第18話 本当の気持ちは溢れて来るらしい
ずんずんと先を行く舞衣に引っ張られるようにして、衣料量販店が数多くあるフロアへとやってきた。
にしてもとにかく人が多い。
家族連れ、カップル、俺たちと同じような学生の集団。
食事をしたばかりということもあって、人混みに酔いそうになる。
「さて、まずどっちから着せ替え人形にし・よ・う・か・な、と」
「もう舞衣の欲望駄々洩れじゃないか」
「いやいや、人は誰しもオシャレに目覚めたがってるの。機会がないだけでね。私は今日その扉を開いてあげようってだけなんだから」
「女の子はみんな魔法少女に憧れてる……みたいな感じかな?」
「それはちょっと違う気もするんだが……」
深刻なツッコミ不足。
一刻も早く他のツッコミ役が登場してくれないと俺の胃に穴が開きそうだ。
「じゃあ最初は莉愛の服から見ていこっか」
「うん! 舞衣、よろしくね」
「まっかせなさーい!」
そう言った舞衣が意気揚々と向かったのは最大手の衣料量販店、ウニクロだった。
「舞衣、本当にここで合ってるのか?」
「ん? もちろんだよ」
「なんて言うか……意外だな。舞衣が紹介するって言うくらいだからセレクトショップみたいな知る人ぞ知る、みたいな感じのブランドかと思ったんだが」
そう、実際にもっとオシャレーな感じで入った瞬間に店員が「何かお探しですか~」って声をかけてくるタイプの店かと思っていた。
声かけられた時ってどうするのが正解なんだろうな、あれ。
無下に断るのもなんか後味悪くて嫌だし、いざ話したらあれやこれやと獲物が網にかかったぞ、みたいな勢いでオススメしてくるし。
「そういう店はそういう店の良さがあるんだけどね~。でもやっぱり手ごろな値段で定番のアイテム抑えたいなら量販店一択っしょ」
「さすが先生。詳しいな」
「まーね~。任せなさーい」
上機嫌になった舞衣が、あれこれと手あたり次第に服をカゴに放り込んでいる。
そんな大量に入れてどうするんだ……全部買ったら一万円じゃきかないぞ?
「よし……こんなもんかな。それじゃ、試着しよっか」
「え? 舞衣、これ全部?」
「もちろん。私の頭の中では全部莉愛ちゃんにピッタリ似合うはずなんだけど~、やっぱ着てみないと分からないことってあるじゃん?」
「にしてもこれ全部って……迷惑じゃないか?」
「気にし過ぎだって~。私一人でこの倍くらい試着して、納得いかなかったら何も買わないこともあったし。まあ、さすがにその時はちょっと申し訳なかったけど……」
「それは何と言うか……すごいな」
「まあそういうわけだから気にしない気にしない」
若干躊躇いながらも舞衣に押された莉愛は試着室に入っていった。
カーテン一枚先で莉愛が着替えているのかと思うと少し気まずい。
だから俺は舞衣と話すことで、意識を逸らそうと考えた。
「それにしてもどんな服を選んだんだ?」
「見てからのお楽しみって言いたいところだけど……我慢できないから語らせて!」
「お……おう」
ぐいっと身を乗り出してきた舞衣の勢いに思わずよろめいてしまう。
近づいた顔を見るともうちょっとも我慢できないといった様子で、目を輝かせながらうずうずとしている。
本当にファッションのことが好きなんだな、と誰が見ても分かるだろう。
いい友人を持ったものだと俺は改めて思った。
「まず、莉愛ちゃんってカワイイけど服装はボーイッシュじゃん? だからすごいガーリーな服をみたいなーって思って、そういう感じの服を選んでみたんだよね」
「一応面接用ってことなんだが……」
「まあそっちは私の趣味だからいいとして、本命はその面接用の服装だよ」
「趣味なのかよ結局」
苦笑交じりで答える。
「まあでも面接用っていってもちょっとフォーマルよりの普段使いできるやつだよ。面接とかでしか着ないなんてもったいないもんね」
「いや本当に色々考えててすごいな莉愛は」
