第16話 変身するみたいなものらしい
莉愛と舞衣が化粧直しから戻ってきたのは、俺がちょうど何分くらいかかるもんなのか聞いておけばよかったな、と少し手持ち無沙汰になりだした所だった。
「おっまたせ~」
「ごめんね、マコくん。ちょっと時間かかっちゃった」
「いや別にそれはいいんだが……」
と目を上げたところで俺は言葉を詰まらせてしまった。
化粧をしたところでそんなに変わるものかと、若干の疑念はあったが見た瞬間に納得した。
印象が、纏う雰囲気が全く異なって見えた。
「ほらほら、誠~。ここは男としてビシっといい感じの感想を言うところだよ?」
「いや、なんていうかその……驚いた?」
「何それつまんなーい。せっかく気合い入れてメイクしてみたのに~」
一応本音ではあったのだが、俺の必死に動揺を抑えた反応は舞衣の望むものではなかったらしい。
口を尖らせて文句を言ってきた。
「う~、やっぱりちょっと……恥ずかしいかも」
照れたように笑う莉愛の頬はチークで薄っすらとピンクに染まっている。
「……私じゃないみたい、変じゃないかな~」
「そんなことないって~、ぜっったいに合ってるから!」
舞衣の腕がいいのか、莉愛の元々が良かったのか。多分どっちもなんだろう。
元の整っているものの純朴でどこか垢抜けない印象のあった莉愛の面影はどこかに消え、陰影のハッキリとしたメイクによって、洗練され大人びた色香を放つ女性がそこにはいた。
周囲の視線が一段と莉愛に集まるのを感じる。
場所が場所ということもあってなのだが、特に同性からの羨望が入り混じったような視線が目立った。
「なんかね、変身したみたいな感じがする」
「変身って……あははは! いや~莉愛ちゃんの表現マジつぼだわ~」
出来栄えに満足したのか舞衣は腕を組んでうんうんと頷きながら笑っている。
「ありがとね、舞衣」
「いいのいいの、私もやってて面白かったから」
手を合わせてきゃっきゃと喜び合うさまは何とも微笑ましくて、目を離し難かった。
突然舞衣が視線を俺の方にぐるんと向けた。
一瞬小難しそうな顔をしたあと、すぐにニタァとした粘度の高い笑みへ溶けるように表情を変えた。
ロクな事を考えてないな、とは思って
「な、なんだよ」
と尋ねてみれば、
「それじゃ、落ち着いたところで誠、もう一回、面と向かって! 感想をどうぞ?」
「え!?」
こいつ……完全に調子に乗ってやがるな。
さすがにこれ以上は動揺を押さえつけることは難しい。
何とかして話を逸らしたいのだが……
当の莉愛が、若干縋るような、俺の言葉を待ち兼ねているような上目遣いで見てくるものだから、逃げ場は存在しない。
即ち負けイベである。
勝ち目がないながらも、狼狽を表に出してなるものかと必死に抑えつつ、感想を口にした。
「すごくよく……似合ってる」
「えへへ……嬉しい」
どこのバカップルだよ、みたいな初々しい姿を見せてしまった。
こんなの俺の作り上げてきた【生田誠】のイメージにそぐわない……。
本当ならもっとスマートに、サラッと褒めてみせるはずだったのに!
「──ごちそうさま」
手をすり合わせながら舞衣は悪戯な笑みを浮かべている。
いい感じに振り回してくれやがって……。
俺は舞衣から次回バイトのシフトを変わってくれと言われた時に、絶対応じてやらないと心に決めた。
困ったとしても因果応報というものだ。
慈悲は……ない。
※※※
散々俺と莉愛を交互にからかった舞衣がようやく満足したのか、両手を組んでう~んと大きく伸びをした。
どうやら飽きてくれたらしい。
精神がすり減らされるような疲労を感じて俺もつられて大きく息を吐いた。
「あー、なんかめっちゃ満足したわ~」
「そらあんだけ好き放題やってくれたからな。おかげで滅茶苦茶目立ってたぞ」
「それは莉愛が綺麗なのが悪いんだって! うち悪くないもーん」
「え? 私?」
邪魔にならないように壁際できゃいきゃいしていたはずなのに、いつの間にかそこにステージがあるかのような目立ち方をしていた。
ようやく冷静になった舞衣も、やりすぎたか……と少し現状の異常さに気が付いたようで俺たちはそそくさとその場を後にした。
相変わらず……いや来た時以上に視線を集めながらショッピングモールの中を当てもなく歩いていく。
「ってうわ、もうこんな時間経ってるじゃん」
「もう十四時前だな。とっくに昼時は過ぎてるよ」
「夢中になってると時間って経つの早いもんね」
「あ~、なんか気づいたら少しお腹空いてきたかも」
「ならこのまま一旦昼飯でも食べながら休憩するか? そういやずっと立ちっぱなしだったよな」
「さんせー」
過度な精神への負荷であまり空腹を感じていないが、一度どこかで腰を落ち着けたい気持ちの方が強かった。
「ねーどこで食べる?」
「俺は何でもいいけど……莉愛はどうだ?」
「ん~、私も特別これっていうのはないかな」
「なら舞衣はどうだ?」
「ん~、どうしよっかな~。実はさっき自分のコスメも買っちゃってお金がヤバいんだよねぇ」
そういう舞衣の手にはいつの間に買ったのか莉愛と同じ紙袋が握られている。
お金がヤバいって、まだバイト代出てから半月だろ……
若干呆れながらも俺は元から考えて来ていた提案を口にした。
「お金のことなら今日は気にしないでいいよ。付き合ってくれたお礼、千円までなら奢るぞ」「マジ? いいの?」
「ああ、マジだ」
「やっふ~、誠の太っ腹~」
そう言って舞衣は俺の腹をポンと叩いた。
「あら、意外と硬い」
「感想を言うな、余計なお世話だ」
運動神経はないが、運動音痴なのは【生田誠】のイメージにそぐわないので、毎日欠かさず筋トレは行っているのだ。
六つに割れてこそいないが、それなりの硬度は有している。
「それで? 舞衣は何が食べたいんだ?」
「あ~……食べたいのはあるんだけど……ちょっと食事にしては……って感じでさ」
「何だそれ?」
「スイーツもありだったりする?」
おずおずと舞衣は聞いてきた。
どうやらお目当ての品があるらしい。
「昼からスイーツねえ……俺は全然いけるけど、莉愛はどうだ」
「いいね、なんか贅沢な感じする」
莉愛も乗り気なようだ。
なら決まりだな。
「それで、食べたいのって何なんだ?」
「ここにさ、有名なかき氷店入ってるの知ってる? よかったらそこで食べたいなーなんて。ほら! 今日暑いしさ!」
「かき氷!? ちょうど私も食べたかったんだ」
「そういやここに来る時にかき氷食べたいなって話したっけか」
確かに今日は暑いし絶好のかき氷日和である。
「ねね、じゃあ誠。そこでいい?」
「ああ、いいぞ」
「やった! ゴチになります!」
目的地が決まって、早足になった二人に置いて行かれないように続いて、かき氷専門店のあるフードコートへと向かった。