姉と妹と未練
「というわけでようこそ神崎家へ、夜行星」
「……なんで?」
私は夜行星を家に連れてきていた。本当に浮遊霊らしく、何の変化もなく私についてきていた。
全く動けないやつ、手足がないやつ、地面につけない奴や反対に浮かべない奴がいるけれど、夜行星はそういう存在とは一線を画していた。
レベルの違う存在、であるけれど霊であり、無害そうな平和そうな奴だからとりあえず家に呼ぶことにしたのだ。
外で話すよりかは、その方が安心だから。
「ただいま。……ん、美海。キスしよ」
「黙れって、ん……」
「あ、あらま~」
星の能天気な声が聞こえる。
私より少し背の低い、神崎美海、カワイイカワイイ妹だ。
「……ふ、ん。チッ、クソ姉貴が」
「可愛いなぁ美海は」
相変わらず愛想が悪くて口が悪い。髪も真っ赤に染めて不良まっしぐらだけど、中学生だからそういう時期かなとも思う。
そんな美海は、こっちを見て一瞬驚いた後、静かに距離を空けた。
「どうしたの、美海」
「……こっちの台詞だ。それ、なに?」
「美海にも見えるんだ」
「え! そっちの子にも私が見えるの! すごーい! 私は夜行星! 星って呼んで!」
「……見える、どころか、いやヤバいだろ。私に声が聴けるって……」
美海はすっかり怯えてしまっているようで、今にも逃げだしそうなくらいだ。
美海は私ほど霊能力がないので、そんな美海が見えて聞こえるくらい存在感のある霊という時点で、イコールそれだけ強力な霊である証明になるのだ。
幽霊みんなが夜行星のようにあどけなく無邪気で悪戯好きなわけではない。呪い殺すとか暴れるとかって奴もいる。
「星、妹の美海は幽霊が苦手なんだ。あまり驚かさないように」
「う、うん、ごめん。でも、嬉しかったから。私、ほんとうにお喋りするの久しぶりで」
少し静かな星の声が耳に引っかかる。
唯一喋ることができる月にずっと無視されていたのだ。じゃあ、私と喋ったのが本当に久しぶりということか。
その悲哀が少し伝わったのか、美海もおっかなびっくりと勇気を振り絞った声を出す。
「あのさ、別に、姉貴が平気って言うんなら、大丈夫っぽい。……いざとなれば姉貴もいるし、悪いやつじゃないんだろ?」
「うん。……じゃあ、いいか。せっかくだし二人とも私の部屋に来てくれる? 相談事があって」
二人は静かに首を縦に振る。
そこで、私は美海に今まであったことを少しずつ話した。
内容は、夜行月とキスするために星を成仏させることと、星が月に無視され続けていたこと、くらいだ。
「……気持ちいい話じゃねえな」
「今はそこは気にしなくていい。問題は星が成仏するために必要なこと。できれば私の代わりにお祖母ちゃんのところに」
「それはいらねえだろ」
バッサリと美海は言いきった。そこまで言うのなら何か理由があるのだろう、と黙って目を見る。
「いや、幽霊が成仏できないのは理由が二つじゃん。そいつがめちゃくちゃ未練があるか、生きている人間にめちゃくちゃ思われているか」
「うん」
「じゃ、直接その星さんから話を聞いて未練を解消すればいいじゃん」
「いや、私はお札とか塩で無理矢理にでも成仏を」
「ちょっと神崎! お前はやっぱり~!」
「それ無理っしょ」
星と私が喧嘩する前に、さも常識だと言わんばかりに美海が言う。
「そんだけ存在感の強い霊は、ちょっとやそっとじゃ無理。話が通じるんなら少しでも未練を減らして弱めるなりしないとダメって。祖母ちゃんもそう言うだろ」
「……美海は真面目だからよく祖母ちゃんの話聞いてるもんね」
「お前が不真面目なんだよクソ姉貴」
罵倒の言葉に、星がプププと私を笑う。腹癒せに美海に覆い被さってキスの雨を降らしてやった。
ともあれ、方針は定まったように思う。迷える幽霊の未練を断ち切ってやるのだ。
「で、星さんの未練とは?」
「えー。つーちゃんとお喋り」
「……まあ、それで成仏するなら夜行先輩も聞いてくれるかな。電話かけるよ」
私には夜行先輩の連絡先がある。いつでも電話をかけられるし、お喋りできる。
スマホがヴィンヴィンとなって、すぐに先輩につながった。
「もしもし、夜行月」