「えへへ、もっと褒めてくれてもいいよ~?」
上機嫌な舞衣はVサインを掲げて応えてみせた。
こういう所で変に謙遜しないところも舞衣の美徳と言えるだろう。
変な空気にならないから、褒め甲斐がある。
ちょうどその時、遠慮がちに試着室のカーテンがゆっくりと開いた。
少し恥ずかしそうな様子の莉愛が顔だけをひょっこりと覗かせている。
「あ、莉愛ちゃん着替え終わった?」
「うん……けど」
「だったら早く見せてって」
「あ……ちょっとダメ。カーテン引っ張らないで!」
まだ決心がつかないのか莉愛はカーテンを開けるのを渋っている。
それでもようやく決心がついたようで、おずおずと、おそるおそるとカーテンが開かれた。
おぉ、とあちらこちらから漏れ出た感嘆の声が聴こえてくる。
ここでもいつの間にか周囲の注目を集めていたようだ。
俺も同じくはっと息を飲み込んで、時間を奪われたかのような感覚に陥った。
どう? と試着室から現れたのはネイビーブルーのワンピースを清楚に揺らし、大人びた印象を与えるグレーのジャケットを着て一気に大人びた莉愛だった。
ナチュラルメイクと合わせてとても十六歳とは思えない大人の色香を放ち、どこか気品すら感じる。
久しぶりに再会した時のあの、純朴さと幼さの残る姿とは似ても似つかない。
もはや雰囲気からして別人に見える。
莉愛の言葉を借りるならそれは正に『変身』というにふさわしかった。
「いい! めっちゃいい! 私が見立て以上に似合ってる」
「ほんと?」
「ほんとだって、ほら、ちょっと回ってみせてよ」
「え……うん」
莉愛は舞衣の言われるがまま、その場でくるりと一回転したり、色んなポーズを取らされている。
莉愛も莉愛で段々乗り気になってきたのか最後の方は自分からポーズを取るようになっていた。
ちなみにそのポーズはラリコたんのポーズの真似らしい。
こんな時でもブレないのはすごいと思う。
「いや~、うちこういう服着ないから新鮮だわ~」
「着ないのか? こういう清楚系の服は舞衣によく合いそうな気がするんだけど」
「まあ、黙ってれば似合うかもしれないんだけどさ、私って性格こんなじゃん? だから莉愛ちゃんの着てる服みたいにカワイイ感じの服着たらギャップエグくてびっくりさせちゃうかもーって思うとさ、どうしてもね~」
「そういうもんなのか……? にわかの意見だけどさ、こういうのって着たい服を着るのが一番いいんじゃないか? 少なくとも俺は引いたりしないぞ」
莉愛の服を選んでいた時のあの目、あれが百パーセント他人のためだけに選んだとはとても思えなかった。
きっと自分が着た場合はこうなるんだって思いながら選んだんじゃないか、と俺は何となく感じていた。
普段から自分の本当の気持ちを隠して、どう見られたいかばかり気にして振る舞っている分、その手の感情を敏感に察知できたのかもしれない。
少なくとも、莉愛のしている格好に憧れの片鱗が映ったような気がしていた。
「あはは~……そうかも。実はちょっと憧れてたりするのかもね。自分でも今初めて気づいたんだけど」
「本当にしたいって思ってるからこそ、溢れてきてたのかもな」
その気持ちを隠せるかは日頃から訓練していないと難しいのだろう。
「──誠ってさ、無駄に鋭いよね」
「無駄に、とは何だ。細かい変化に気付ける好青年と言ってくれ」
「何それ、自分で言うのだっさ」
舞衣は俺の冗談を鼻で笑い飛ばした。
それが照れ隠しだというのは、多分感情の機微に鈍い人でも分かっただろう。
「まあ次は誠の番だからね。罰として誠が本当はどんな格好したがってるのか、丸裸にしてやるんだから」
「おう、やってみろ。ちょっとやそっとじゃ気付かせないからな」
莉愛の即興ファッションショーが終わった後、本当にこれでもかというくらい色んな服を着させられた。
まるで本当の着せ替え人形かのように、やいのやいの言われながら……。