第15話 メイクには金がかかる
こういった大型のショッピングモールに来た時、人は大きく二通りに分かれる。
予め行きそうな店に目星をつけて効率的に回るか、とりあえず歩き回って気になった店に入るか、の二通りだ。
常日頃から時間を何よりも大事にしている俺は当然前者だ。
今日も予めショッピングモール内に入っている店舗のリサーチは大方しておいてある。
タイムスケジュールも何となく組んでおいた。
シュミレーションは完璧だ。
そして……この用意が尽く無駄になるだろう、ということも予想通りだった。
あっという間に意気投合した莉愛と舞衣の買い物の仕方は完全に後者だった。
ショッピングモールに入るや否や、入り口近くのフルーツジュース専門店に目を奪われ、そのまた奥にある衣料量販店にフラフラと立ち寄って……。
楽しそうにきゃっきゃと笑い合っている。
今日の俺は最初から立会人のつもりで来たので、無理に会話に入って話を途切れさせることなく半歩後ろをついて行くことにした。
「へ~、莉愛ちゃんってアメリカに住んでたの? てことは英語とか喋れる感じ?」
「あ~、うん。そのせいで日本語がちょっと怪しくなったりしちゃってるんだけど」
「バイリンガルってやつじゃん! 憧れるわ~」
会話は一向に途切れる気配はない。
さて、夏休み最後の週末。若い女性に人気のスポット。
ゴキブリのように湧いて現れるのはナンパである。
夏休みの間に何の戦果も挙げられず焦っているのか、どこか血走ったような目で周囲に好色な視線を振りまく連中も少なくはない。
一見して美少女と分かる莉愛と舞衣のことだ。当然彼らのターゲットになる。
しかし、それを許さないのも今日の俺の役目だ。
……ガルルルルル
肉食動物が縄張りを主張するかの如く、的確に相手を睨みつけて牽制する。
「え? しかも今誠と二人で住んでるの?」
「うん、そうなの」
「それって……大丈夫なの? 色々と……」
「大丈夫、なのかな? 私は料理とかできないからマコくんに頼りっぱなしだけど」
「その分ゴミ捨てとか手伝ってもらってるからお互いさまだろ?」
「あの……そういうことじゃなくてさ……ん~、これ以上は無粋かぁ」
時 にはさりげなく会話に混ざって女子だけじゃなくて、男もいるんだぞというアピールをして、ナンパを未然に防ぐことに成功した。
ラブコメでありがちなのは、ナンパされているヒロインを
──こいつ、俺の連れなんで。
とか言って助け出すシーンだが、俺の目の黒いうちはそんな偶発的で想定の容易いイベントは決して起こさせやしない。
結局一組のナンパも許すことなく、目的地である化粧品メーカーが軒を連ねるショッピングモール内の一角へと到着した。
「さて、それじゃあ舞衣先生によるメイク講座初級編のお時間でーす」
「はい! 先生!」
ハイテンションのまま、舞衣の講義がスタートした。
正直俺はいてもいなくても変わらないんじゃないかと思いつつも、自分の知識が偏っていることを自覚しているので、一応真剣に聞いてみることにした。
「まずメイクで一番大事なのは……お金、なんだよねぇ……」
「いきなり身も蓋もないな」
「いや実際メイクって使おうと思ったらいくらでもお金使えるんだからね? 男子諸君はその辺わきまえて欲しいんですけど!」
「お……おう。なんかすまん」
あれ、これ俺が悪かったのか?
