神崎家に対する暴露
放課後。
一年一組にはほとんどの生徒が集まっていた。土愚や影山など行方知れずのもの、付き合いの悪い曽根崎ですらいるが、神崎たちを嫌う市ヶ谷などはいない。
わざわざこうして多くの生徒が残っているのは、神崎美陸元生徒会長が自ら教室へと伝えに来たからだ。
その彼は今はいないが、従野から話があると聞けば多くの者は集まる。
『……あ、もしもし。見えてる? 聞こえてる? 従野です。おーめっちゃいんじゃん』
教卓に置かれた満仁のスマホで従野の病室と繋がっている。ビデオ通話で見える教室の風景は悲喜こもごもといった感じながら敵意や警戒は薄い。そういう敵意のあるものはすでにこの場にいないから。
『まずはありがとうございます、集まって話聞いてくれる気になって嬉しいです。次にごめんなさい、本当に馬鹿やらかしました。もうみんなに迷惑になるような隠し事はしません。でもはっきり言うとみんなに害があるようなことは隠します』
護道がぴくりと震えるが、押し黙る。そういう正直なところも、従野なりの誠意なのだと受け止めたからだ。
『……で本題ですが、なぜ神崎が死のうとしたか、私が死のうとしたか、それと今度こそみんなに手伝ってほしいことの説明です』
皆が息を呑む、というにはあまりクラスにまとまりはない。祢津は相変わらずスマホを見ているし、天知なんかは話が長くなりそうだ! とスマホを見たり。
従野の厳正な雰囲気に対して、不真面目な彼らを諌めるべく護道が睨むが、どこ吹く風。
『で嘘はつきませんって前置きしたんだけど、みんなぶっちゃけ幽霊とか信じてる? 見たことある人とかいる?』
従野の言葉に、殊更真剣に話を聞いていた貴田が震える。
宝石眼を持ち、孤独な幼少期を経た彼女だからこそ、その事実を暴露することの意味を承知している。
「ふざけてはないのよね?」
『ふざけてないよ、六華。ま予想通りの反応だけど』
「悪霊に取り憑かれて死のうとした、とでも?」
そこを茶化すなら絶交では済まさない、護道の言葉には威圧感があった。
『じゃあしばらくみんなには一方的に聞いてもらうよ。神崎家と従野家の話』
従野が話したのは以下のようなことだ。
霊や怪異と言ったものは実在する。
死後報われない魂はこの世に滞留し、強い怨念を持つ者や悪意によって歪められた者は怪異となりうる。
そういった霊に対抗する力を持つ者が『祓い師』と呼ばれ、古来より日本にはそういった存在が跋扈していた。
祓い師は超能力者のようなものもおり、突然その力を身につける者もいるが、その血を代々受け継ぐ先祖由来のものが多い。
その中でも御三家と呼ばれる存在がいる。
天神家。
神堂家。
そして神崎家。
神崎美空こそ、その神崎家の次期当主にして、幽霊を見て操ることができる霊祓い師のホープなのだ。
特に死人の力すら利用できるこの一族は、死生観が不安定なところがあり、突然の自死などを避けるために、過去の当主が従野家という忠誠心の強い一族があてがったのだ。
その権力たるや、日本の裏のトップと言っても差し支えない。
「ラノベじゃねえか」
「……ひよりは小説家にでもなるの?」
『文章書くのは苦手だな~』
「ふざけんなよ! 私はあんたが……」
『悪霊小路』
「それがなに? 危ない人が住んでいるから近寄らないようにって聞いているけど」
護道はピシャリと跳ね除けるが、その言葉で背筋が寒くなる者も数人いた。
「でも、あれマジで……。ブロック塀とかすごい勢いで飛んできてたし……」
実際に被害にあった影山の友人たち、柴木が代表して言う。
「投げる形じゃないのに真っすぐ飛んでいたからな。特殊な道具でもなければ、確かにポルターガイストと言った感じはあった」
「……誘子くんまで。危険だったから変な記憶違いしているんじゃないでしょうね?」
「その可能性はある」
「いやどっちだよ! 俺の味方じゃねえのか?」
