも満足に作れないのに」

「どうやったら失敗するのか気になるんだけど……?」

「なんかね……気づいたら焦げてるんだよ」

「なるほど……?」


 にしても随分と自然体だな……? 

 もっと緊張して会話が続かないだろうと思って会話デッキをかなりの数用意していたのに、この分だと会話が途切れる事も無さそうだ。


 いやこっちとしては、会話の主導権が握れない分話題がどう転がるか計算できないっていう怖さがあるからどっちがいいってわけでもないんだけど。


 ズッシリとしたスーツケースを引きながら他愛ない会話に終始させつつ家路につく。

 運動は得意ではないが、この程度だったら支障ない程度には鍛えてある。

 全然重くなんて……ないし……と強がっているが、どうにも重い。


 何が入ってるんだこれ?

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