蔵馬秋良・回帰
「会津先生、どうします?」
「どうしますってなんだ」
生徒会長選挙から一週間経っても、登校してこない神崎、土愚、影山の三人。
コウちゃんがそれぞれ保護者として登録してある連絡先に電話したところ、土愚は全く無関係のペットショップに繋がり本人は行方知れず、影山はなんか厳格な男の声で他言無用と言われ、神崎に至っては兄と妹しか電話に出ず、こちらも他言無用と。
全くふざけた三人が、それぞれ連絡もなく行方不明。
警察に連絡もするだろ。
だが警察の反応は。
『ああ……何か分かったら連絡します』
明らかに何かを察した空気、諦めた雰囲気、直接殴り込みに行ったら『関わらない方がいい』『あまり踏み込むな』。
そんなことを言われた。せめてもうちょっと取り繕え。
「教育委員会以上に真っ黒でしたよ。警察にコネ持つ権力ってどんなのですか?」
「……蔵馬先生、そんなもん俺だって知らん。俺だってただの公務員だぞ」
「じゃあ私が個人的に捜索とかしても、会津先生は邪魔しないと」
「……一応、校長からはあまり踏み込むなって言われている」
「なるほど。了解です」
「……無理はするなよ」
教師とはいったい。
つまんねえ仕事だと思っているよ。
馬鹿みたいに残業して給料は見合わない値段。多くても使い道も使う時間もねえけど。
ガキの成長とガキの活躍を、実の子供もいないのに見て感動したりする一方で、そのガキのクソ親の文句を聞いて頭下げるような仕事だ。
とっととやめちまえば良いと思うし、とっとと辞めさせてくれと思いながら派手に悪事を打ちかますこともあるが、結局今も続いている。
コウちゃんは真面目に取り組んでいるけれど、私はとっくに愛想つかしてるんんだ。
正直、今回の件はなんかめちゃくちゃ闇が深いのはわかる。警察のお世話や厄介になったことはあるが、こんな態度は今までなかったから。
だが似たようなことは何度もあった。陰口やイジメの延長戦のようなもの。暗黙の了解だの忖度だの、私だけ黙らせれば万事うまくいくってことで、めちゃくちゃな同調圧力や無言の圧で意見を封殺されたり、それすら無視して全部暴露してやったり。
世の中そんなもんだ、私みたいなやつはいつだって誰とも分かり合えない。
それでも。
自分が正しいと思うことを選んできた、今までも、今も。
「会津先生は邪魔しないでくださいよ」
「ああ」
私が懐から一つの茶封筒を出すと同時に、会津先生も同じものを出していた。
封筒には、辞表届と書いてある。
初めて私と同じ考えを持っている人と、出会えた気がする。
「……それを俺に託すのか」
「誰でもいいですよ。私より上の人なら」
「なら校長にまとめて渡しておく。あいつに責任は全部任せよう」
「……はははっ! 立場が軽いとフットワークも軽くていいもんですね! 自由にやらせてもらいますよ、私は!」
「お前は止めても止まらんだろうに。……気をつけろよ」
ああ、よかった。
普段それほど会話もしない、連絡先も知らないような上司だけれど。
考えは同じで、邪魔もしない。
それだけで充分過ぎる。私を管理せず、自由にしてくれる人。
私だって、教師だ。
生徒の為なら、多少の無茶はする。
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「がああぅぁっ!」
従野の病室から出てきた神崎を尾行していた私は、見えない力に引きずられて人気のない裏口付近で押し倒された。
『何者だ? あれが誰だか知っているのか?』
腕を後ろ手に回されて頭を押さえつけている。見えない何かが、武術のようなものを齧っているのはわかる。
透明人間。そんなのいるのか? 感触は軍服のような厚い生地にグローブに近い手袋もつけているらしい。
「お前こそ、なんだ! ただの生徒だろう、神崎は!」
『ただの…ふふっ! ただの生徒のためにご立派な先生だ』
言葉の後、後ろの腕に激痛が走る。
イッた、こいつやりやがった。私の腕を折りやがった!
「てんめぇぇぇぇっ! 殺す! ぶっ殺す!」
『おおっ? 暴れるなよ。本当に堅気か?』
今なら位置がわかる。私の後ろ。今だけ痛みを堪えて、頭突きと拳で。
そう思っていた私は、意識を失った。
負けた、のだろう。
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「で、腕一本と軽い脳震盪だそうです」
「……想像以上に闇が深いな。透明人間は信じられんが」
「信じなくたって良いですよ。私も初めて見ました……いえ見てないですが。でも要は透明なだけの人間、幽霊でも妖怪でもない」
「……何考えてる、お前」
「ペンキかなんかぶっかけりゃいいんでしょう。相手が透明ってわかっていれば、やりようはいくらでも……」
「やめろ。こんなになって……。後は俺に任せ……」
「舐められたまま終われるわけねえだろ」
病室にあるまじきドスの効いた低い声が、会津を黙らせた。
コウちゃんはさっきから話を聞いてびくびくと会津に隠れるようにしている。
帰ってきたのだ、やんちゃしてた時の空良ちゃんが。
「明日には退院。忙しくなりますね」
喧嘩に敗北して腕を折られた私は、心から嬉しそうに呟く。




