第1話 人生とは育成ゲームだ
Q:育成ゲームってなんぞ?
A:今流行りのウ●娘やシャ●マスみたいなやつです。
限られた時間やリソースの中でどこまでキャラを強く育成できるか、を楽しむゲームです。
人生は理不尽ではあるがクソゲーではない。
そう思うコツは簡単。
まずは人生の主人公は自分だという考えを捨てる事だ。
大抵の人間は特別な使命なんて持っていないし、立ち向かう相手もいやしない。
人生はRPGではないのだ。
では何かと言われれば育成ゲームに近い。
与えられた環境の中で唯一平等な「時間」というリソースをどう振り分けるか、という事に楽しみさえ見出してしまえば、人生というゲームも悪い事ばかりではない。
残念ながら俺に与えられたキャラクター「生田誠」は特別な所のないパッとしないキャラだった。
ノーマルレア程度のキャラクターだったが、俺の高いプレイヤースキルのおかげで順風満帆な人生を送る事が出来ている。
嗚呼、素晴らしきかな人生。
──……ピンポーン
──という陶酔は、無機質な電子音によって強制的に引き戻された。
「はーい、ただいまお伺いいたします~!」
反射的にマニュアル通りのセリフを読み上げ、電光掲示板に示されている座席へと向かう。
木目調のシックな内装にジャズか何かのゆったりとして気取ったBGM。
少し暗めの店内は今日も空席がないほど賑わっている。
客層は若く女性が多い。
お察しの通り、ここは写真映えする事で話題のカフェ、カフェ・シエルである。
例に漏れず、注文客の頼んだものも写真映えするパンケーキセットだった。
写真目当てなのが分かっているから当然盛り付けにも神経を使うので、バイトの身としてはあまり注文してほしくない品だ。
腹の中に入れば全部同じだろうに……。
心の中で毒づきながら、キッチンの方に注文を伝え終わると声を掛けられた。
「またあのセット?」
振り返れば、そこにいたのはまごう事なき美少年。
均整の取れた顔立ちに明るい茶髪が良く似合う三苫怜央が、にこやかに近づいてきた。
同じくちょうど注文を取り終えたところらしい。
怜央は高校に入ってからの半年で急激に背も伸びて、美少年と美青年の狭間、幼さと色気が両立した奇跡みたいな奴だ。
その上基本的に人懐っこくて性格もいいとか、基礎ステータスさすがに高すぎないか?
多分生まれる瞬間にソシャゲで言う所の最高レアリティ確定演出とかが出たんだろうな。
ノーマルレアの俺とは大違いだ。
足が死ぬほど臭いとか、ドン引きするくらい性癖が歪んでるとか、そのくらいの欠点があって然るべきだと思う。
「もう作り置きしておいていいんじゃないか?」
「ダメだよ誠! せっかく来てくれたんだから」
「ですよねー。店長も基本テキトーだけど、その辺りはうるさいからな~」
怒涛の波状攻撃が続くカフェ戦線の最前線だが、注文を聞き終えてすぐと客の入れ替わりの時間帯だけは凪の様に忙しくない時間が生まれる。
高校の同じクラスという事もあって、こうした隙間の時間に怜央とはよく話すようになった。
というか怜央のコミュ力が凄すぎていつの間にか距離が縮まっていた。
これが本物の陽キャというやつか……。
毒にも薬にもならない話をしているとまた一人注文を聞き取り終えたスタッフがフロアに戻ってきた。
もちろん、顔見知りである。
艶のある濡れ髪が印象的で、一見清楚に見える廿楽舞衣だが、一度関わりを持てば誰も清楚なんて口にしなくなるだろう。
ウェイなギャルと街角でぶつかって中身が入れ替わったんじゃないかと思うくらいに見た目と中身が乖離している。
「あ~、マジたるいわ~。またナンパされたんだけど」
「どこの卓? 後は僕が対応するよ」
すかさずフォローに回る怜央、この間わずか0コンマ数秒。
脊髄反射でイケメンなのズルいでしょ。
「怜央くん助かるわ~。マジ感謝」
「いるよな~、ナンパ目当てで女子ウケ高い場所くる奴」
「マジそれな。盛り場かっての」
ケラケラと快活に笑いながら舞衣が自然に毒を吐くから、思わず卑屈な素が顔を覗かせてしまう。