勢いに押されてとりあえず謝ってしまったが、大分理不尽な怒られ方をしたような気がする。
「それで、莉愛ちゃん今日のメイクは……下地にファンデとリップだけ……かな あとビューラーも当ててる? いや、これは地っぽさあるなぁ……うらやま」
「うん、そのビューラー? っていうのは分からないけど、ファンデはつけてあるよ」
「ぶっちゃけ学校行くときならそれだけでも十分いいと思うんだけど……ってそっちの学校はメイクオッケーな感じ?」
唐突に質問が飛んできてビクっとなってしまう。
授業中に突然先生にあてられた時みたいだ。
「一応ダメとは言われてないな。それこそ今流行りの韓流アイドルみたいにガッツリハッキリ盛るとかそんなんじゃなければ一応黙認はされてる感じかな」
「オッケーオッケー。だったら問題なさそうな感じかな」
「すごいね舞衣、なんか本当に先生みたい」
「え~、何か面と向かって言われたら照れるんですけど」
嬉し恥ずかしといった感じの舞衣は、褒められて少し赤くなった頬を両手で覆って隠した。
「で……何だっけ? そうそうお金の話だった! 莉愛ちゃん多分そんなメイク用品持ってない感じ?」
「うん……それとお金もなくて……だからバイト始めたいんだ」
「分かる、分かるよその気持ち! 私も先月使いすぎて今ヤバいし」
同じような感じに言ってるけど多分全然事情は違うからな。
舞衣はどんだけ服の種類あるんだよってくらい毎回毎回バイトに違う服を着て来ている。
恐らく服にバイト代の大半をつぎ込んでいるんだろう。
人のことは言えないが……貯金した方がいいんじゃないのか?
「で、そんな悩める女子高生の頼もしい味方がこちら! 100均コスメです!」
「お~、今度は通販の番組みたい」
そう言って舞衣が指さしたのはとある化粧品店の一角。
確かに100均コスメ、と大々的にポップが貼ってある。
何人もの人が物色しているし、確かに人気なのだろう。
「私もメインのアイテム以外は大体100均コスメで揃えてあるし、使い心地はお墨付きよ」
「凄い……これなら私でも手が出せそう」
「だしょ? マジでお世話になってるからこれ」
「でも……種類多すぎてどれがどれだか分かんなくなっちゃうね」
俺も莉愛も馴染のないカタカナの羅列に既に目が回りそうになっていた。
ここだけで何十種類あるんだこれ……?
「で、確か莉愛ちゃんはうちのバイトの面接用にメイク道具揃えたいんだよね?」
「うん、そうなの! やっぱりこの辺の全部覚えなきゃ難しいかな?」
「ぜんっぜんそんなことないから! 莉愛ちゃんは素がいいから……多分数個抑えとけば面接とかも余裕っしょ」
そう言って舞衣は必要になる道具を一つ一つ丁寧に説明を始めてくれた。
どうやら、莉愛は元の透明感を活かしたナチュラルメイクが似合いそうだから、普段使いも考えるとそんなに多くの数は必要ないらしい。
「──って感じだから、私がオススメするとしたら透明感重視のフェイスパウダーと、マスカラとかアイシャドウとか、目の周りのアイテムと、チークくらいかな。それだけあれば、普通に使うのは十分だと思うよ」
「でも目の周りメイクするのって何か怖いかも。なんか手元狂いそう」
「あ、じゃあこれ買ったらお手洗いでちょっと試してみる?」
「いいの?」
「任せて、私妹を実験台にしてるから人にするのも得意なんだ」
「じゃあお願いしようかな」
「あ……でもその間はマコくん……」
「俺のことは気にしないでいいよ。そこで待ってるから」
正直この展開は予想してたから、別に躊躇う必要もない。
今日の俺は付き添いみたいなものなんだから。
それに……周囲がほとんど女性だらけで若干息が詰まりそうになってから少し退散したい。
独特の空気感があるんだな、って思うのは多分俺の気にし過ぎではないと思う。
結局莉愛は、舞衣に勧められるまま何点かのアイテムを購入した。
この分だと舞衣は良い店員になりそうだな……。
「それじゃ、莉愛ちゃん借りてくね~」
「いってらー」
「じゃあちょっと行ってくるね、マコくん」
手に入れたばかりのオモチャを抱える子供みたいに、莉愛はそっと紙袋を抱えながら舞衣と二人でお手洗いの方へ軽い足取りで向かって行った。
……そういえば、メイクって何分くらいかかるものなんだ?
聞けばよかったと思った頃には既に舞衣と莉愛の姿は見えなくなっていた