「どっちの味方をするという話じゃないだろう。幽霊の有無について、悪霊小路の話だけでは信憑性が薄い」
近づけば石が飛んでくる家、というだけでは説得力に欠ける、そこを突き詰めても信憑性はあまり増さない。
だが、と誘子が続ける。
「あの時、悪霊小路にくる誘いをして、返事がなかった二人が来た。そのうちの一人が神崎だった」
確かな事実に、クラスが少しどよめく。幽霊を噂される場所に、従野もいないのに神崎が来ていたというのは理由が感じられる。
「ちなみにもう一人は?」
誘子が視線を送ると、貴田が気だるげに手を挙げる。
「確かにいたよ、神崎は」
「それで貴田はどうして? そういうノリには見えないけど、まさかあんたまで幽霊が見えるなんて言わないよね?」
「えー……」
リアクションに困った喜田は、護道の方でなく、カメラ通話になっている従野の方を見つめる。事情を知っているから助けてほしいという気持ちを、従野もわかっているが。
『お願いしていい? 貴田ちゃん』
「マジでか。じゃあ、えー、信用してくれるか知らんが……護道、ちょっとこっち」
「……え、なんで? 先に質問に答えて」
「じゃあ答えるよ。見えるよ、幽霊」
「それで信じるとでも?」
「わかった。いいから目ぇ合わせろ」
貴田は眼鏡を外すと更に指を目に当てる。
外したコンタクトの下の、貴田の目は、瞳が白く濁った緑色で奇怪な文様がついていた。
義眼にしても奇妙で、デザインとして綺麗でもないそれに、護道は吸い込まれるように錯覚を覚える。
「どう?」
「っ、どう、って」
護道の視線がふらふらと動き、一点にとどまらない。
護道には見えていた。景色が、光景が狂っている。
人ともの、それ以外に何かある薄くぼやけた色。基本は青く濁っている。生きている人には黄色っぽい色が重なって見えているような。
「な、にこれ。催眠術とか」
「その状態で悪霊小路に行けばもっとよくわかるよ。あそこは危ないから行かねえけど」
既に貴田はコンタクトと伊達眼鏡をかけており、やがて護道の視界も下に戻っていく。
「え、なに? マジで? マジで見えんのかよ幽霊!? すっげー!」
「このロリガキ……今はあいつを励ましてやれよ」
「なんでだよ、おれだったら絶対に自慢するけどな」
奇怪な現象、それを体験したのは護道だけだった。だが一方で最も反発していた護道が黙って驚愕しているのだから、それ以上に追及を続ける者もいなかった。
その謎を気にする者がいるのは理解できるから、仕方なく貴田は呆れた風に説明を続ける。
「正直、この目のことは神崎に相談済みだ。あいつの家のことも知ってる。会ったのは高校が初めてだったと思うけど」
「おもしれー。じゃあ祓い師とかも事実かよ。超能力者かぁ。んで従野はおれらに何をお願いしたいんだ?」
『神崎を助けるために超能力者、祓い師を二人やっつけてほしい』
さくさくと天知と従野だけが話を進める。幽霊や怪異の存在に、日本を牛耳る古豪が如く家系、そんな事実を急に受け入れられないのが普通だ。
頭のネジが外れていない限り。
「話は聞かせてもらった。その超能力者、さては透明人間だな!」
話を立ち聞きしていた蔵馬空良が折れていない方の手にバットを持ちずかずか入り込む。場は少し騒然とするが、その姿が見えない従野は声で誰かを判断して答える。
『透明人間……は知らないです。えっと、『炎祓い師』と『煙祓い師』の情報だけあるんですけど、あー、でも三人いるって聞いているんで、もしかしたらいるかも、透明人間』
「私の腕は透明人間にやられたからな。腹が立つ言葉遣いの男」
『もう会ったんですか?』
「ああ。ヤンキーみたいな男と三つ揃えのスーツの男を見送った後に出会ったから別だろ」
『えっと、そうですね。スーツの男が煙祓い師で、ラフな男が炎祓い師なので』
「よしわかった。やり返すから私も参加させてもらう」
どしりと居座った空良の態度が、全員にプレッシャーを与える。
野球部顧問でもないのにバットを持ち、襲われて腕を折られてなお折れない心の持ち主。
