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キャラエピソード・四月某日の土愚犬犬

 四月と言えば、学力診断テストである。


「相変わらず従野は点数が低いな」

「うるせ。逆に神崎はなんでそんな頭がいいの? ガリ勉なの?」

「ふむ、頭がいい上にスマートに見えるか」

「マジ腹立つな。おま、ん、ん……、いきなりキスすんな」


 学力テストの結果が帰ってきて、成績が露わになっていく。

 美空は学年トップクラス、どころかほぼ満点だ。

 一方のひよりは、この学校に入学できたのが奇跡にも思えるような点数。バカにされるだけの理由はあった。


「お取込み中失礼……、うわ、お前かよ神崎。クラス二位」

「ふむ、君は、キスしてくれた女子」

「してねえよバカ。護道な。じゃあ一位は……うわ、ひよりもうちょい勉強した方がいいんじゃない?」

「そういう六華は、三位じゃん! すっげ、勉強教えてよ」

「いいけど。……じゃあ一位は」


 護道六華、実は努力家で負けず嫌い。

 テストの点数で張り合おうとやってきたのだが、三位にさえ納得できないでいる様子だ。

 美空が自分より賢いということに死ぬほど悔しい思いをしているのだが、それ以上に揺さぶられるのは。

 六華の視線の先にいる生徒に、美空とひよりもハッと気づく。


 自分の席に座っている、土愚(どぐ)犬犬(いぬいぬ)

 若干前のめりの姿勢で湿った黒い鼻がひくひく震えている。

 椅子から飛び出たスカートの下の尻尾がぴょこぴょこ震えている。

 人面犬ならぬ、犬面人(けんめんじん)


「……ひよりはイヌイヌと喋ったことないの?」

「流石にね。あれって声かけていいの? っていうかあれ……何なの?」


 土愚犬犬、普通に人の声を出せるが、喋ると先生も戸惑いがち。

 クラスメイトは誰も声がかけられないでいる。犬犬の周りの人間は誰もが彼女をじっと見つめるが、そのキュートでプリティなつぶらな瞳を向けられると何故か顔を背けてしまう。ちなみに柴犬。


「……え、あれが学年一位? 貴田さんとか毒島くんは?」

「あいつらは見掛け倒し。犬犬は……もしかしたら見かけからは想像できないほどの知性の持ち主かもしれない……」


 六華は大真面目に犬犬を見つめて言った。犬犬は尻尾を振るたびに「ハッハッハッハッ……」と短い呼吸を繰り返している。


「……ふむ、興味深い」

「……えっ! ちょっと神崎!?」


 神崎美空、征く。


「土愚さん」

「ヘッヘッヘッヘッ……あ、神崎さん、何か御用かしら?」


 意外と凛とした高い声に淑女のような丁寧な言葉遣い。細かい獣の呼吸と動物園のような匂いがなければ彼女が人だと錯覚したかもしれない。どう見ても犬なのだが。


「テストの点数、どうだった?」

「私の? うーん、自慢するみたいになっちゃうけど、満点だよ。ほら」

「本当だ、全部満点……」

「神崎さんは……あ、二位だったんだ! 凄いね! ウォフッ! ヘッヘッヘッヘッ……」


 短く吼えた獣声に、クラスが一瞬ヒリつく。なにか、とんでもないことが起きるのかもしれない緊迫感に、会話をするのは美空と犬犬だけになった。

 ひよりも六華も固唾を飲んで見守っている。そのブレイクスルー、キス魔と犬面の邂逅の衝撃。


「土愚さんって頭良いんだね、勉強とかしてるの?」

「ウォフッ! ま、まあ人並みには」

(犬なのに……)


 くだらないことを考える美空は、ますます考えがくだらない方へと走っていく。

 何故、犬の鼻は湿っているのか。

 口から飛び出した犬犬の長い舌が彼女の鼻を舐めていた。


(それでか……)

「よしよししてあげる」

「えっ!? 突然なに、神崎さん。私、キスとかはされたくないんだけど……あっ、あっ」


 犬犬の毛並みは整っており、どこが髪の毛とかは分からないけれど、頭の上の方にある耳の間を美空は撫でていく。

 うっとりと黒い瞳が狭まり、犬犬の口が閉じた。


「ウォフッ、ウォフッ……」

「あ、案外可愛いな……」


 このまま眠ってしまうのではないか、とうっとりしたままの犬犬の尻尾がゆっくりとしなだれていく。


「土愚さん?」

「ワフッ!? ごめん神崎さん! 気持ちよくて眠っちゃいそうだった……」

「……鳴いてみて」

「……な、なに言ってるの神崎さん……怖いよ」

「いいから。ほら土愚さん……これがいいんでしょ……」

「わふっ! わふっ! くぅーん……そんなところ……ウォフッ!」

「き、キスしてもいい!? そのキュートな口に!」

「だ、駄目! ダメよ神崎さん! こんな……みんな見てるのに……ウォッ! アオッ!」

「見せつけてやろうよ! わ、私のペットにしてあげる……」

「ギャウッ!? そんな……」


「いやいい加減にしろ」


 ひよりのハイキックが美空の腰部に直撃。

 膝から崩れ落ちた美空の腹を抱えてそのまま首を極める。


「ごめん、犬……、土愚さん。止めるの遅くなっちゃった」

「う、ううん……、私もお友達みたいにお喋りできて少し楽しかったから。でも、激しいのね、神崎さんって……雌犬にされちゃうところだった……」

「いや雌……いや、うん、ごめん。何もない。学年一位すごいね、私にも今度勉強教えて」

「ワンッ!」


 ひよりは苦笑いを浮かべて席に戻った。

 土愚犬犬、その正体は結局誰も掴めないままである。

 しかしこの珍事によって、犬犬と美空はクラスに馴染むことになるのであった。

今回の総括

護道六華は賢い。

神崎美空は更に賢い。

土愚犬犬はそれより賢い。

従野ひよりはヤバいほどアホ。

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