待ち人
こんな夢を見た。
駅のホームにいる。
だだっ広い駅である。だが、娘が一人いるだけで、まるで人気がない。
ベンチに座った娘は、めかしこんだ顔をこわばらせ、古い懐中時計を握りしめている。視線は霧に包まれた線路の先へと向けられている。
もし、と声をかけると娘は線路を見据えたまま、何でしょうと答えた。
「待っているのかね」
「ええ」
「それは時計かね」
「ええ」
「止まっているね」
「ええ」
「自分で巻かないのかね」
娘は時計を見て、それからまた顔を上げ、少しばかり口元を綻ばせた。
「彼が巻いてくれるのです」
「約束したのかね」
「確かにしたんです」
「そうかい」
列車はまだ来ない。
「彼はいつ来るのかね」
「もうすぐです」
「君はいつからいるのかね」
「七年待ちました」
「確かに彼は来るのかね」
そう聞くと、娘は首を傾げて「さぁ」と曖昧な返事をよこした。
やがて、けたたましい警笛が響き渡った。霧の中から列車が現れ、徐々に速度を落としてゆっくりと停車した。
娘は立ち上がった。
落ち着きのない目がきょろきょろと動き回る。車掌が鐘を鳴らす。カラカラと乾いた音がして扉が開き、次々と人が降り、人気のないホームになだれ出した。駅は賑わい、話し声が飛び交い、ひどい混雑に陥った。
娘は待ち人を見つけたようだった。恐る恐る人ごみをかき分け、暗い青灰色の外套を着た青年に近寄った。青年がふり返ると、娘と目が合った。彼女はやっとの思いで口を開いた。覚えていますか、と娘の口が動く。ひどい混雑の中、声は彼に届いたらしかった。はい、と青年は答えると、会釈して娘から遠のき、友人らしい青年たちと去っていった。
人々は霧のように消えうせ、懐中時計を握りしめた娘だけがぽつんと取り残された。娘はしばらく、無心に青年のいたところをじっと見ていた。
やがて、再び霧の向こうから列車が走る音が聞こえてきた。娘は顔を上げた。胸に時計を抱き、線路の上に躍り出た。列車は速度を緩めず、勢いよく通り過ぎた。そして、列車も娘も消え失せた。
私は止まった懐中時計をポケットから取り出した。
待ち人はまだ来ない。