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夢玖夜  作者: じじ
9/9

待ち人





 こんな夢を見た。

 駅のホームにいる。

 だだっ広い駅である。だが、娘が一人いるだけで、まるで人気がない。

 ベンチに座った娘は、めかしこんだ顔をこわばらせ、古い懐中時計を握りしめている。視線は霧に包まれた線路の先へと向けられている。

 もし、と声をかけると娘は線路を見据えたまま、何でしょうと答えた。


「待っているのかね」


「ええ」


「それは時計かね」


「ええ」


「止まっているね」


「ええ」


「自分で巻かないのかね」


 娘は時計を見て、それからまた顔を上げ、少しばかり口元を綻ばせた。


「彼が巻いてくれるのです」


「約束したのかね」


「確かにしたんです」


「そうかい」


 列車はまだ来ない。


「彼はいつ来るのかね」


「もうすぐです」


「君はいつからいるのかね」


「七年待ちました」


「確かに彼は来るのかね」


 そう聞くと、娘は首を傾げて「さぁ」と曖昧な返事をよこした。

 やがて、けたたましい警笛が響き渡った。霧の中から列車が現れ、徐々に速度を落としてゆっくりと停車した。

 娘は立ち上がった。

 落ち着きのない目がきょろきょろと動き回る。車掌が鐘を鳴らす。カラカラと乾いた音がして扉が開き、次々と人が降り、人気のないホームになだれ出した。駅は賑わい、話し声が飛び交い、ひどい混雑に陥った。

 娘は待ち人を見つけたようだった。恐る恐る人ごみをかき分け、暗い青灰色の外套を着た青年に近寄った。青年がふり返ると、娘と目が合った。彼女はやっとの思いで口を開いた。覚えていますか、と娘の口が動く。ひどい混雑の中、声は彼に届いたらしかった。はい、と青年は答えると、会釈して娘から遠のき、友人らしい青年たちと去っていった。

 人々は霧のように消えうせ、懐中時計を握りしめた娘だけがぽつんと取り残された。娘はしばらく、無心に青年のいたところをじっと見ていた。

 やがて、再び霧の向こうから列車が走る音が聞こえてきた。娘は顔を上げた。胸に時計を抱き、線路の上に躍り出た。列車は速度を緩めず、勢いよく通り過ぎた。そして、列車も娘も消え失せた。

 私は止まった懐中時計をポケットから取り出した。

 待ち人はまだ来ない。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎度の事ながら洗練された一文一文と、非常に引き締まった物語が読んでいて凄いなぁと思います。雰囲気作りや何か考えさせられるような物語なのに、読見終わって全体を見るとこんなに短いのかと驚きまし…
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