第17話 別に間に挟まろうってわけじゃない
フードコートでも莉愛と舞衣は相変わらず周囲の視線を独占していた。
二度見したあげくに箸でつまんでいた食べ物を落とす、という漫画みたいな反応をするくらいに見惚れていた人もいた。
気にしてないのか、気にならないのか、はたまた視線に気が付いていないのか、莉愛も舞衣にも変わった様子はなかった。
そんな自然にリラックスしてかき氷に舌鼓を打つ二人とは対照的に、俺は周囲からの羨望と憎悪が入り混じったような視線に若干の居心地の悪さを感じていた。
背中に冷たい汗がつーっと何度か流れた気がするのは気のせいではないと思う。
「ねえねえ、せっかくだからそっちのも食べてみていい?」
「ああ、いいぞ。ほら」
「サンキュ! あ、うちのも食べてみてよ。めっちゃ美味しいからこれ」
「あ、じゃあ私も! せっかくだからシェアしよ」
「は~、莉愛ちゃんってば天才! 私ちょっと小皿貰ってこようかな」
ジーーーーーー。
刺すような視線がより強くなる。
特に同性からの視線が痛い。
はじめは遠くから二人に見惚れているせいで、俺の存在に気付かなかっただけかもしれない。
ようやく落ち着いて、それでようやくオマケの様に何故かその間に紛れ込んでいる俺を検知した、と。
多分そういう感じなのだろう。
俺は視線に敏感だ。
自分の行動が、自分の意図した通りのイメージを与えているかを常に意識している俺は必然的に相手の視線に対して敏感になっていった。
それはスイッチがあってオンオフにできるようなものではなく、常につきっぱなしのパッシブスキル(常時発動型スキル)みたいなものだ。
普段はとても役に立っているのだが、今日ばかりは逆効果なようだ。
胃がキリキリと悲鳴を上げている。
これはきっと冷たいものを食べているからではないだろう。
「ほら、誠。あーん」
舞衣が自分のスプーンを突き出してくる。
もしかしてわざとやってるんだろうか?
これで俺が呪殺されたら未必の故意とかで立件されてもおかしくないぞ。
「ふざけるのも大概にな、舞衣。真似しようとしてる奴が若干一名いるから」
「え? なんで分かったの!? マコくんエスパー?」
「そりゃそんなうずうずしてたら分かるっての」
あかん。
マジで視線の尖り方がシャレにならないレベルにまできてる。
「ちぇー、誠のいくじなし~」
「それで文句を言われるのは甚だ心外なんだが……」
「ほら莉愛ちゃん。こんな草食系は置いといてうちらで食べ合いっこしよっか」
「え~、やっぱりこんな人がいっぱいいるところでするのは恥ずかしいかも」
「いいのいいの、女の子同士なら問題なし」
あ、視線が急によくやったぞお前、みたいな感じで優しくなった。
これには過激派たちもニッコリってやつか。
もしかして皆さんそっちの気がおありの方々でした?
……というか舞衣、異性の間なら問題があることちゃんと理解してるんじゃないか。
俺をからかうためにわざとはめようとしやがったな。
かき氷を食べて良くも悪くも涼んだ俺たちは、この後の予定について話始めた。
「このあとなんだけどさ~、せっかくだから服も見ていこうよ」
「ほんと? 私全然分からないから舞衣に色々教えてほしいな」
「ま・か・せ・て!」
「ありがとう、舞衣!」
メイクと元の雰囲気のせいで大人びて見えがちだったが、こうして手を取り合ってキャッキャとはしゃぐ姿には年相応の幼さが垣間見える。
にしても……波長は合うと思ってはいたけど、莉愛と舞衣、今日が初対面とは思えない馴染っぷりだな。
舞衣の壁を作らせない距離の詰め方と、そもそも壁があるかどうか分からない莉愛。
思った以上に相性がよかったようだ。
このテンションに馴染めるなら、カフェ・シエルに来たとしても上手くやっていけそうだな。
「それで、莉愛ちゃんはどんな服が欲しいんだっけ。今のでも十分カワイイとは思うんだけど」
「ん~とね。バイトの面接用の服が欲しいんだ。私、舞衣みたいにオシャレな服全然持ってないし、そもそもどんな服がいいのかも分からないから」
「あ、そっか。面接用ね~。だとしたらぁ……」
スッと舞衣の表情が真剣なものへと変わる。
オシャレへの妥協の無さが見えるようだった。
何やらぶつくさ呟いたのちに、うんと頷いた。
どうやら方針が定まったらしい。
「あの店長のことだから、そこまでTPOから外れてなければ大丈夫だと思うけど……せっかくだしちょっとフォーマルよりな感じのコーデしてみる?」
「私が? う~ん、そういうの気慣れてないから似合うかな。服に着られそう」
「大丈夫だって。こんなに素材がいいんだからむしろ服の方こそ莉愛ちゃんに着られて光栄って思うべきっしょ」
「どんな理論だよそれ……」
独特な舞衣の表現にツッコミを入れると、
「あ、そうそう。かき氷奢ってもらったお礼に誠のも見てあげるから」
「え、俺もか?」
「誠はさぁ……前々から思ってたんだけどツボは抑えてるんだけど、冒険心が足りないっていうか……オシャレへの向上心がないっていうか……」
「自覚はあるけどさ、散々な言い方だな」
完全に図星を突かれて何も言い返せなかった。
俺は、服装はあくまでマイナスの印象を与えなければいいと考えている。
舞衣の指摘はもっともなものだった。
「だから一回いい感じに弄り倒してみたかったんだよねぇ」
「なんかオモチャにされそうな気がするんだが……」
「まあ当たらずも遠からずって感じかな。メンズ物は着る機会ないし、色々試してみたいアイデアがあるからさ」
舞衣がニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
ろくでもないことを考えているに違いない。
「要するに着せ替え人形になれ、と」
「ぶっちゃければそうかも。なんていうかさ、誠って理想的なんだよね。ちょっと細身なだけで癖のない体型してるし、割と何でも似合いそうだし」
「なんかあまり嬉しくない褒められ方だな。つまりは特徴が無いってことだろ」
俺は驚くほどに身長も体格も平均的だ。
骨格の造りからしてもうモブなのだ。
育成で取り繕っても、基礎スペックばかりはどうしようもない。
「いやいや、ファッションにおいて癖がないのは超重要よ。私とか見た目大人しくて清楚に見えるからパンクなファッションとかあんまり似合わないし」
「うわ自分で清楚って言ったよこいつ」
「中身が違うのは自覚済みですー」
口をイーっとしながら、煽るような口調で言った舞衣が、
「つまり癖が無いってのは可能性の塊ってことなの。というわけで二人とも私の着せ替え人形にしてあげるから、覚悟してなさい!」
頼もしいような……どこか怖いような。
あれこれ考えながら、物思いにふける舞衣を見てそう思った。