さだめ
こんな夢を見た。
橋の欄干に小男がひとり、こちらに背を向けて座っている。
退屈そうに足をぶらつかせ、危なっかしく体を揺らして空を見上げている。高く昇った日が男の影を橋の上に落とす。
そんな真似はやめなさい、と注意するが男は抑揚のない声でケラケラと笑い「大丈夫だ」と答えた。顔は見えないから年は分からないが、子供の声ではなかった。
「見ているこっちがひやひやしていけない。もし、落ちでもしたらどうするんだい」と言うと、男は「そうしたらまた登ればいい」と振り向きもせずに言った。
私は反対側の欄干から下を覗いた。川は大して大きくはないが、高いうえに流れが激しい。果たして戻ってこられるものだろうかと思案していると、目の前を若い男が通った。彼は小学校に通っていた時分の数少ない友人の一人であった。しかし、彼は私に気付かない様子で通り過ぎて行った。
「友人かね」
男が尋ねた。私は何も考えず、半ばぼうっとした調子で「そうだ」と返した。すると男は少し浮かれたように厭らしく笑った。
「あれはもうだめだ」
「何が駄目なんだ」
「ずっと遠くへ行くんだ。もう戻って来やしないだろう」
私は腹が立ったが、何も言うまいと下を向いた。日が傾いて男の影が私の方へ伸びた。その影がなんだか薄気味悪くて私は後ずさった。
また、目の前を人が通った。弟であった。今度は声を出して呼び止めようとしたが、彼も私に気付くことなく橋を渡り終えた。
「約束をしただろう」
男が得意げに言った。
「あいつはそれを守らんよ」
何を約束したか忘れてしまったが、確かに何かを約束したし、それを弟が守らないことも分かっていた。だが、男が気に食わなかったので「あいつはそんな奴じゃない」と反論した。男は私の言葉など聞いていない様子で「あれは薄情だから仕方がないんだ」と続けた。
私は更に強く言い返してやろうと前に出た。すると、すぐ脇から女が現れてぶつかりそうになった。慌てて体を反らして回避したが、やはり女も私に気付かない様子で通り過ぎて行った。「ああ、いっちまったな」と見えもしないのに男が言った。
後ろに目でもついているのだろうか。
「あんたのだろう」
そう言われて女の後姿を見ると、確かに私の妻らしかった。
でも、じきにあんたのものじゃなくなるんだ、と言って男は背中を丸めた。私は先を知りたくなくて押し黙った。が、男は構わず続けた。
「人のもんになるんだ」
さらに日が傾いて男の影が私に近づく。影から声がしているようにも思えた。
「それが、さだめってやつだ」
それを迎えぬ者はいない、と男はまた厭らしい声で笑った。男の影が私の足先を侵食する。私は堪らず男に駆け寄り、丸まった背中を力いっぱい突き飛ばした。
男は軽かった。
何の抵抗もなく欄干から落ちると、暗い川底へ消えて行った。