『ご用件は?』
「星は君と喋ると未練がなくなり成仏できる」
『未練……。星に聞いてください、未練はそれだけか、と』
はあ、何を言っているんだろう、と星の方にそれを尋ねてみる。
それで星から帰ってきた答えは、流石は姉妹、よくわかっているなぁと思った。
「それだけじゃないよ~。クリスマスとか海とか、幽霊のうちにいっぱい見たんだもん! つーちゃんと一緒に、いろんなことしたいな~」
「……したいこと、どれくらいあるの?」
「いっぱい!!」
「もしもし夜行月。したいこといっぱいあるそうです」
『じゃあ、私関連を後に回してくれる?』
「なぜ? 貴女関連が星の大きな未練である以上、あなた関連を潰した方が強制成仏も……」
『……私の知らないところで成仏されたくない』
「……あぁ。はい。わかりました」
消え入りそうな声、その顔を見られなかったことが少し悔やまれる。
なんだかんだ言っても姉だ。この人にとって妹は可愛い存在なのだろう。死んでいても、幽霊であっても。
「ねえつーちゃんは? つーちゃんは?」
「まずは自分と関係ない未練を晴らしてほしいって」
「え~? つーちゃんと全部一緒がいいの! 初めてをつーちゃんとできなかったことが新しい未練になるかもよ~?」
脅すように、驚かすように無邪気にしている星を見ると、なんとも言えない気持ちになった。
この子に今の月の気持ちがわかるのだろうか。複雑な姉の心というものが、理解できるのだろうか。
それが新しい未練になるのなら、あの人はそれでもいいのかもしれない。
「……できるだけ協力する。夜行星、とりあえず私たちにできそうなことを教えてくれ」
「えー、うーん。そうだな~、……わかんない」
「わかんないって、なんかあるでしょ」
「つーちゃんのことしか考えてないから……」
星は本当に困った風に笑った。この子が命惜しさに嘘を吐くとも思えないし、月のことしか考えていなかったというのもしっくりくるからそうなんだろう、とも思った。
「……しょうがない。しばらく私と一緒にいてもらおう。それで思いつき次第未練を晴らしていこう。ここでアドバイスだが、夜行月のところに行くのは可能な限り控えるんだ」
「なんで!? つーちゃんに会えないなんて……」
「そう会えないのは寂しい。逆に夜行月に味わわせてやるんだ。夜行星がいない日常がこんなに寂しくて悲しいものだったのか、と。そして時たまあってやれば、思わず夜行月は君と喋りたくて仕方なくなる! こうして未練解消だ!」
「!? かしこい!!」
ちょろいガキなのは間違いない。ただ、私も口から出まかせを言ったわりには的を射ているような気がした。
一時期、離れていたと聞いたけれど、二人に必要なのは距離であると思う。少し離れて冷静になった方が互いを冷静に見ることができる。
夜行月が無視し続けていたのも、霊という非現実を信じられなかったからだ。私という霊を見る存在が出現したことで、その事実をゆっくり噛みしめていくだろう。
……ただキスするだけなのに、とんでもなく面倒臭いことになってきた。
「……姉貴、それ私も手伝っていいか?」
「なに? 珍しいことを言う。お姉さまのキスが欲しいか?」
「いや、私も未練は残したくないからな」
「死ぬのか?」
「死なねえよバカ。ただ……姉妹って、なんか、遠慮したくないってーか」
幽霊の妹を見て、人間の妹は何かセンチになったのだろうか。
環境も関係もあまりにも違いすぎる話を大真面目に考えている美海に、少しおかしくなってしまう。
「じゃあ、都合がつく時は協力してもらう。私や従野がダメな場合、だけど」
「うん、それでいいよ」
そんな私と美海のやり取りを、星は普段以上に瞳を輝かせて見つめていた。
「……どうかしたか?」
「なんか、なんかいい姉妹だね~! 私もつーちゃんとそんな感じになりたかったよ~!」
幽霊が言うと少し重く感じる。美海も苦笑いをする始末だ。
そんな気まずさを唯一感じていなさそうな星は、いつまでも私たちに輝く視線を送っていた。
今回の総括
夜行月は夜行星を見届けたい。
神崎美海は姉のキスに逆らわない。