注意しないと……もっとちゃんと【生田誠】のプレイヤーに徹しないと。
じゃないと、俺はここでは浮いてしまう。
──顔採用。
オシャレで人気なカフェではよくある事だ。
アルバイトの求人を出したら大量に人が来る中で何を基準に選ぶか。
やる気……あって当然だ。
シフトに入れる頻度……これまた大事だが、これだけでは不十分だ。
じゃあ何が必要なんだ、と問われれば、
顧客に不快感を与えない清潔感のある身だしなみができること──即ち見た目が重視される。
人気店でもあり、制服もイケてると評判のこの喫茶店でもおそらく顔採用がされている、と思う。
そんな店に何故ノーマルレアの俺が受かったのか。
それは自分の見た目に対して細心の注意を払って【生田誠】を雰囲気イケメンに育成したからだ。
おかげで人気店でバイトしているというステータス、怜央や舞衣の様な友人、ついでに自由に使えるお金を手にする事ができた。
ここで手に入れたリソースを使って、俺はまた「生田誠」というキャラを強く育成できる。
そのためだったら何重にだって猫を被って、プレイヤーに徹してみせると決めていた。
※ ※ ※
「それじゃ、誠! また来週!」
「あれ? 怜央はシフト増やしてないのか?」
ちょうど同じ時間までのシフトだった怜央と一緒に店を出た。
「うん、夏休みだけど……まあいいかなって。誠は?」
「俺は今日含めたら5連勤だな」
「え⁉ さすがに入れ過ぎなんじゃ……」
信じられない、と言った驚きを露わにした怜央の声は少し裏返っていた。
「夏休みの間に稼げるだけ稼いでおきたくてさ」
何をするにもお金は必要だ。
夏休みというボーナスステージを有効活用しないという手はない。
そのまま逆方向の駅の方に向かう怜央と別れて一人になると、ふとスマホにメールが来ている事に気が付いた。
SNS全盛期の時代に届くメールは俺の中では迷惑メールか、両親からだけだ。
八月の月初めだし仕送りの事かと思ったが、いつもの定型文じゃない。どうやら別件らしい。
一人暮らしも半年が経つと慣れてくるもので、今は一国一城の主の気分を味わえている。
とはいえまだ半年。
何かしら初見のイベントやタスクでもあるのかとメールに目を通せば……
『二学期から誠の幼馴染の莉愛ちゃんがそっちの高校に通う事になった。』
随分と懐かしい名前が出たものだ、
俺の黒歴史時代……小学生の頃に仲良くしていた夕陽莉愛が帰ってくるのか……。
確かアメリカかどこかに転校したんだったよな。
ってまだ続きがあるのか……
『そっちの家に住む事になったから、色々とよろしく頼むぞ』
……?
何かの間違いだよな?
いや間違いに決まっているまさかそんな事があるはずがない。
すぐさまもう少し詳しく教えてくれ、と返信した。
ちょうど手が空いていた様で電話がかかってきた。
「もしもし、これどういう事?」
「お~誠、元気してるか~?」
こちらの気も知らないで呑気なものである。
思わず苛立ってしまう。
「だ、か、ら! このメールの内容どういう事だよ?」
「どうも何もそのまんまだって。いやな、莉愛ちゃんは一人で日本に帰ってくるだろ?」
「だろ? ってそれ初めて知ったんだけど」
「それで、誠は一人暮らしで家には使ってない部屋もあるだろ?」
「いや確かにあるけど……」
嫌な予感が確信に変わりつつあった。
「だから──その部屋に莉愛ちゃんが住むことになったってわけ」
冗談じゃない。
俺が誰の目も気にせず俺でいられる唯一の場所が無くなってしまうじゃないか!
気分はさながら廃藩置県が決まった時の藩主みたいだ。
絶句する俺をよそに父親は続ける。
「誠も一人で寂しかっただろうから、ちょうどいいだろ?」
子の心親知らず。
「お盆辺りに着くらしいからよろしくな~」
「ちょ、待って! ……って切れたし」
かくして、一方的に、交通事故の様に、数年ぶりに再会する幼馴染と一つ屋根の下で生活する事が決定した。決定してしまった。
人生はクソゲーではない──と言ったが一つだけ注釈を入れさせてほしい。
この人生と言うゲームは──……初見殺しなイベントが多すぎる……