「ふぅん」
天知が嘆息する。
「ほぉ」
天知が納得する。
「やるか」
天知は決意した。
「覚悟完了――おれはノッた」
「アンタ何考えて……!」
「天知殿! いくらなんでもそれは危険が……」
護道が、そして大堂がその暴走を止める。
奇怪な体験を経た護道はもちろん、目の座った空良に猶更異常を感じ取った大堂が強く制するが、天知は続ける。
「大堂、手伝え。これは命令」
「……っ!」
毒島組の良心、大堂は苦渋の表情ながら、やがて溜息をつく。
「仕方ないですね……」
「ちょっ……良いの!? 骨折れるで済まないかもしれないのに」
「天知殿の命令は、軽いものではないので」
いじめで助けられた、最悪の腐れ縁。
嫌なことははっきりイヤというし、変な命令をされることもあるが。
真っ当に命令をされたのは、成績が悪いのにこの聖桜高校に受験しろと言われた時以来。
『や、無茶はしなくていいからね』
「もちろん。大堂なんかデカいから何とでも使いようはあるだろ。存分に使ってくれ」
天知が堂々と言う。仮にも親友だろうに、と冷たい視線が注がれて。
「んでいい感じに役立ったらその面白い幽霊の世界におれも案内してくれよ。おれもなんか、漫画っぽい活躍してえ~」
軽薄な発言にますます冷たい視線が注がれたことは言うまでもない。
天知と大堂が参加を表明する中、同じ毒島組の二人が何も言わないまま、先に声を発したのは貴田だった。
「悪いけど私はパス。幽霊見えるってだけでそういう能力ないし」
『私と神崎が退学させられて家に軟禁させられるかもなんだ。なんか近くに来るだけとかでもどう?』
「いやなにそれ?」
『言ってなかったわ。自殺騒動のせいでヤバいことしないようにって軟禁されそうなんだわ、私と神崎。なんで、そうならないように、護衛を倒して逃げようって話』
「聞いてないんだけど!?」
「話すこといっぱいあったからさ」
「要するに超能力者を倒せばいいんだろ」
「それだけじゃ要せてないって言ってるの! そもそも、危険でしょそんなの! 炎って……」
『無理強いはしないし、無理もさせない。よく考えて決めてほしい』
口調を整えて厳かな空気を出そうとしている従野だが。
「考えたって変わらない。やるぞ、大堂」
「えぇ……まあ、はい」
「仕返ししないと気が済まん」
「私、やる」
草野がぽつりと呟いた。
クラスはどよめくが、従野は来るべき時が来た、と静かに目を伏せる。
『無理はしないで』
「多少は」
『……お願いね』
護道が何か言おうと口を開けるが、掠れた小さな声が漏れただけで、すぐに顔を背ける。
そもそも、おそらく犯罪で、危険なことになる。空良の話を信じるなら、相手は怪我させることを躊躇しないのだ。
「先生、止めてください。生徒が非行しようとしてるんてわすよ」
「ん、ああそうだな。お前らは参加しないように」
「はーい」
天知が平然と嘯く姿は、それが明らかな暗黙の了解だと誰もが理解できた。
「真面目に止めてください!」
「真面目に止められる立場でもねえんだよ。警察には家のことだから介入しないだの言われたし私はもうやらなきゃ気が済まん。絶対に痛い目見せてやる」
「そんなの……草野さんは、なんで。危ないのに」
「私は、ふ、二人がいないと寂しいから」
半分嘘で半分事実。それだけじゃ納得しないだろうと、慌てて言葉を付け足す。
「ま、前一人で従野さんのお見舞いに行った時、家の話は聞いていたから。無理のないように助けるって」
護道はまだ納得できない。
納得さえできれば、大義名分でもあれば、喜んでその手を貸せる、そんな葛藤さえ見て取れた。
だが警察が言うことが正しいというのも事実。
「私には……」
『いいよ六華。無理強いしないし無茶言ってる自覚もあるから。それじゃちょっとした作戦会議なんだけど』
おほん、と咳払いをして従野はこれからが本題と言ったように仕切り直した。




