針子
こんな夢を見た。
どこからか、時計の音が聞こえる。秒針が休むことなく時を刻んでいる。
薄暗い部屋の中で正座をしている。足がしびれて痛い。それなのに私は立ち上がろうとはしない。手元に視線を落として、布を縫い合わせている。縮緬である。不思議なことに、辺りは暗いというのに手元だけはよく見えた。ぴんと張って線を引き、待ち針を刺し、真っ直ぐ縫う。忙しなく手首を動かし、なにかに追い立てられるように縫う。
ひどく厭な気分になった。
真っ直ぐ縫っているつもりなのに、縫い曲がっている。しかし、直している暇はない。私は鈍間なのだ。人一倍遅れている。たかだか、四尺ほどの丈だというのに、いつまでたっても縫い終わらない。
時計の音が不愉快だ。
針山の針が幾本か曲がっている。
そんなことが気になる。
ひどく腹が立った。何故、こんなことをしているのか。そんなに急いて何になるのか。分からない。
分からないから、余計に腹が立った。
分からないことは嫌いである。そう考えながらも、私は手は休めない。鈍間だからだ。人一倍遅れているからだ。つくづく厭になる。
此処に在るもの全てが厭だ。
布も、針も、糸も、鋏も、物差しも。
時計の音が一番厭な気がした。
私は耐えられなくなり立ち上がった。足がしびれて上手く立てない。ふり向くと、襖の奥に時計が見える。部屋の中央にぽつんと振り子時計が置かれている。私は乱暴に襖を開けると、ふらつきながら時計に近寄った。
時計の前まで来ると、力いっぱいそれを倒した。時計は歯車やらネジやらを吐き出して、動きを止めた。ひび割れたケースの奥の振り子はもう動かない。
突然、真っ暗になった。どこを向いても何も見えない。
とたん、これは前世なのだと悟った。