第13話 暑い日の氷菓子は格別だ
八月末だというのに、うだる様な暑さだ。
纏わりつくような熱気は、夏の終わりを一向に感じさせてくれない。
そんな猛暑の中だから俺と莉愛の足取りも自然と重くなっていった。
「やっぱりこの暑さは慣れないな~」
「こんな日は冷たいものとかが食べたくなるよな」
「そうそう! アイスクリームとかじゃなくてさ。かき氷、とか棒つきのジャリジャリくんとかそんな感じのやつがいい」
「なら朗報だ。今日行くショッピングモールの中にはかき氷の専門店が入ってるぞ」
「かき氷の専門店……? お祭りの屋台みたいなやつじゃなくて?」
『かき氷』と『専門店』の言葉の組み合わせがあまりピンと来ていないのか莉愛は小首を傾げた。
そのこめかみから首筋につーっと一筋の汗が流れた。
歩き始めて五分と発っていないのに俺も既に全身から汗が吹き出しそうになっている。
そんな状況だからか自然と冷たいものについての話は弾んだ。
「増えたのはここ数年だから知らなくても無理はないかもな。いわゆる屋台のかき氷の違って、果肉が入ってたり、シロップっていうよりソースみたいなのがかかっててさ。一種のスイーツみたいな感じになってるんだ」
「よくわからないけどぜっっつたい美味しいやつだ~」
莉愛は目を細めて恍惚の表情を浮かべ、ゴクリと喉を鳴らした。
口元は緩み、よだれが垂れるんじゃないかと心配になる。
「頭がキーーーンってなるくらいまで一気に食べたいなぁ……」
「使ってる氷にもよるらしいけど、天然の氷で作ったかき氷は食べても頭が痛くならないらしいぞ」
「それってかき氷なの?」
「う~ん……確かに。頭が痛くなるのがかき氷の醍醐味まであるからな」
かき氷だから頭が痛くなるのか、頭が痛くなるからかき氷なのか。
何だか随分と哲学的だな。
俺はその頭が痛くならないかき氷とやらを食べたことがないから分からないが、常識が覆されるほどの衝撃があるんだろうか……?
「あ~もう、そんな話ばっかりするから。口の中がかき氷の気分になっちゃったよ」
「なら、買い物が終わったら食べに行こうか。俺も自分で話振っておいて食べたくなってきたし」
「さんせーい!」
その後も冷たいものについての談義は駅に到着するまで尽きることは無かった。
※ ※ ※
夏休み最後の週末ということもあってか、駅周辺にはいつも以上の人出で溢れていた。
この分だとカフェ・シエルも相当に混雑しているのだろう。
今日は確か怜央がシフトに入っていたはずだ……ご愁傷様。
あの完璧イケメンがあたふたと忙しく接客に追われている様を想像してみたが……汗をかいて働く姿でさえ爽やかなんだろうな、と思うと何だかちょっと理不尽だ。
「電車がくるまではもうちょっと時間がありそうだな……」
時計を確認した所、次の電車が来るまではあと五分くらい時間がある。
駅のホームでじっと待つには少々辛い長さだ。そのため俺と莉愛は駅構内で電車を待つ事にした。
考えていることは皆同じなのか、ホームはガラガラなのに駅構内の改札付近はいつにも増して混みあっている。
この分だと人の熱気で、ホームにいるのと大差はないのかもしれない。
それでもジメっとした熱風を浴びないだけマシかと思って、柱の近くで一休みにすることにした。
「うわ、止まった瞬間に汗が一気に出てきちゃった」
汗で服が貼りついて気持ち悪いのか、莉愛は服をつまんではパッと離して風を送っている。
見かねた俺はバッグから制汗シートを取り出した。
「男物でよかったら使うか?」
「え、いいの?」
「無駄にたくさん入ってるから気にしないでいいって」
夏場の体育終わりに持っていると感謝されるアイテムランキング一位の制汗シートである。
ミニサイズのもあるにはあるが、何で制汗シートって大容量がデフォルトなんだろうか?
使っても使っても使い切れず、夏休み前に買ったものが未だに余っている。
「あ~、めっちゃスーッてする」
制汗シートを首筋にあてた莉愛が気持ちよさそうに、はぁ、と息を漏らした。
その姿はどこか扇情的で、目を逸らし難い色香を放っていた。
視線が一気に集まるのを感じる。
俺は荷物を取るフリをして、さりげなく柱と莉愛の間に入りその視線をシャットアウトしようと試みる。
それでも尚、向けられる視線の数は大きくは変わらなかったが、莉愛の姿を隠すことはできているはずだ。
この手の視線には俺は慣れていた。対策はある程度心得ている。
より正確に言えば、その視線を同行者に向けられるのは、と言った方がいいだろうか。
性別は違うが、怜央といる時にも度々同じ現象が起こる。
道行く人の視線を強引に引き寄せる暴力的なまでの魅力。それが今日の莉愛にはあった。
怜央もそうだが、何よりすごいのは異性のみならず同性の視線までもかっさらうことだ。
育成の甲斐あって、俺も稀にすれ違う人に二度見程度のチラ見をされることは増えてきたがガン見レベルで視線を強奪する吸引力はない。
──これもうメイクとかいらないんじゃないか?
と思いつつも、ちょうどやってきた電車に乗って待ち合わせ場所の隣町──急行で一駅先にあるショッピングモールへと向かった。




